第39話 お断りします

 眩しい黄金色の夕焼けがフロアに差し込む。

 ダンジョンに潜り込んだ300人のハンターは、たったの80人しか残っていなかった。

 フロアには、200人を超える亡骸が横たわっている。

 そのうち100人は、黄昏騎士団トワイライトギルドのメンバーだ。


 そして、<王之剣カリブルヌス>を真っ向から受けた黄泉川姉弟は、跡形もなく消え去っていた。


 黄泉川 久遠よみかわ くおんによるダンジョンテロは、甚大な被害を黄昏騎士団トワイライトギルドに与えて、終止符を打ったのだった。


 死屍累々な光景を眺めながら、俺は久遠に思いを馳せていた。

 久遠にとどめを刺すことが出来なかった。

 海未を下半身不随にした挙げ句、意識不明。更に、200人に及ぶハンターを殺害している。きっとこのダンジョン以外でも多くの人間を殺しているに違いない。

 そんな久遠を、俺は、殺すことが出来なかった。


 刃を向けられている久遠よりも、刃を向けている俺の方が苦しんでいた。

 なぜだ。俺に何が足りない?

 こんなことでは、二階堂 龍騎にかいどう りゅうきへの復讐なんて――


 『アヒャァ〜、キミ、復讐とか人を痛めつけるとか、似合わないネェ……』

 『キミは優しいんだね。強いボクがキミの分も背負ってあげる』


 久遠の言葉を思い出して、ハッとする。

 復讐が似合わない? 俺が優しいから?

 A級ボスをソロ討伐出来るようになった。三ツ星でありながら四ツ星に引けをとらない。高レアリティ武器装備に加えてアーティファクトを保有している。そして、強力な悪魔を使役している。

 多くの死線を乗り越えて、自分自身、レベルアップしていると思っていた。

 俺は強くなっていると思い込んでいた。別人に生まれ変わったと思い込んでいた。

 そうか。それでも尚――


 人間として弱いんだ――

 俺は、ずっと昔から弱い。いくら成長したって、決して別人になることなんて出来ないんだから。


「一条くん」

「え、あ、はい?」


 虎徹に声を掛けられ、振り返った。

 すると、ズラッと並ぶ黄昏騎士団トワイライトギルドのメンバーたちがいた。


「此度の戦闘では、君が居なければ全滅もありえた。多くの同胞を失ったことには違いない。それでも、我々が生き残ることが出来たのは、君のおかげだ。本当にありがとう」


 虎徹と他の黄昏騎士団トワイライトギルドメンバーが、俺に対して深々とおじぎする。


 俺は目を丸くして動揺する。

 ハンターを始めてからというもの、蔑まれたり馬鹿にされることが多かった。慣れっこだった。

 しかし、たくさんの人から感謝される機会なんて、ほとんどなかった。全く慣れていない。

 こういった時に、どうすればいいのかわからない。


「み、みなさん! 頭を上げてください! 俺は、自分が生き残るために最善を尽くしただけで……」

「仮にそうだったとしても、君のおかげで多くのギルドメンバーが救われたことは事実だ。感謝してもしきれない」

「あ、えっと感謝なら神崎さんとアクアにしてください! 神崎さんなんてドーピングしたキョンシーを相手にとんでもない立ち回り――」

「ま、妾が最終的には、敵の主力を全滅させたんじゃからな! 感謝されるのは当然じゃの!」


 ふんす、と得意げになって控えめな胸を張るアクア。緊張の解けた一同に笑いがおこる。

 一方で神崎はというと、俺と同じようにあたふたしていて、なんだかホッとした。

 だが、笑っていない人物が1人だけいた。

 二階堂 虎徹にかいどう こてつが、真剣な眼差しで俺を見ている。


「その……虫のいい話だと思うのだが……なんだ。君さえ良ければ黄昏騎士団トワイライトギルドに入ってもらえないだろうか?」

「え?」


 真剣であることには変わりないのだが、少しだけ赤らめた頬をぽりぽりとかきながら、虎徹が俺をギルドに勧誘する。全く想定していなかった提案に、身体と思考が硬直し、ぽかんとする。


「2年前、君をギルドから脱退させるという決断をした。しかし、今回の戦闘で、君の目覚ましい活躍を見て、自分の考えが間違っていたことがわかったんだ……君はハンターの鑑だ」


 2年前……黄昏騎士団トワイライトを追放されたあの日。

 小さな会議室で、クビを宣告された。

 今でもそのことを根に持っているわけではない。高い契約金に対して、成果を挙げられていなかったんだ。解雇されて当然だろう。そのことは大分前から納得している。

 それから、2年経った今。日本で最も偉大なギルド、そのギルドマスターから、実力を評価されて勧誘を受けている。


 虎徹は、続ける。


「今回の戦闘で、黄昏騎士団トワイライトは甚大な被害を受けた。総勢250人いたメンバーも150人に満たなくなった。日本最大規模だった黄昏騎士団トワイライトは、他の国内三大ギルドに抜かれてしまった。今は、1人でも多くの有望な人材が必要だ。頼む。黄昏騎士団トワイライトに入ってくれ」


 虎徹は、そう言って、再び頭を下げた。

 今回の一件、俺としてもここまで甚大な被害が出た責任を感じてはいる。乗りかかった船でもある。

 そして何より、虎徹に認められたことは素直に嬉しい。

 だが――


「虎徹さん。申し訳ないのですが、お断ります。俺には、やらなければならないことがありますので」


 俺は勧誘を断った。

 黄昏騎士団トワイライトに入って、ギルドの復興を手伝う余裕はない。

 海未のこともあるし、アクアとの約束もある。

 それに……俺は、虎徹の弟である龍騎を陥れようとしている――


 虎徹が顔を上げて笑顔で笑いかける。


「そうか! すまなかったな! 厚かましいお願いだった! 気にしないでくれ!」

「あの……俺は、2年前にクビにされたことを、恨んでいる訳ではないんです。実力不足だったと認識していますし、今は納得しています。それに、虎徹さんから実力を認めてもらったことは、素直に嬉しいです。大変光栄なお誘いではありますが、今回は、すみません……」


 凪の言葉を聞いた虎徹が目を丸くして驚く。

 すると、虎徹は凪の両肩をガシッと掴んで、真っ向から見つめる。


(一条くん、君は本当に成長したんだな。なんと惜しい、惜しい人材を手放してしまったのか……2年前の自分を殴り飛ばしてやりたい……)


 虎徹は、ふっと少しだけ笑った。


「君の気持ちはよくわかった。ありがとう……とはいえ、今回の件のお礼は必ずさせてほしい。何でも君の言うことをきこう」

「あはは……ありがとうございます。考えておきます」


 凪はなんだか照れくさくなって、頬をかいた。

 何でもか……考えておこう。何かしらお願いしないと失礼だからな。


 話が一段落して、虎徹は後ろに待機していたギルドメンバーの方を振り返る。


「多くの犠牲を払い、此度の戦闘は勝利した。一条くんをはじめとして、尽力してくれた皆のおかげだ。よくぞ生き残ってくれた。ありがとう。しかし、ダンジョンはまだ攻略に至っていない。一刻も早くこのダンジョンを攻略せねばならない。また力を借してくれ……英霊たちの亡骸は、攻略後に弔おう……」


 少しの間、亡き英霊たちに黙祷した後、一行は上へと目指す。


■■■


「これほどの規模のダンジョンだ。きっとダンジョンキーパーも強力なんだろうな」


 移動中に虎徹が、話し掛けてきた。強大なボスを想像したようで、少しだけ冷や汗を浮かばせていた。

 そうだ、ダンジョンキーパー。


「その件、なんですけど。ダンジョンキーパーを俺たちに譲っていただけませんか?」


 虎徹が眉がピクリと動いた。真剣な表情でこちらを向く。


「ダンジョンキーパーは、おそらくA級かS級で間違いないだろう。それを3人で……。君の実力は認める。だが、たった3人を死地に追いやることは出来ない」

「あ……すみません、自信過剰とか言うわけではなくて。大丈夫です。考えがありますので」


 虎徹がキョトンとする。


「そうだ! 先程の何でも言うことをきいてくれるっておっしゃった、お礼! 今回のダンジョンキーパーと、このダンジョン最奥にあるアイテムを譲っていただくということで! 大丈夫です。マズそうだと判断したらすぐに応援を呼びますので!」


 我ながら良いことを思いついたな!

 ニコニコと話す凪を見て、虎徹は苦笑いする。


「はぁ……ちゃっかりした奴だな、まったく。君のことだ、何か考えがあるのだろう。わかった、ダンジョンキーパーは君に譲ろう」

「ありがとうございます!」


 ここに来るまでの間に、このダンジョンがヴーデゴウルの物であることはわかっている。

 であるならば、きっとダンジョンキーパーは、悪魔だろう。

 もし悪魔であれば、アクアの時のように一度交渉してみたい。あわよくば、パーティに……っていっても、悪魔って、そんなにホイホイ契約するような感じなのだろうか? もしかしたらとんでもなく凶悪な悪魔だったなんてこともあるかもしれない。まぁ会ってみればわかることだ。


 それに……最奥にはアーティファクトが眠っている可能性もある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る