第38話 黄金と漆黒

 都内の廃工場が僕たちのアジトだった。

 オトモダチが増えた大所帯。一種のギルドやパーティのように機能していた。

 僕たちは『屍者の軍団』と呼ばれ、闇の世界でも名が通ってきていた。闇に紛れる死臭を漂わせた屍者の軍団に出会った者は、その列に加えられると、恐れられていた。ゆえに、誰も僕たちのアジトに近づこうとする人なんていなかった。


 そこに二階堂 龍騎にかいどう りゅうきはやってきた。

 ファーの付いた黒のロングコートをはためかせ、赤黒い長髪と左目に黒い眼帯。

 闇のように深い、漆黒の目が、獲物を見るようにこちらを見据えていた。


「貴様が、黄泉川 久遠よみかわ くおんか?」

「うん、ボクがクオンだよ」

「そうか、単刀直入に言う。俺のところに来い」


 唖然とする提案だった。今まで、僕たちを受け入れようと言う人間などいなかったからだ。

 言葉を失っていると、龍騎は続けて口を開いた。


「苦悩を抱き、救われたいと思っているものを俺が見つけてくる。奴等は俺にとって、一度死んでもらった方が都合がいい。どうだ? win-winだろう」


 龍騎は、僕たち双子を快く受け入れてくれた。

 それから僕は【烏龍ウーロン】ギルドの一員になった。役割は、暗殺。暗殺という名のオトモダチ探し。


 龍騎はたくさんのオトモダチ候補を紹介してくれた。

 それまでは、手当たり次第だったこともあって、報復を受けることも少なくなかったけれど、烏龍が後ろ盾についてからは、そういったこともなくなった。


 龍騎は、僕の構想に共感し、褒めてくれた。

 そして、協力を厭わないと言ってくれた。


 『MAXISマキシス』をオトモダチに投与することで、生前の成長限界を突破することも提案してくれた。龍騎は頭が良くて、本当に強い人だ。僕は龍騎のことが大好きだ。


 そんなある日。

 龍騎の執務室に呼び出された。黒を基調としたモダンなデザインの室内。

 奥のデスクに座る龍騎が僕を待ち構えていた。


「久遠、頼みがある」

「なんだい?」

「高尾山にA級ダンジョンが出現した。かつてないほどの巨大なダンジョンだ。そこに300人ハンターが派遣されている。貴様のスキルと相性がいい」

「へぇ〜、そんなにたくさん……全員オトモダチにできそうだねぇ〜」

「俺も可能だと思っている。そして、そのほとんどが【黄昏騎士団トワイライト】ギルドのメンバーだ」

黄昏騎士団トワイライトかぁ。龍騎にとって因縁だね」

「ああ、そこで頼みなのだが……俺の兄であり、黄昏騎士団トワイライトのギルドマスターである、二階堂 虎徹にかいどう こてつを。貴様のスキルで、


 意外な提案に僕は思わず、龍騎を凝視する。

 龍騎の黒い眼は、初めて出会った頃よりも、深い闇を映しているように感じた。


「……いいのかい?」

「ああ……問題ない」


■■■


 高尾山A級ダンジョン、第45階層のボスフロア。

 黄昏騎士団トワイライトギルドと黄泉川姉弟による熾烈を極めた戦闘は、終わりを迎えようとしていた。


「トワ、駄目じゃないか……」

「クオン、あなたがこれ以上傷つくところなんて見てられないわ」


 足がぐちゃぐちゃとなり、失血によって意識が朦朧とする久遠に、永遠は抱き寄った。

 久遠の鮮血のように真っ赤だった目が、徐々に黒く淀み、光を失っている。


 久遠に対して、とどめを刺そうとした凪に向けて放たれた即死スキル。

 永遠が、凪に対して即死スキルを放った。

 それは、二階堂 虎徹にかいどう こてつに向けて放たれていた即死スキルを解除したということでもあった。

 虎徹も、即死スキルが解除されたことで、<王之盾プライウェン>を解除した。


「一条くん!」

「お前様!!」


 神崎とアクアが、俺の元に駆け寄ってきた。

 頭が痛い。何も考えたくない。でも、もう――


「俺は大丈夫です。それに、もう決着のようですから」


 俺は振り返りながらそう言った。その視線の先には――

 金色のヴェールが解かれ、阿修羅の如く憤怒の形相で立つ虎徹が、黄泉川姉弟を睨みつけていた。


「オイタが過ぎたようだな。少年少女よ……覚悟は、出来ているだろうな?」


 虎徹は、地獄の底に響き渡るような威厳のある低く太い声で、冷酷に死を告げる。

 身の丈もある白銀の大剣を両手に持ち、天に向けて掲げる。

 その大剣に、金色に光る風を収束していく。その様は、天へと誘う階段のように神々しく輝いていた。


「ああ……あんなにたくさんいたオトモダチも、み〜んな、やられちゃったんだねぇ。ごめんネ……。龍騎。約束は、果たせそうにない……かも」


 壁にもたれかかって、うなだれていた久遠が、最後の力を振り絞るように起き上がり、永遠を抱き寄せた。そして、右手を前へと掲げ、人差し指と中指で銃口を型取る。

 すると、動かなくなった屍や大気中から真っ白な生気が浮かび上がり、久遠の指の先に集まっていった。

 白く輝く生気の塊は、渦を巻いて収束し、徐々にどす黒い邪悪な大玉へと変貌する。それはまるで、ブラックホールのように、地獄へと誘う漆黒の闇となった。


 ――スキル発動、<王之剣カリブルヌス>!!

 ――スキル発動、<鬼門遁甲・贔風きもんとんこう・ひふう>!


 虎徹と久遠。両者から放たれる渾身の一撃は、戦場の真ん中で激突した。

 衝突した黄金と漆黒の風が、地を裂くほどの勢いの嵐となって、戦場を駆け巡った。


「俺たちは多くの仲間を失った。失いすぎた。せめてこの黄金の風が、英霊の弔いに、なるように……」


 黄金の光が、漆黒の闇を飲み込み、黄泉川姉弟を包んだ――


 ドゴォォォォォオオオン!!!!


 黄泉川姉弟のいた壁に大きな穴が空いた。

 穴からはダンジョンの外が垣間見え、美しい夕焼けが覗き込んだ。

 紅に黄金を混ぜたような強烈な色彩が、戦場に横たわる亡骸だけでなく、生き残った者、その全てを照らした。


 ――黄泉川姉弟は、跡形もなく消え去った。

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