第37話 回想 - 久遠

 黄泉川 久遠よみかわ くおん永遠とわの前に現れたのは、魔城だった。

 村の人たちは、神様の怒りだなんだと言って泣き喚いた。


 神社に着くまでの間、僕は頃合いを見計らっていた。

 懐に隠していたナイフを使って、逃げ出そう。

 僕は永遠を幸せにしなければいけない。

 こんなカタチで、人生が終わってしまうなんて絶対に嫌だった。


「トワ、いこう」

「えっ」


 僕は永遠の手を引いて、魔城へと逃げ込んだ。

 臆病で、醜くて、弱い。そんな村の人たちが、僕たちを追ってくることはなかった。


 ダンジョンの中に入ると、外は夏の蒸し暑さで嫌になるくらいなのに、やけに涼しかった。

 闇に包まれた暗くて大きい、しんと静まり返った空間。

 ダンジョンの中は、中世の城を思わせるような石造りだった。


 そういえば、小学校で、みんなが話題していたのを思い出した。

 2年前から、都会の方では、大きなビル等の建物が異世界のようなダンジョンに書き換わり、ハンターと呼ばれる人たちがそれを攻略しているんだって。ハンターはみんなの憧れの職業のようだった。


 どうやら、僕たちはそのダンジョンの中に入っている。

 神様はどうして、こんなところに。僕たちの目の前にダンジョンを出現させたんだろうか?

 僕たちを救ってくれるため? それとも、陥れるため?


「先に進もう。何が起きるかわからないから慎重にね」

「……うん」


 『訓練』で、動物を狩ってきた経験が活きている。辺りを散策していると、異形の怪物たちが闊歩していた。僕たちは静かに身を潜めて、見つからないように気をつけた。武器は懐のナイフだけ。慎重に進まなければならない。


 しばらく進んでいると、開けた空間に出ることができた。


「うわぁ、素敵ね。クオン!」

「うん。キレイだね」


 そこは洞窟の中に隠された湖のほとりようだった。

 ごつごつとした岩壁の一面に、カラフルな鉱石が光り輝き、湖面をきらきらと反射させて、美しかった。


 永遠が、うっとりとした目で、透き通るような青碧色の鉱石に触れた。

 すると、その瞬間、永遠は白い光に包まれた。


「トワ!!」

「えっ、なに? 頭の中に、何かが流れ込んでくるっ!」


 こうして、僕たちは『ハンター』に覚醒した。

 後からわかったことなのだけれど、その鉱石は、ハンター適性試験で使われる職業測定魔導器の原材料。触れることで、10万人に1人の確率でハンターに覚醒させる効果のある鉱石だった。僕たち二人共、ハンターに覚醒できたのは幸運だった。


 それから僕たちは、ダンジョンの中で、覚醒した能力を使いこなすべく、『訓練』を開始した。


 僕のスキルは、呪符を使うことで火をおこしたり、水を湧かせたりすることができた。自然に対して、呪符で命令するような、そんな感覚。複雑な命令は難しかったのだけれど、中でも特別だったのは、死体を動かすことが出来るという点だった。最初はぎこちなく動いていた屍も、熟練度に応じて生前と変わらないくらいに、自然と動き回るようになった。

 呪符に出来るような紙が、ダンジョンにはなかったこともあって、僕たちは真っ白な着物を少しずつちぎって紙代わりし、血で呪文を記していった。


 永遠のスキルは、毒のような呪いで相手の動きを鈍らせることができた。熟練度が増していくと、動きを鈍らせるどころか、弱いモンスターであれば即死させることも出来るようになった。


 僕と永遠は、永遠が即死させたキレイな屍を、僕の呪符で動かす。それを繰り返すことで、少しずつモンスターを従え、一種の軍団を形成することができた。


 3ヶ月が過ぎて、ダンジョンを攻略した。

 魔城は、元の神社に戻っていった。

 僕たちはモンスターを従えて村に戻った。


 村の人たちは驚愕し、騒ぎ立てた。

 そして、僕たちを「神子さま」と祀り上げて、信仰するようになった。

 その日から、僕たちの家は、山の上の神社になった。


 これまで、僕たちを目の敵にしていた村の人たちの態度は一変した。

 毎日のように誰かが村から山に登ってきて、「助けてくれ」だとか「お救いを」などと。苦悩や罪を告白しに来た。


 そこで僕は理解した。

 みんな生きることに苦しんでいる。


 生から解放された、呪符によって、魄のみで動くモンスターたちは、規則正しくのびのびと暮らしている。食べるものには困らない。睡眠をとる必要もない。憎しみや嫉妬、怒り、全ての感情からも無縁。

 本当の自由を得ていると思った。


 何が、思い悩む村の人たち違うのか? なぜ罪を犯すのだろうか?

 村の人たちには、魂がある。全ては魂が汚れているから。生きることが辛いのだ。

 生きることが辛くならないように。罪を犯すことのないように。


 ――弱き者を汚れた魂から解放してあげよう。


 僕は屍を動かす赶屍術を使う際に、相手の記憶を視ることが出来る。相手を真に理解してあげることができる。だからこそ、真に理解してあげることによって、純粋で、純真で、従順な、僕たちの『オトモダチ』になることができる。


 永遠に相談したら、泣きながら喜んで賛同してくれた。


 そして僕たち双子の10歳の誕生日。

 山の上の神社では盛大なお祭りが催された。村の人たちは全員参加している。


 ――スキル発動、<死屍累々ししるいるい>


 村人全員を即死させて、呪符によって蘇らせた。

 その日から、僕たちの村は、屍者の村となった。

 誰も傷つくことのない、争うこともない。生前の記憶を保ち、それぞれが思い思いに生活する。

 緩やかに本当の死に向かっていく、完全なる平和。

 みんなが、僕の決めた規則に従って行動している。


 僕はみんなの理解者。

 『訓練』して強い僕が、オトモダチみんなの苦しみを背負うよ。


■■■


「トワ。考えたんだけど、村の外にも、たくさん苦しんでいる人たちがいると思うんだ」

「うん。そうだね」

「だから、村の外に出て、みんなを汚れた魂から解放してあげたい。オトモダチを少しずつ増やしていって、平和な屍者の国を作りたいんだ」

「……クオンは、優しいんだね」

「ボクは強いからね。トワもそうだろう?」

「……ううん。私は弱い」

「え?」

「ねぇ、クオン」


 永遠の美しい翠緑色の目から一筋の涙が溢れ落ちた。


「私も屍者にして」


 一緒に『訓練』した永遠が、強いはずの永遠が、解放されたがっている。

 僕は永遠の提案に驚いたけれど、永遠の願いを妨げることはありえない。


「うん。わかった。トワも解放してあげるよ」

「ありがとう。これからもずっと一緒よ」

「うん。ボクたちはずっと一緒だ」


 そう言って、永遠は自らのスキルで自害し、僕が赶屍術で蘇らせた。

 生前の記憶を保ったまま、苦しむことのない存在になった永遠。

 僕はそれを心から羨ましいと思った。


 永遠に赶屍術を使ったことで、これまでの永遠の思いを全て知ることができた。

 永遠は、本当に心の底から、僕を愛してくれている。

 僕は、永遠を幸せにしてあげないとならない。僕たちが生きやすい世界を作るんだ。


 それから僕たち二人は東京へ。


 子供を雇ってくれるギルドはないため、悪事を働く闇ギルドに加入して、生きることに苦しんでいる人たちを、汚れた魂から解放し、オトモダチを増やしていった。


 2年が過ぎた頃、僕たちは、二階堂 龍騎にかいどう りゅうきと出会った。

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