第36話 回想 - 永遠

 私、黄泉川 永遠よみかわ とわと、弟の久遠くおんは、ごく一般的な幸せな家庭に生まれた。


 お家のお庭にビニールシートを敷いて、よくピクニックごっこをした。お父さんとお母さんと久遠の家族4人で。

 お庭で遊んでいるとお母さんが、ジャムの入ったマフィンをよく作ってくれた。私たちはそれが大好物だった。マーマレードは私、いちごは久遠の大好物。むしゃむしゃと頬張っていると、お父さんとお母さんが微笑みかけてくれた。


「永遠、久遠。お前達の笑顔は、人を幸せにする力があるんだよ」

「可愛い可愛い双子ちゃん。沢山の人を幸せにするとね、あなた達も幸せになれるのよ」


 温かくて優しいお母さん、お父さん。

 私たちが笑顔で振りまくと、みんながにこにこと笑顔を返してくれる。

 私たち双子は幸せに育った。


 ――5歳の誕生日の日。初めて遊園地に訪れた。

 きらきらと輝くパレードを見て、将来はみんなを喜ばせるダンサーになりたいと思った。


 その日の帰り道、家族が乗った車にトラックが突っ込み、お父さんとお母さんは帰らぬ人となった。


 人生で最も楽しくて、嬉しかった日は、一瞬にして、人生で最も最悪の日になった。


 それからは私たち双子は、父方の祖母の元に引き取られた。

 そこは田舎というよりは、地方の隔絶された村だった。


 祖母はいつも怒っていた。


「あなた達、全く同じ顔なのね。双子なんて気味が悪い」

「あなた達を見ていると、あの女を思い出して吐き気がするわ」

「あなた達の部屋は、あの小屋よ。この家には入らないでちょうだい」

「あんな女とくっつくから。私は反対だったのに」

「なんで息子が死ななければならなかったの?」


「――あなた達が、死ねばよかったのに」


 私たちのお家は、小屋というよりも、物置小屋だった。農具や何かに使う機材や嫌な匂いのするダンボールやタイヤ……。雑多な物が乱雑に仕舞われた、お部屋。隙間風がびゅうびゅうと吹いて、夜は特に冷え込むものだから、いつも久遠とくっついて眠っていた。


 久遠は、いつも泣いていた。


「なんで、お父さんと母さんは、死んでしまったの?」

「どうして、おばあちゃんはいつも怒っているの?」

「こんなところ嫌だ。お家に帰りたいよ」


「――ねぇ、どうしてボクたちは、双子なの?」


 私も悲しかったけれど、お姉ちゃんだからぐっと堪えて我慢した。

 そして、どうしてこんな目に遭わなければいけなかったのか、必死に考えた。

 考えて、考えて、考え抜いた。朝起きてから眠りにつくまで。ずっと、ずっと。


「ねぇ、クオン。きっと、お父さんとお母さんは、事故で死んでしまう運命だったんだよ。だからクオンが一人で寂しくないように、私たちは双子に生まれたんじゃないかな」

「うん、ボク、トワがいなかったら寂しいから。トワがいてくれてよかった」

「そうだね。私もクオンがいてくれてよかった」


 村に引っ越してからしばらくして、祖母の怒りはエスカレートした。

 意味もなくぶたれ、蹴られた。ご飯はいつも冷めていて、量が少なかった。


「トワ、お腹がすいたよ……」

「そうだね、私もお腹がすいた……」

「そうだ! 隣のお家に行ってご飯を分けてもらおうよ!」

「いい考えね! お父さんもお母さんも、私たちの笑顔は、人を幸せにするって言っていたし、お願いしたら分けてもらえるかもしれない!」

「うん!」


 こうして、ご飯を分けてもらおうと、村の全ての家を周った。

 私たちが村の人に笑顔を振りまくと、蔑むような目を向けられた。


「忌み子が、近寄るな」


 誰一人として、ご飯を分けてはくれなかった。

 祖母の家に帰ると、祖母はいつにも増して怒っていて、ひどい目にあった。


 その日を境にして、祖母だけでなく、村の人達からもを受けるようになった。


 近くを歩くと殴られる。遠くに居ると石を投げられ、目に入ると罵詈雑言が飛んできた。

 久遠の涙は枯れて、泣くことが全くなくなった。黒かった髪も白くなっていった。

 頬もこけていって、肌も雪のように白くなっていった。

 そして、何をしても、何をされても、何も感じない。人形のようになっていった。


 久遠が、泣かなくなってからというもの、今度は私が泣くことが多くなった。


「ねぇ、クオン。私、死にたくない。生きていたい。幸せになりたいよ」

「……ボク考えたんだけど。きっとボクたちが弱いからいけないんだと思う」

「え?」

「生き残るために……『訓練』しよう」


 『訓練』。そういった久遠の赤い瞳は、真紅の炎のように燃えているように感じた。

 次の日から『訓練』が、始まった。


 肉体的な『訓練』は、誰からどんなに殴られても平気になるように。

 私たちは、お互いを殴り続けた。

 日が暮れて、身体中が痛くなると、物置小屋に帰って、二人で抱き合って眠りについた。


 精神的な『訓練』は、誰に何をされようとも動じないようになるために。

 小さい動物を殺した。そして、食べた。生きるために。殺して、食べる。

 対象は徐々に大きくなっていった。

 リス、猫、犬、豚、牛、馬。

 そして――


 そんな生活続けて3年。私たちは8歳になった。

 村のみんなは相変わらず、私たちにひどいことをするけれど、『訓練』のおかげで平気だった。

 私は久遠のおかげで、生き続けることができた。

 小さい頃に思い描いていた幸せとはかけ離れているけれど、それでも『訓練』を続けていって。大人になる頃には、きっと私たちの幸せを誰にも邪魔されないくらいに、強くなっている。そう思っていた。


 夏のある日。

 とにかく暑い日が何日も続いた。何日も雨が全く降らなかった。

 作物は枯れ、川が枯れ果てた。

 山で隔絶されたその村にとっては、一大事だった。

 私たちは動物の血で喉を潤していたから、平気だったのだけれど、村の人たちはそうじゃなかった。


「あの双子が村に来たせいだ」

「忌み子なんて引き取るからだ」

「何されても、反応しないなんて、気持ちが悪い」

「人じゃない何かなんじゃないか?」


「――そうだ、土地神様に捧げよう」


 私たち双子は、村の人たちに担ぎ上げられて、山の上にある神社まで連れて行かれた。

 神社の前で儀式が始まった。

 私たちは、真っ白な着物を着せられて、神社の前に座り込み。後ろでは、長老が白いわさわさの付いたお祓い棒を振って、呪文のような言葉を唱えていた。さらにその後ろでは、村の人たちが全員集まって、手を合わせて、一心不乱に祈っている。


 ――馬鹿な人たち。

 鍛えていないから、雨が降らないというだけで、苦しむんだ。弱いから苦しむんだ。

 こんなことをしたって、何も変わるわけがないじゃないか。


 そんなに生きるのが苦しいのであれば、私がいっそ――そう思った瞬間。


 ジジ……ジジジ……


 私は目を疑った。隣に座る久遠も、綺麗な赤い目をまんまるに見開いて、それに魅入っていた。

 神社が、別の何かへと変わっていく。ジジジと音を立てて。


 まさか、本当に祈りが通じたの? 神様が現れるの?

 もし、もし、神様が現れたら、私たちは食べられちゃうの?

 こわい、こわい、死にたくない。


 地方の隔絶された村落。その山の上にある神社を媒介として。

 魔城型のダンジョンが出現したのだ。

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