第35話 因果応報

「さて、次はお前の番だ。黄泉川 久遠よみかわ くおん


 呆然と立ち尽くす久遠に近づく。

 自身の主力を失って尚、まだ不敵な笑みを浮かべている。

 ふと振り返ると、100体はいたキョンシー達は、既にだいぶ数を減らしていた。他パーティメンバーも陣形を整えて死力を尽くしている。

 まだ余剰戦力があるっていうのか?


 でもまぁ、そんなものは、もう、どうでもいい。


 目の前のニヤニヤと笑う少年を一瞥すると俺は<仮想現実メタヴァース>からハンマーを取り出した。長い柄に俵ほどのサイズがあるヘッド。そのハンマーは、劫火の如く真っ赤に染まり、全体を赤黒い鱗で覆われた、A級武器『火竜槌』。


 俺は真紅のハンマーを、ホームランを狙う4番バッターの如く振りかざし、久遠の横っ腹目掛けて全力で打ち込む。魔力は武器に込めない。ただ、ただ、全力で打ち込んだ。


 ドゴォッ!!


「がっはぁッ……!!」


 真紅のハンマーが久遠の体に深く突き刺さるのを柄を通して感じる。

 肉を潰し、骨が砕ける、鈍い音が響いた。

 あまりの衝撃に久遠は、高く、高く吹き飛び、ドサッという音とともに着地した。


 抵抗しなかったな。

 どうやら久遠は、陰陽導師として、キョンシーを従えるしか能がないようだ。

 それを失った今。こいつはまさに無防備。


「お前には、罪に見合った報いを受けさせてやる」

「アヒャハッ! ゲホッ! ボクが何を、悪いことしたっていうんだ」

「今のは、俺の妹を交通事故に遭わせた分だ。見合う衝撃だっただろう?」

「ハッ! 一条凪! キミ、狂ってるねぇ」

「うるさい。黙れ。いつまでも軽口を叩けると思うなよ。次は、そうだな……」


 少し考える。今までにどれだけの人を殺してきたんだろう。どれほどの苦しみを与えれば、それに見合う報いになるんだ? 基準が難しいな。人を一人殺しただけなら、久遠を殺せばそれで済む話だ。


 でもそうじゃない。何人も殺している。

 そして、殺すだけでは飽き足らず、更には、死体を弄んだ。

 久遠が殺した人の分の苦しみを味あわせるだけじゃ、足りないのか。

 生前と死後。2倍は苦しめないといけないってわけか。

 骨が折れそうだな。


 ――いや、違う。それはダメだな。


 そもそもの話。他人に与えた罪を俺が裁く道理がない。

 久遠を恨む人から復讐の機会を奪うことになる。それはいただけない。

 俺にはそれが、どれだけ苦しいことなのかよくわかる。


 絶望的な状況だった、あの地下大迷宮で、俺の生きる糧は、復讐だけだった。どんなに辛い時も死にそうになった時も、俺の心を繋いだのは、最後に生きる力を与えてくれたのは、怨念に似たどす黒い感情だった。それだけが俺に生きる力を与えてくれた。


 だからこそ、俺の事情以外のことで、久遠に報いを受けさせることはやってはならない。きっとこの世の何処かで、久遠に報いを受けさせるためだけに生きている人もいるはずだ。

 久遠の罪に対する報い、罪に匹敵する償いを受けさせるのは、警察やギルド連盟に任せた方がいい。きっと相応のモノを用意してくれるはず。


 俺が受けさせる報いは、あくまでも俺の私怨。その分だけしか許されないと思う。


「次は、妹を半身不随にした分だな。申し訳ないがそこまで器用には出来ないと思う」


 久遠の目に、初めて曇りが伺えた。

 俺はお構いなしに躊躇なくハンマーを振りかざす。


「とりあえず、両脚の骨を再起不能になるまで砕くね。これから先、二度と、歩けないように」


 ゴシャッドゴッバキッゴッゴッゴッ……


 ハンマーを少年の足にふるった。何度も、何度も、何度も、何度も。

 こいつが二度と歩くことが叶いませんように。

 そう祈りを込めて。まだ少年の面影が残る、こいつに。何度も。

 足は少しずつ原型を留めなくなってきた。所々、骨が肉から突き出し、ぐちゃぐちゃになる。

 まるで、踏み潰された果実のように、潰れた肉から鮮血が迸る。


「あああああ! いたい! イタイィイィイ!!!! アッアッアァァ〜〜……」


 パァン


 久遠の絶叫がフロア中に響き渡り、気を失いそうになるところを平手打ちする。

 俺は久遠の胸ぐらを掴む。

 この世の全ての悪事が、こいつのせいかと思わんばかりの敵意を向けて睨みつけた。

 そして、自分でも驚くほどに、低く、暗く、残酷な、悪魔のような声が出た。


「おい、眠るな。起きろよ。楽になることは許さない」


 意識を朦朧とさせながら、虚ろな久遠の赤眼が、憂うような慈悲の目で俺を見返した。


「アヒャァ〜、キミ、復讐とか人を痛めつけるとか、似合わないネェ……」


 心臓が飛び上がる。怒りが頭の中を支配する。


「ほざくなよ! お前!!」

「だってキミ、泣いてるから」


 自分でも言われるまで気づかなかった。頬を温かい涙が伝っていた。

 いつの間にか、胸ぐらを掴み慟哭していたのは俺の方だったということを、自覚した。

 頬から伝った涙が、久遠に滴り落ちる。

 俺は、なぜ泣いているんだ?


「大丈夫だよぉ〜。もう無理しなくていいんだ。楽になっていいんだよぉ。キミは優しいんだね。ボクは『訓練』しているから。強いボクがキミの分も背負ってあげるから。だから、ボクがキミを殺して楽にしてあげるヨ。永遠の命をキミにあげよう」


 久遠は母性に似た感情を俺に向けてくる。

 なんなんだこいつは。何を考えている。一体俺に何をしたいっていうんだ。

 なぜ、足をぐちゃぐちゃにした俺に、そんな顔できる?


「だから――オトモダチになろうよ……」


 意味不明な交渉に困惑する。久遠の言っている意味がわからない。

 もう殺してしまおうか。殺したい。殺したい。殺したい。

 早くこの場から立ち去りたい。楽になりたい。

 楽になりたい? 俺は久遠を殺して早く楽になりたいのか?


 ――そうか、苦しんでいるのは、俺の方なのか。


 でも、もう、俺が楽になることは許されない。

 向き合え、現実と。


「もう、いいや……考えるのもめんどうだ。つかれた。だから、これで最後。海未うみが意識不明になった分。死なない程度に、お前の頭蓋骨を砕いてやる」


 これで最後だ。俺の私怨。血に染まった真紅のハンマーを振りかざす。


 ――スキル発動、<死屍累々ししるいるい>


 俺の足元に魔法陣が出現する。

 咄嗟に後ろに跳び、辛うじて即死スキルを回避した。


「これ以上、クオンを傷つけることは許さない」


 トワと呼ばれた死霊術師ネクロマンサーキョンシーが、俺と久遠の間に割って入った。

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