第31話 死の軍団

 金色のヴェールが解かれた。

 20人の四ツ星以上のハンターが、一斉に駆け出す。


盾役タンクは前に出てくれ、陣形を整えろ! 遠距離攻撃役アタッカーは後方から援護してくれ!」


 佐々木が指揮を執る。

 盾を持った『戦士』クラス等の盾役タンクが、先陣を切って前に出る。次に『剣士』クラス等の近接攻撃役アタッカーが待機。最後尾に『魔術師』クラス等の遠距離攻撃役アタッカー回復役ヒーラーが後方から支援する。

 俺と神崎さんは近接攻撃役アタッカーとして、待機。そして、後方からは「あーはっはっは」と悪魔的な甲高い声で笑うアクアが、紅蓮の炎を巻き上げてどっかんどっかんやっている。とんでも火力だ。


 20人のパーティは、虎徹が守る<王之盾プライウェン>を背に、陣形を整えた。

 相手は200を超える死者の軍勢。相手の戦力は10倍。こちらは陣形を整えなければ、押し潰される。


 俺は真紅のダガーと鼠色のダガーを構え、神崎から獲得したスキル<疾走><一閃>を駆使する。

 戦場に漆黒と緋色が閃光のように疾駆する。この攻撃スタイルも板に付いてきた。

 これまで攻撃スキルを有していなかったが、やはり攻撃スキルは超便利だ。火力が桁違い。


 戦場を<疾走>しながら敵の解析を進める。

 本来『キョンシー』はE級モンスターに分類される。死後硬直により曲げることの適わない、関節。肘と膝が伸び切り、腕は前に突き出すしながら、ぴょんぴょんと跳ねて移動する。そういうものである。

 しかし、キョンシーを生み出している四ツ星ハンター『陰陽導師』の少年は相当の手練だ。

 スキルの熟練度に依存しているのかもしれないが、少年の生み出すキョンシーに死後硬直はない。

 さらに、それぞれのキョンシーによって強さが異なる。解析を重ねた結果、キョンシーの強さは、元となった死体のハンターランクと比例しているようだ。


 陣形を整えた我々のパーティに向かって、不規則に押し寄せてくる、200のキョンシー。

 ハンターランクに換算すると二ツ星か三ツ星に偏っている。元は、ダンジョンに入り込んだ第二陣のメンバーだろう。


 主力は後方で、『陰陽導師』とトワと呼ばれる『死霊術師ネクロマンサー』キョンシーの周りを取り囲む10を超える黒いベールに包まれた黒い影。四ツ星相当に匹敵すると見ておいたほうがいい。


 隊列も陣形もなく突撃してくる二ツ星、三ツ星相当のキョンシーの大群に関しては、問題ない。

 100、200の有象無象が四ツ星ハンターで構成されたこちらのパーティを押し潰すことはない。数で劣っていようとも、それほどまでに星1つ分の実力差というものを、俺は自身の経験上からも理解している。


「アァ〜、オトモダチがぁ……せっかく汚れから解放されたというのにぃ」


 血のように赤い目から涙を浮かべた久遠が、キョンシーの死を労る。


「うぅ〜、でも、でも、オトモダチだったら、ボクの言うことを聞いてくれるよネ?」


 涙を流しながらも、にたりと、不敵に笑う。


ーー突っ込め


 陰陽導師の号令を聞いた、キョンシーたちは、体の部位欠損などお構いなしに、猛スピードで陣形の整ったパーティに突っ込んでいく。

 盾と肉がぶつかり合う鈍い音が戦場に響く。それでも押し寄せてくるキョンシーの軍団。盾とぶつかったキョンシーの背をよじ登り、パーティ最前線の盾役タンクを超えて、後方へと突き進む。

 剣で足を切り離されようと、弓で頭を貫かれようと、炎で焼かれようと、死の軍団は歩みを止めることない。死臭と共に押し寄せる。それはまるで、死が津波となって押し寄せてくるようだ。


ーー爆ぜろ


 白髪赤眼の少年の耳を疑う号令が、フロアに小さくこだました。

 瞬間、額の呪符がカッと光り、キョンシーの身体が爆発した。


 ドゴン! ドゴッ! ドゴッ! ドゴン!


 あちらこちらでキョンシーが爆発する。

 パーティに押し寄せていた100を超えるキョンシーが一体残らず、爆ぜる。


「うわあああ!!!!」

「くそっ!」


 パーティの陣形は崩れ、混乱と悲鳴が渦巻く。

 正直、優勢だった。だが、捨て身の爆破攻撃により、一気に覆された。

 甘かった。俺たちが戦っていたのは、生身の人間ではない。

 奴等はモンスターの軍団だ。人間の道理など捻じ伏せてくる。


「アクア! 神崎さん!」

「無事じゃ〜! あやつ、妾よりも派手に爆炎を上げるなど、甚だ不愉快じゃ」

「こっちも大丈夫だ!」


 仲間の無事に安堵する。

 四ツ星ハンターのパーティは手練が多い。大なり小なりの負傷に留まっている。

 だが、最前線で壁となっていた盾役タンクたちは、大勢のキョンシーに押し潰されていたのもあって壊滅状態だった。


「戦闘不能に陥ったものは引け! 急ぎ、態勢を立て直せ!」


 爆破によって、半数のキョンシーが消し飛んだとは言え、まだ爆弾キョンシーは100は残っている。こちらは壁となる盾役タンクが壊滅状態。ジリ貧だ。

 同じ攻撃をもう一度喰らえば、パーティ全体の壊滅は免れない。


 跡形もない肉片と化したキョンシーの成れの果て。

 それを見て、違和感が確信に変わった。


 神崎から聞いていた、神崎と海未の乗った車に突っ込んだ、黒いワゴン。

 派手にぶつかったからといって、大破した挙げ句、事故を起こした犯人が跡形もなく消し飛ぶなんて、普通はありえない。違和感を感じていた。

 だが、もしそれがキョンシーだったら? 今回のように、事故を起こした後に証拠隠滅のために爆発していたとしたら?

 海未を意識不明の半身不随にした挙げ句、仕留めきれずに病院にキョンシーを放った。全て筋が通る。


 全てはクオンと呼ばれるあの陰陽導師の仕業か。


 心臓が大きく脈打ち、負の感情が心を淀ませ少しずつ自我を支配していく。それでも思考は氷点下のように澄み渡っている。


「……ぶち殺してやる」


 クオン。お前は許さない。絶対だ。俺の手でぶち殺す。


 だが、全ては烏龍ギルドの手引き。今回の高尾山A級ダンジョンでの所業は、俺と海未を陥れるためにしては大げさすぎる。俺たちを狙ったものではない。実際、昨日まで俺たちが応援に駆けつけることは決まっていなかった。


 二階堂龍騎の狙い。いや、奴の望みは、兄である二階堂虎徹の破滅。

 過去、俺もそのために利用されていたに過ぎない。

 大迷宮に挑む黄昏騎士団を一網打尽にするために、長期間の攻略に相性の良い、このキョンシー使いを放ったということか。

 クソ野郎……。どこまでも腐ってやがる。龍騎。


 その計画も何もかも。俺がぶち壊してやるよ。


「落ち着け、お前様よ」


 ぽんとアクアに頭を撫でられて、正気に戻った。


「今はこの状況の打破が優先じゃ。弔いはあとじゃ」

「あ、ああ、すまない」


 ふぅと深呼吸する。今回の一連の真相を理解し、つい頭に血が昇ってしまった。

 地下大迷宮で憤怒や絶望といった感情には慣れていたつもりでいた。制御できていると。

 それでも、まだ足りなかった。どこまでも負の感情が湧き上がってくる。山の麓でこんこんと湧き出す天然水のように。どこまでも、どこまでも。黒く淀んだ感情がふつふつと湧き出す。


「一条くん、このままだとジリ貧だ。陰陽導師と死霊術師ネクロマンサーを最優先で落とさなければ、勝機はない」

「ええ。同じことを考えてました。周りの黒いベールに包まれたキョンシーはおそらく四ツ星相当の実力だと思います。戦う前にせめて職業だけでも開示できればと思っていましたが、悠長にしている余裕はなさそうです」


 敵は、まだ戦力の全てを明らかにしていない。

 パーティでの戦い方は正直疎い。地下大迷宮ではソロでの攻略だった。それも常に入念に準備をした上で挑んでいた。

 今回の戦闘は、まだ不確定要素が多い。だが、背に腹は代えられない。もうやるしかない。


「アクア、敵本陣までの道を作ってくれ。神崎さんと、突っ込む」

「了解じゃ」


 ここからが正念場だ。

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