第32話 勝手に救われていろ
波のように押し寄せてくる100のキョンシーの大群を掻き分けて、奥に佇む黒のベールに包まれた敵の主力に向けて突っ込んでいく。俺がキョンシーとぶつかるタイミングを見計らったかのように、目の前が爆炎の炎で包まれ、道が開ける。
「魂なく彷徨う亡霊たちよ! 妾の劫火で、黄泉へと還るとよい! あーはっはっは!!」
ストリートファッションに身を包んだアクアが駆け回り、火が反射してキラキラと光る銀髪のツインテールが踊るようになびく。悪魔的な笑い声と共に、後方から前方へと理不尽な爆炎を飛ばしている。
あいつの火力にはいつも驚かされる。
それにしても敵を攻撃する時のハイテンションは、どうにかならないもんなんだろうか。
俺と神崎は、スキル<疾走>と<一閃>を駆使して、突っ込む。
身体が欠損しようと動きを止めることのない死の軍団。全てのキョンシーを一撃にして倒し切るのは難しいため、追って来れないように足だけを狙って行動の自由を奪うことに専念した。
爆煙の中を一気に突っ切ると最奥の主力の前に辿り着いた。主力のさらに奥には、即死の魔術を繰り出している『
切り開いた道からアクアも合流できた。アクアと神崎と3人。黒のベールに包まれた集団に相対する。
すると、黒のウインドブレーカーコートの少年が、にたりと笑いながらこちらに挨拶してきた。
少年の意思なのか、キョンシーたちはこちらを襲ってこなくなった。
「はじめまして、ボクは
「趣味の悪い輩と友好関係を結ぶなど、願い下げじゃ」
威勢よく返答するアクアを手で制した。相変わらず、好戦的な奴である。
それにしても黄泉川 久遠かーー聞いたことのない名前だ。烏龍ギルドにこんな奴いただろうか?
相手には聞こえないように神崎と話す。
「神崎さん、知ってますか?」
「いや、名前は初耳だ」
「そうですかーー少し探りを入れます」
こくりと頷く神崎。
俺はまず質問に答えることにした。
「俺は
俺は明確な殺意を久遠に飛ばしながら、自己紹介した。
俺の名前を聞いた久遠は驚きに満ちた顔をした後に、突然笑い出した。
「あはっ! え、一条凪! 有名人じゃん! クソ過ぎる一ツ星固有職業の人だ! なんだそうだったのかぁ〜。……え〜、でもキミって、神保町のダンジョンで処分されたんじゃないのぉ?」
処分……この言い方からして、烏龍から手引されたのは間違いないな。海未のことはスルーか。
そう思った瞬間、自分でも意外なことに、俺の顔からも笑みが溢れた。
「ああ。処分されたよ。だがな、お前等に報いを受けさせてやるために、地獄から這い上がってきたんだ」
そうだ。俺は復讐するために地獄の底から還ってきた。
烏龍を潰すために。手始めに、このダンジョンで何を企んでいたのか吐かせてやる。その上で、まずはこいつから報いを受けさせてやろう。
「そっかぁ〜わざわざボクのオトモダチになるために地獄から戻ってきてくれたの? ありがとう〜! そうだ! ボクのオトモダチを紹介するよ」
相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、ニタニタしている久遠が、何かを思い出したように黒のベールに包まれた集団を振り返る。
「山田ぁ〜。キミ、知り合いだろう?」
そう言って一人のベールを脱がせた。
そこには、銀色の重装備に190cmを超える巨体。頭には手ぬぐいを巻きつけた男。
あの日から変わらない姿の山田が、立ち竦んでいた。
顔面は蒼白で、生気はない。
「!!?」
思いもしなかった再会。
あまりにも意外な人物の登場に呼吸を忘れる。
「き、貴様ァーー!!」
意外にも神崎が吠えた。神崎の眼から怒りの火が弾けた。そのまま久遠に向かって駆け出す。
すると、山田が。
山田だったキョンシーが、喋った。
「ナビ……くん……」
山田の声を聞いた神崎の動きが止まる。
「ナビくん、生きていたのか。そうか。生きていたのか……」
「山田さん。貴方は……」
「ああ、見ての通りだ。キョンシーになっちまった。死んで魂はないのに、動けるんだ。なんでも脳がそのまま遺体にあるから、記憶もあるし、今まで通りなんだ。死んだなんて信じられない。顔面蒼白だけどな。ははは……」
生前と同じ。気のいい性格はそのままだ。
ただ、快活さは失われている。
「どうして、貴方が……落ちていったのでは……」
「運良く底まで落ちなかったんだ。崖を登って命からがら逃げ出した。やっと思いでギルドに戻ったら、君の遺体を持ち帰れなかったという理由で、龍騎さんに処分されて……再活用されている」
再活用、だと? 処分。殺されて尚、死して尚、烏龍からは逃れられないのか。
腹の底から真っ黒な感情が湧き上がってくるのを感じる。
ほんの少しの静寂。
山田は意を決するように口を開いた。
「俺は、君を殺そうとした。君がどうやって生き延びたのかなんて聞かない。虫のいい話だということはわかっている。それでも……頼む」
嘆願した。山田が慟哭している。
「殺してくれ。俺を、俺を、殺してくれぇ……」
山田が本当は良い奴だということを俺は知っている。それでも、家族のために俺に手をかけた。
それを許すことは出来ない。決して。
もし俺があの地下大迷宮に落ちることなく、地上に残っていたら、海未は意識不明になんてならなかったかもしれない。
だが。だが、こんなことが許されていいのだろうか?
「山田さん。申し訳ないですが、俺を本気で殺そうとした貴方を。俺が救う道理は、ありません」
「アヒャハハ! 断られてやんの! 超ウケる〜〜!!」
一部始終を聞いていた久遠が腹を抱えて、笑う。
「ですが……」
俺はスッと手を前に掲げて、全開の魔力で爆炎を飛ばす。
不意を突かれたのか久遠が、防御の態勢を取ろうとするも間に合わない。
だが、その炎の行く先はーー山田だった。
ドゴォォォオオン!
火は狙い通り山田に直撃し、爆煙を巻き上げる。
巻き起こった煙に乗じて、俺は<疾走>で接近し、山田の首を腕を足を、鎧で隠しきれていない関節の隙間、その全てを、斬り裂いた。
「俺は烏龍の所業の全てを許さない。何か企んであるのであれば、その一切を潰します。……だから、死んで下さい。決して貴方を救うためではありません」
「あ……ありがとう」
感謝されるいわれはない。俺はただ、烏龍を潰すために。それに与するものも潰すだけだ。
でも、もしそれで。烏龍に虐げられていた人が救われるのであれば、全員救ってやる。
俺が全部ぶっ潰すから。勝手に救われていろ。
山田の隣に立っていた久遠に向かって双剣を振りかざすも、黒のベールに包まれた剣士にそれを防がれた。金属のぶつかり合う甲高い音が響き渡る。
「アヒャハハ! 陣形を組め!!」
久遠の号令に従うように黒のベールを脱ぎ去り、主力のキョンシー達が陣形を組む。
統制の取れた死のパーティ。
「殺ってくれたな! 一条凪!」
「黙れ。息をするな。死臭が鼻につく」
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