第30話 亡者

「ボクとオトモダチになってくれるぅ〜?」


 不気味な笑みを浮かべた白髪赤眼の少年がゆらゆらと近づいてくる。

 御し難い状況にパーティから動揺と困惑に満ちたうめきに似た悲痛の声が募る。


「どうなってんだ……」

「あいつは何者なんだ……」

「仲間がゾンビになっちまった……」


 なぜ攻撃されているのか理由はわからない。

 だが、1つだけわかっていることがある。


 あの『キョンシー』は、海未の病室を襲った奴と同じだ。

 間違いない。頭に血が昇っていくのを感じる。落ち着け、冷静になれ。


 奴等は烏龍ギルドから手引された者たちだろうか。神宮寺局長が烏龍ギルドの介入があると言っていたな。奴がそうなのか? いや、そうじゃない。

 一旦、誰の仕業なのかは考えなくていい。

 いま最優先にすべきなのはこの状況の打破だ。


 俺は戦闘状況を冷静に状況を分析することに努める。


(ナビさん、視界を<戦闘>モードに変更)


――設定を更新しました


 全ての理が記されているという超激レアアイテム、アーティファクト『叡智の書』を獲得してから、<戦闘>モードにも大幅なアップデートをかけた。

 『叡智の書』は、俺の中心となるスキルである<ナビゲーション>と<仮想現実メタヴァース>との相性が非常にいい。


 例えるならば、 <ナビゲーション>は、話しかけるだけで、やりたいことを手伝ってくれるバーチャルアシスタント。欲しい情報から簡易的な未来予測まで、自動で視界に表示してくれる<拡張現実>の進化スキル<仮想現実メタヴァース>は、VRMMOのような戦闘画面が視界に広がっているような感じだ。


 そして<仮想現実メタヴァース>に格納している『叡智の書』。『叡智の書』と各スキルの同期によって、出来ることが飛躍的に増えた。かつては、自分の記憶をデータソースとしていたため、見たことないものや記憶にない知識は視界に表示させることができなかった。それが『叡智の書』によって、頭の中に膨大なデータベースを有する検索エンジンが追加されたような感じだ。演算機能も大幅に強化されていて、予測の精度も上がっている。


 現在、俺の視界に表示されている情報。<戦闘>モードの設定は、視界に入った敵や武器装備を<自動鑑定>し、敵の属性や弱点、予想される攻撃スキルが、視界にポップアップされる。更に戦闘時には、相手の行動予測。他には自分や仲間の状態等が表示される。


「虎徹さん、相手の解析が完了しました」

「何?」


 虎徹は驚いた表情でこちらを見る。

 俺は<鑑定>し、視界にポップアップされた情報を噛み砕いて虎徹に説明する。


「あの少年は、四ツ星ハンター『陰陽導師』です。彼のスキルによって、死体を『キョンシー』に変えているようです」

「あれは、ゾンビではないのか?」

「ええ。奥の黒いベールで包まれた者たちは、少年が制御しているようです。額に貼っている呪符によって」

「呪符のない者たちはどうなっているんだ?」

「呪符が貼られていない者は『亡者』です。『亡者』や『キョンシー』に噛まれると、生気を吸われ死にいたる。そして、生者から生気を求める『亡者』になります。ねずみの大群についても、1匹だけでは死ぬほどにまで生気を吸い取ることはできないようですが、一斉に噛み付かれると『亡者』になってしまうようです」

「……元に戻す方法はないのか?」


 動揺を顔に出さず冷静さを保っていた虎徹の表情が、わずかに曇った。

 当たり前だ。仲間を殺された挙げ句、モンスターに変えられてしまったのだ。


「元に戻す方法は、わかりません。キョンシーの方は、呪符を破壊しても亡者になるだけでしょう……亡者に至っては、もはやモンスター化しています」


 あくまで冷静に状況を伝える。そして、『それ』は俺が言わなければならない。

 少し躊躇していると、虎徹が口を挟んだ。


「手遅れか。殺るしかないか」


 冷酷で残酷。その言葉を聞いたパーティメンバー全員の背筋が凍った。

 殺るしかない。

 そのとおりだ。先刻まで仲間だった者たちはモンスターに成れ果てた。

 もう救う手立てはない。


 虎徹の表情からは曇りが消え去り、腹の底から怒りが満ちた表情に変わった。気圧される。

 苦渋の決断であることは間違いない。リーダーの判断としては、生きている者を優先して、亡くなった者はモンスターと割り切るのは、英断だ。

 迷いなく、殺ると、言い放った。


 誰しもが受け入れ難い事実であることは間違いない。


 それでも、この人は、大規模ギルドの主。ハンター250人の猛者を率いる先導者。

 亡くなった仲間も、この状況に至った責任も、虎徹は全て背負っている。

 血も涙もない判断かもしれない。それでも決断する。ギルドマスター自身が。

 虎徹はどこまでも、誠実だ。

 だからこそ、黄昏騎士団メンバーは二階堂虎徹の背中に付いていくのだろう。


 判断するのはこの人だ。判断材料となる情報を的確に伝えることに努める。


「先程の奇襲で、こちらの戦力は100を切りました。一方、向こうは術者が一人。他は亡者とキョンシー。その数は、200。ダンジョンに潜り込んだ第二陣が全て取り込まれているかもしれません」


 虎徹はしばらくの間、目を瞑った。

 こちらが話し合っている間、キョンシー達がぺたぺたと呪符を亡者に貼っている。

 忌々しい。歯がゆい。


 そして、虎徹は意を決して言い放った。


「わかった。一撃で薙ぎ払う。一瞬、<王之盾プライウェン>を解くぞ。総員、戦闘態勢に入れ」


 各々が臨戦態勢に入る。

 虎徹は盾を構えたまま、片手で背に携えた身の丈ほどもある白銀の大剣を抜いた。

 すると、パーティを囲むようにキョンシー達が動き出す。


「いくぞ」


 その言葉と共に<王之盾プライウェン>が解かれる。

 <王之剣カリブルヌス>を発動するまでの数秒の間、何が起きるかわからない。

 いつ襲いかかられても反撃できる準備をする。


 <王之盾プライウェン>が徐々に解かれていくのを、不敵に笑い眺める久遠。

 待ってましたと言わんばかりに、叫んだ。


「トワ!!」


 バッと久遠の後ろに居た黒いベールに身を包んだキョンシーが動き出す。

 ベールを脱ぐと、久遠と瓜二つの少女が姿を現した。顔面は蒼白。久遠とは対象的に漆黒の黒髪がおかっぱのように切り揃えられていた。久遠と同じオーバーサイズのウインドブレーカーコートを身にまとっている。髪と呪符の間から覗く翠緑の眼が光る。


「いくよ」


 『トワ』と呼ばれたキョンシーが、喋った。

 <自動鑑定>から警告が伝えられる。


「虎徹さん! <王之盾プライウェン>を!!!! はやく!!!!」

「!?」


 大剣を構えてスキルを発動しようとしていた虎徹が、再び盾を構え直す。


――スキル発動、<王之盾プライウェン>!

――スキル発動、<死屍累々ししるいるい>


 <王之盾プライウェン>が発動し、先頭に立つ虎徹から後ろに向かってパーティ全体を金色のヴェールが包み込む。

 が、それよりも早く地面が黒い沼に侵された。


「うがっ……」

「ああああ……」


 金色のヴェールに包まれるよりも先に少女のスキルを受けたメンバーからうめき声が聞こえ、倒れた。


「……死んでる」


 倒れたメンバーを確認した者から死が告げられた。

 <死屍累々ししるいるい>、即死スキルか。術者よりも低位の存在を一定確率で即死させるスキル。いや、それよりもキョンシーがスキルを使った……?

 視界に映る少女に『死霊術師ネクロマンサー』というポップアップが表示される。キョンシーであり、職業とスキルを有しているのか?


「アヒャヒャ! トワ! ありがとう〜〜!」

「いいのよ、クオン。また私たちにオトモダチができたのね」


 双子のようにそっくりな二人。まだ成人していないであろうあどけない子供たちがきゃっきゃと、はしゃいでいる。異常だ。

 対象的にこちらのパーティは意気消沈している。

 相手の力が未知数だ。やることなすことが後手に回っている。


「ネェ、二階堂サン。君もオトモダチになってよ」

「汚れた魂から解放させてあげる。安心して。記憶はそのままだから」


 久遠が不気味な笑みを浮かべながら、こちらに向かって笑いかけてくる。


「記憶がそのまま……だと?」

「そうだヨ。魂がなくなっても魄には脳が残っているからネ。記憶もそのままだし、職業もスキルもいままでどうりサ」

「あなたが背負っている何もかもから解放されて、自由になりましょ」


 記憶がそのまま。かつ、キョンシーになったら生前のように戦えるということか。

 なんてことだ。このまま死体が増えていけば、相手の戦力が増え続ける。ありえない。


「虎徹さん。あの即死スキルを使う少女を落とせば、勝機はあります。それに少年もキョンシーを生み出し、操作する度に魔力を失っていくはずです。魔力は無限ではない」

「くっ……そうだな。しかしどうするか」

「選択肢は2つです。1つは、<王之盾プライウェン>を解除し、即死スキルを受ける覚悟で、<王之剣カリブルヌス>で一掃する」

「それは出来ない。生きている仲間を見殺しにすることなど!」

「では、手段は1つです。虎徹さんが<王之盾プライウェン>で三ツ星以下のメンバーを守っている間に、四ツ星以上のメンバーが敵と戦うしかありません」


 凪は、虎徹を除く全てのパーティメンバーのスキルを獲得している。即死スキルを無効化できるのは、絶対不可侵の<王之盾プライウェン>のみ。これさえ発動していれば、敵の即死スキルは効かない。解除すれば三ツ星以下の仲間が即死スキルを受けることになる。


 であるならば、四ツ星以上のメンバーが<王之盾プライウェン>から出て、あの『死霊術師ネクロマンサー』を倒すしか方法はない。


 虎徹が苦悶の表情を浮かべた。

 虎徹の判断は、常に自己犠牲の上にある。モンスターと化してしまった仲間を一人で薙ぎ払おうとした。全て、一人で背負うために。仲間に仲間殺しの念を背負わせないために。

 全て自己犠牲。それは、虎徹の強さでもあり、弱さでもある。


「マスター、大丈夫です。円卓の騎士に任せて下さい」


 弓を携えた痩身で眼鏡の男、佐々木が虎徹に進言する。


「そうです! マスター! 私たちを信じて!」


 他のパーティメンバーも同調する。

 虎徹は固く目を瞑って熟考し、決断する。


「わかった。お前たちを信じよう。一瞬、<王之盾プライウェン>を解く。その間に抜け出し、あの少女を落としてくれ」


 四ツ星以上のメンバー。20人ほどで、200の敵に挑む。俺は三ツ星だけれど。大丈夫だろう。

 皆が固唾を呑む。

 亡者となった仲間も打たなければならない。揺るぎない覚悟を固めるしかない。

 各々が臨戦態勢に入る。


「準備はいいか。いくぞ」


 金色のヴェールが解かれると共に、決戦の幕が切って落とされた。

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