第29話 高尾山A級ダンジョン - 第45階層

 一撃にしてA級モンスターを屠る、虎徹の火力は絶大だった。

 自分自身それなりに強くなったと自信を持ったのも束の間、目の前で豪腕を振るう五ツ星ハンターの圧倒的な実力差に、意気消沈してしまう。


 これがトップの実力か。

 いずれ目指さなければならない高みなのかもしれない。到達できるイメージは全く沸かないけれど。


 ボスフロアを通り、上へと続く階段を進む虎徹の後を、ぞろぞろ100名を超えるハンター達が進んでいる。

 ボスフロアは、<王之剣カリブルヌス>によって、地面に地割れのような大きな亀裂が入っている。そして、無残にも真っ二つになったサイクロプスを横目に先を進む。


 少し足を止めていると、神崎が話しかけてくる。


「どうした? 先に進まないのか?」

「え? ああ、ちょっと気になることがあるので、先に行ってください。すぐに追いつきます」


 そう言って、全員がボスフロアから去るのを待った。


「お前様よ。何か気づいたのかの?」


 不思議そうにアクアがこちらを見上げる。


「みんなに<視覚共有>しているマップは、最短ルートを進むための最低限の情報だけなんだけど。アクアには共有されてると思う。ボスフロアの先を見てみて」


 アクアは、目を細めて視界に映っているであろうマップを凝視する。


「なんじゃろうな。何か空間のようなものがあるの」

「そうなんだ。これ、たぶん隠し部屋だと思う」

「なんと! あの忌々しい地下大迷宮と同じか!」

「……いってみよう」


 アクアとボスフロアを後にし、隠し部屋の前に辿り着く。

 案の定、見た目はただの乳白色のレンガを積み上げた壁。少し探ると、ビンゴ。ガコンという音と共に隠された扉が開いた。

 中はきらびやかな武器装備、秘蔵コレクションの数々が所狭しと陳列されている。


「当たりのようじゃな。あれを見よ。グリフォンの紋章。このダンジョンはヴーデゴウルのもので間違いない」


 アクアの指差した壁には、あの地下大迷宮の隠しダンジョンと同じようにグリフォンの紋章が描かれた旗が掛けられていた。


「そうだな。そしたらまさか……」

「ああ。恐らくそのまさかじゃ」


 最上階に佇むダンジョンキーパー。

 そこにはおそらく。……悪魔が、居る。


■■■


 それから先の道中はいたって順調だった。割り出した上へと続く階段への最短ルートを<視覚共有>で全員に共有し、フロアボスは虎徹が一撃で屠っていく。


 あっという間に、45階層のボスまで片付けてしまった。

 残るは50階層。おそらくこのダンジョンの最後のボス。

 悪魔。虎徹の手にかかれば、間違いなく倒すことができるだろう。


 できればその前に、一度交渉しておきたい。

 個別に会う手段を模索していると後ろの方から悲鳴と怒号が一斉に聞こえる。


「きゃああああ!」

「おい! なんだこれ!」

「ねずみだ! ねずみの大群が向かってくるぞ!」


 ねずみ? 感知していたけれど、気にも留めていなかった。

 声のする廊下の方を振り向くと、地面、壁、天井を真っ黒なうごめく影が、ものすごい勢いでパーティメンバーに向かってきていた。黒い大群のところどころで赤い目が不気味に光っている。それともう1つ。黄色い光もところどころ見えた。


「痛っ! 噛まれた!」

「うわああ! 助けてくれぇぇ!」


 ねずみの大群は、ハンター達を飲み込むかのように覆い尽くしていく。

 あちらこちらから叫び声が聞こえ、戦場は混乱を極めている。


「狼狽えるな! 早くボスフロアに入れ! 引いて陣形を整えろ!」


 フロアボスと向き合っていた虎徹の怒号が皆の動きを制す。

 虎徹の指揮の通り、すぐさまタンク役の重装備ハンターが盾を構え、魔術師がねずみの大群に向かって魔法を連射する。黄昏騎士団メンバーの戦闘訓練の賜物だろう。パーティの熟練度が高い。


「アクア! 神崎さん!」

「うげぇ、なんなんじゃこれは。気味が悪いのう」

「私は大丈夫だ!」


 よかった二人は無事。ねずみの大群と距離をとって形勢を立て直す。

 一匹一匹は的が小さい。まとめて倒す必要がある。

 俺は真紅の剣と、アクアから獲得した炎の魔術を使って、大炎を生み出し、ねずみの大群に向かって放つ。


 すぐに態勢は整い、ねずみ達が一斉に引いていった。

 黒い影で覆われていた地面には、20、30名のハンターが倒れていた。


「大丈夫か!」

「ヒーラーは治癒してくれ!」

「急げ! 第二波に備えろ!」


 的確な指示がとび、各々が自身の役割をまっとうする。


「大丈夫ですか?」


 一人のヒーラーが倒れている仲間を抱き上げ話しかける。


「アア……ァァァァァアア!!」


 倒れていた者が、がぶり、と。ヒーラーに噛み付いた。


「キャアッ……!!」


 倒れた者を助けに行った者たちが次から次へと噛み付かれ、至るところから悲鳴が上がる。


「なんだ! どうした!」

「くそっ! なにが起こっているんだ!!」


 次から次へと訳のわからない事態が巻き起こる。

 何が起こっている。いや、まずはどうするのかが重要だ。


「総員! 引け! 俺の後ろに下がれ!」


 虎徹が明確な指示をとばす。

 中には「助けてくれ」と嘆く者を傍目に右往左往するメンバーも多く、混乱をよんでいる。


「倒れている者には構わうな! 急げ!」


 怒りにも満ちた虎徹の声がフロア全体に響く。皆迷いながらも虎徹の指示に従って、後ろへと下がる。

 虎徹は、背に携えた1.5mはあるであろう、白銀に輝く盾を構える。盾には雄々しい金色の虎が型どられていた。


――スキル発動、<王之盾プライウェン>!!


 最前線に位置する虎徹から後ろに集うパーティ全体に金色のヴェールが包み込む。


「如何なる攻撃も魔法も通さぬ、絶対不可侵の領域を展開した。まずは状況を整理するぞ」


 額に汗が浮かんでいるものの、焦燥感は微塵も感じない。精悍な顔つきに目には闘志を燃やし、パーティメンバーに安心を与える。ギルドマスターの鑑と言える。


 視線の先には、先程まで倒れ込んでいたものが、ゆっくりと立ち上がり、何かを探すように徘徊し始めた。「アア……」といううめき声がフロア中にこだまする。それは、まさにゾンビのように。


 状況を整理しようと各々が見解を述べる中、それは現れた。

 フロアの入口から、音もなく、ただ死臭を纏わせた。

 黒い影の軍勢。


「やぁ、黄昏騎士団のみなサン」


 その先頭に立つ、黒いオーバーサイズのウインドブレーカーコートに身にまとった男。フードの奥から見える鮮血のように赤い目が不気味に揺らめく。ずるずると、こちらに近寄る少年が、にたりと笑いかけた。


「ボクとオトモダチになってくれるぅ〜?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る