第28話 高尾山A級ダンジョン - 第25階層
凪のパーティメンバーは80名に増え、獲得したスキルも100を超え、大所帯の先頭を切っている。
凪が広大なダンジョンを彷徨っているパーティを優先して保護しているのには理由がある。
ダンジョン内で不自然に人が減っているのを感知していた。理由はわからない。何か隠密性の高い強力なモンスターが潜んでいるのか。それともハンターのスキルによるものなのか。
恐らく後者だ。不可解なことに一人のハンターがモンスターらしき軍勢を率いている。
何かの策略のような嫌な感じがする。とにかく先を急いで保護を優先しなければ。
先を急ぐ凪たち一行は25階層に到着した。
階層に到着してすぐに<超広域感知>を発動する。上へと続く階段を探し出し、彷徨っているパーティも同時に探し出す。全てのパーティを保護できるルート、かつ、階段への最短ルートを演算能力で算出する。
スキルを発動すると自分を中心として、ダンジョンの情報が徐々に、明確に、スキャンするかのようにダイレクトに脳に流れ込んでくる。
パーティの数は、1、2、3、4……5。最後の1つに強力なパーティを感知し、反射的に身が強張った。
「どうかしたか?」
感知とルート割り出しを待っていた神崎が、こちらを見た。
少し動揺した表情を読み取られたのか。鋭い人だ。
「いえ、特に異常はないみたいです。最前線のパーティを確認しました。今回で全員保護できそうです」
「そうか、承知した。先を急ごう」
■■■
難なく4パーティを保護し、残るは1パーティのみ。
「見えた」
神崎がそう呟く。
最前線にいるパーティ。
国内最大のギルドである黄昏騎士団において、トップに君臨する12人。
つまりそれは、日本最強パーティを意味する。
12人の円卓の騎士。
そして、それを束ねるギルドマスター。
過去に黄昏騎士団に所属していた凪にとって、因縁となる人物。
五ツ星ハンター、固有職業『
凪の心臓が跳ね上がる。
徐々に鼓動が大きなるのを感じる。
自分に言い聞かせていた。今の俺は、昔の俺とは違う。
無力だった一ツ星だった頃とは違う。今の俺は、確実に強くなった。
それでも、虎徹にどんな顔をして向き合えばいいのか、わからない。
190cmを超える巨体を覆う白銀の重装備。背には身の丈ほどの大剣。そして、金色の虎を模した盾。短く切り揃えられた金髪と髭。角張った彫りの深い顔立ちと凛々しく先を見据える赤銅色の目には強者の威厳を感じる。
他11人のパーティメンバーも先鋭だけあって猛者特有のオーラを感じる。全員が何かしらの達人であることは間違いない。
これほどの実力者達が一同に介している様は、圧巻だった。
凪は黄昏騎士団を解雇された時のことを思い出す。
たった数ヶ月だけしか所属していなかったが、鮮明に記憶に残っている。
契約の日、俺は虎徹と直接握手を交わした。期待と希望に満ち溢れていた。
解雇の日、虎徹は現れなかった。事務員と二人、黄昏騎士団のギルド本部の会議室で、契約解除の事務的な手続きをした。
『ギルドマスターから、言伝を預かっております』
『あ、はい。なんでしょうか』
『他人に迷惑をかけて死にたくなければ、ハンターを辞めろ』
18歳の少年が挫折するには充分すぎる一言だった。
虎徹と会うのは契約した入団の日以来、2年ぶりになる。
あの日から全く変わらない眩しいくらいに高貴な出で立ち。
「お初にお目にかかる。私はギルド連盟の神崎アリスだ」
「貴女があの……。私は二階堂虎徹。黄昏騎士団ギルドのギルドマスターだ。これは一体どういうことなのか説明をお願いできるだろうか」
後ろに続く100人の団員を見て、少し驚いた様子の虎徹が、神崎に問う。
神崎は、虎徹を前にした凪の様子がおかしいのを察していた。事情も知っている。ここは自分が話をした方がいいだろうと、先に声を発していた。
凪は、案の定、萎縮して俯いている。
「ああ、実は……」
「お久しぶりです」
凪が神崎の言葉を割って入るように口を挟んだ。
「君は……」
「俺は、一条凪です」
「!!!」
虎徹の凛々しい眉がピクリと動く。
周りで話を聞いていた黄昏騎士団メンバーから動揺の声が上がる。
「えっ、一条凪って、あの一ツ星の固有職業の?」
「だいぶ前に除名された奴だよな?」
「嘘だろ……」
「信じられない!」
ざわざわと懐疑的な空気が漂う中、虎徹だけが真っ直ぐと、射抜くような赤銅色の目をこちらに向けている。凪は怯むことなく、真っ直ぐと見つめ返す。
「一条くん……君はたしか烏龍ギルドに入ったと聞いていたが……」
「追放されました。今はソロでやってます」
「そうだったのか。それで、今回は何故このA級ダンジョンに?」
「ギルド連盟、神宮寺局長からの依頼で来ました」
それから凪は、自分のスキルと保護をして回った経緯、ダンジョン内の異変について語った。
■■■
話を聞いた虎徹と周囲の反応は驚きに満ちていた。
「信じられんな。全く信じられない」
虎徹の横に立った、背に弓を抱えた眼鏡をかけた痩身の男が、そう言って蔑んだような目で凪を見下した。
「貴方は?」
「黄昏騎士団、佐々木だ」
凪に向かって詰め寄ってくる佐々木と名乗る男との間に神崎が割って入った。
2年前、黄昏騎士団から除名された時と比較すると、凪自身、別人のように変わっている自負がある。それに短期間の間にこれほどまで実力を有することなんてありえない。疑って当然だと凪は思った。
「信じていただけませんか?」
「ああ、全く信じられないね。今日まで話題にも上がらなかった無能スキルのみの一ツ星風情が、短期間に三ツ星なんかになれるわけがない。それに、我ら黄昏騎士団が除名した者の名を使って、恩を売るなど騎士団の誇りが許さない。侮辱するにもほどがある」
「やめないか」
意外にもこの場を抑えたのは虎徹だった。
「一条くん、部下が失礼を働いて申し訳ない」
「マスター!」
「黙れ」
虎徹の鋭い視線が佐々木に向けられると、佐々木は納得のいかない表情で口をつぐんだ。
「私は一条くんとは一度直接会ったことがある。あの頃とは全くの別人だが、目の前にいる君は、一条凪本人だろう。目を見ればわかる」
凪は頭が真っ白になった。
俺を除名した男。俺を追放する決断をしたであろうこの男が、慈愛に満ちた目で俺を見ている。
もっと冷酷で、残酷な男なのかと思っていた。彼の弟である二階堂 龍騎のように。
「ここまで我が団員を保護してくださり感謝する。ありがとう」
そう言って丁寧にお辞儀をする虎徹。
これが日本屈指のギルドを率いる男、二階堂虎徹か。
誠実であり、実直。
「いえ、頭を上げて下さい」
想像と全く違う反応に凪は、困惑した。はっと、我に返り頭を下げている虎徹を制する。
そうだ、今はそれどころじゃない。
早くダンジョンを攻略しないと。
危険が迫っているのを感じる。
■■■
凪が古巣である黄昏騎士団に身バレし、全体に動揺が走ったが、虎徹がそれを制したことで、特段大きな騒ぎにならずに済んだ。
それから虎徹のパーティにも<視覚共有>を済ませて、25階層のボスフロア前に到着した。
そういえば、<視覚共有>した際の佐々木の反応は、唖然といった感じだった。より一層俺に対する疑念が深まったように感じる。「こんなの、あの無能スキルで出来るわけない」と呟いていた。
それは正直、俺もそう思っていたから、反論もできないなと、嘆息した。
虎徹等をパーティ追加したことで、五ツ星のスキルを獲得できたのかも確認したが、スキル名だけ表示されていて、内容は『???』となっていた。固有職業である五ツ星ハンターの保有するスキルは、固有スキル。流石に固有スキルまでは獲得できないか。固有じゃなくなるしな……と思い、納得する。
そんなことを考えながら最短ルートを進み、難なくボスフロアの前に到着した。
ボスフロアの扉の前に立つと、虎徹が皆の方を振り返り、話し始めた。
「皆、聞いてくれ。ここまで来るのに、想定より大幅に時間がかかってしまった。苦労をかけてしまってすまない。だが、一条くんが参加してくれたおかげで、これからの道中は順調に進んでいくだろう」
虎徹はそう言って、凪の方を見て微笑んだ。
期待されている。この人に期待されるのは、入団した時、以来だ。複雑な心境になる。
「とにかく、今は時間が惜しい。よって、ボスの攻略は、この私が最前線に立とう!」
「おおおおおおおお!!」
黄昏騎士団メンバーから歓声が上がる。
日本に7人しかいない五ツ星ハンター。
世界でも上位に君臨する実力者。
その力を間近で見ることが出来る。
凪も心が躍った。
一騎当千の圧倒的な実力を肌で感じることができる。
俺自身の目指す先でもある。
「それでは、いくぞ!!」
虎徹は、号令と共に扉を勢いよく開けた。
中には、10mを超える巨体が1体佇んでいた。
A級モンスター、サイクロプス。浅紅色の単眼に乳白色の単角を生やし、人を丸呑みできるほどに大きな口は、侵入者に向かって咆哮する。象のような足は、その体躯を支えるために太く発達している。手には、柱ほどのサイズの鉄の棍棒を携えている。全てを粉砕する圧倒的な膂力を有している。
「大丈夫だ」
眼前のA級モンスター、サイクロプスに臆することなく歩みを進める虎徹。
背に携えた大剣を両手で握り構える。身の丈ほどある大剣は、白銀に輝いており、切っ先も平らになるほどに刃幅が長い。まるで板のようだ。
――スキル発動、<
縦振りの一撃。スキル発動と共に剣身から放たれた金色に輝く閃光は、空間そのものを斬り裂くが如く、空気を、地面を、サイクロプスを一刀両断した。振り抜いたの剣の勢いで爆風が巻き起こり、轟音が鳴り響いた。
一瞬の出来事だった。A級モンスターが一撃にして屠られた。
凪はその圧倒的な一撃を前に呆然と立ち尽くしていた。
自分が、A級モンスターであるドラゴンを倒した時は、長期戦の上に死力を尽くしていた。
それが、この男にかかれば一撃……。
力量の差に打ちのめされた気分だ。
「さて、先に進もうか」
何事もなかったかのように虎徹が振り返る。
100人の歓声が虎徹を包み込んだ。
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