第25話 腕試し

 ギルド連盟、支部局長の執務室を後にし、俺とアクア。そしてしばらく同行することになった神崎は、ビルの屋上で向き合っていた。


「すみません、神崎さん。こんな夜更けに」

「いや、構わない。私も気になっていたんだ」


 俺は帰り際、神崎に「手合わせをお願いしたい」と頼んだのだ。

 実際に自分がどれほどの実力になったのかを確認したかった。


 烏龍ギルド、ギルドマスターであり復讐の対象である二階堂龍騎は、四ツ星ハンター。同じ四ツ星ハンターである神崎と手合わせすることで、自分の現在地を知る必要がある。

 神崎も俺がどれほどの実力になっているのか気になっていたようで快く引き受けてくれた。


 俺は真紅のダガーと鼠色のダガーを手に構える。


(ナビさん、視界を戦闘モードに変更)


ーー設定を更新しました


「それでは、準備はいいかの。はじめい!」


 二人の間に立ったアクアが審判のように仕切り、戦闘開始を合図した。

 開始の合図と共に、真紅の装備に身を包んだ神崎が疾駆する。


 ギン!ガキィン!ギン!


 刃と刃が当たる、耳をつんざくような鋭い金属音が鳴り響く。


 <行動予測>によって、神崎の剣先を見切る。

 しばらく、刃に打ち合うようなカタチで防御していたが、細長い長剣が空を斬り始めてきた。


 神崎は凪の動きに驚く。

 徐々に刃を交わうこともなく、躱されるようになってきた。

 攻撃が当たる気が全くしない。

 それどころか攻撃と攻撃の間にカウンターを入れられ始めている。


 信じられないことに凪は、神崎の攻撃パターンを学習し、適応してきている。

 あたかも未来を視られているかのようだ。


 神崎は、このまま戦闘が長引いたらジリ貧になると、早々に判断する。

 限界まで、剣速を上げる……!!


ーースキル発動、<疾走>!


 一瞬にして、距離を詰める。

 神崎が『閃光』と呼ばれる所以である。


ーースキル発動、<四閃>!!


 高速の一撃ではなく、まさかの連撃。

 凪の視界に映る<行動予測>にブレが生じる。あまりに速い攻撃速度によって、神崎が分身したかのように視界に表示される。伊達に『緋色の閃光』と呼ばれていない。


 辛うじて、最初の三撃は避け切るが、最後の一撃は避け切れない。なんとかダガーで受ける。神崎の攻撃パターンが、ギアが入ったかのように変わった。隙がなくなり、反撃する間がなくなる。

 このまま力でゴリ押しされるとマズい。


 一方、神崎は攻撃を捌き切られて驚愕していた。

 並の三ツ星ハンターでは相手になる訳がない。それに神崎の攻撃に反応できる四ツ星ハンターの数は限られる。それほどに神崎の攻撃を防ぐことは難しいのだ。


 神崎は、距離を取り再び攻撃の態勢をとる。


 すると、凪の片方のダガーがジジジと音を立てて消えて行き、身の丈ほどの盾に書き換わっていく。


(武器が入れ替わった……! これが一条くんの新しいスキル……!)


 軽装の双剣スタイルから重戦士のような盾に替わり、神崎は困惑する。一ヶ月半もの間、ダンジョンに潜っていたとはいえ、全ての武器の熟練度が上がっているとは限らない。

 おそらく、あの盾は付け焼き刃の防御に過ぎない。こちらの攻撃を防いだ後に、カウンターを決めるつもりだろう。

 ならば……ーー


ーースキル発動、<疾走>


 盾に向かって一瞬で間合いを詰める。


ーースキル発動、<一閃>!


 ガッキィィィィィィイイン!!


(硬い!!)


 神崎の渾身の一撃を受け切る、あまりに上等な盾。並の盾であれば真っ二つにできる威力の<一閃>を受けて、凪の盾は薄く線が入ったものの、びくともしない。

 しかし、この攻撃を受けられた瞬間にカウンターが来ると予測していた神崎は、迷わず追撃をする。


ーースキル発動、<疾走>!


 盾の横をすり抜けるように<疾走>を発動しようとすると、それを読んでいた凪が魔法を発動。


ーー<アイスバインド>!


 神崎がスキル<疾走>を発動しようと、深く踏み込んだその足目掛けて、氷の罠が発動。足元が凍結したのだ。


「なにぃ!?!?!!」


 気づくと盾を持った腕とは反対の腕から伸びた槍が喉元に突き付けられていた。


「ま、参った……」

「ありがとうございました」


 神崎は、凪の未知な能力に終始翻弄されていたように感じていた。

 攻撃パターンを学習し、反撃してくるスタイルだけでも脅威なのに、武器を自由に入れ替えることができ、魔法まで使えるなんて……。


「お前様よ、先程の<アイスバインド>は、もしや妾の技かの?」


 凪が魔法を使ったのはこれが初めてである。


「ああ。実は、病院への移動中に、アクアをパーティ登録して<視覚共有>しようとした時に、アクアの魔法スキルを獲得したみたいなんだ。どうやら、パーティ登録したメンバーのスキルを獲得できるようになってる」


 <鑑定>しただけでは、対象のスキルを獲得することは出来ない。パーティ登録する必要があるみたいだ。

 ちなみにパーティ登録すると、自分の視界の端にパーティメンバーの体力や状態異常を表示することができる。さらにスキル<視覚共有>を発動すれば、凪の視界に表示されているマップ等の情報をパーティメンバーにも共有することができる。


「一条くん、正直ショックだ。四ツ星ハンターが三ツ星ハンターに負けるなんてありえない。それほどに君の実力は凄い」


 神崎にそう言われて凪は、自分の実力が四ツ星ハンターにも通用すると確信を得た。


 今、烏龍と会敵したとしても充分に通用する。そう感じた。

 実は執務室を後にする前に、神宮寺から1つ頼み事をされていた。


■■■


 時は少し遡る。執務室での出来事。


「一条凪。早速だが、頼みがある。如月、説明を頼む」


 神宮寺がそう言うと、隣に座る局長補佐官の如月がどこからともなく資料を取り出し、こちらにも資料を手渡す。


「7日前、高尾山山頂の山小屋にてダンジョンコアが出現。ダンジョンコアの規模からA級ダンジョンと推定。それから24時間後に、直径15km、50階相当の円柱の強大な塔型ダンジョンが現れました」


 とんでもなく巨大なダンジョン。A級とされているのは、恐らく強力なモンスターが少ないためだろう。如月は説明を続ける。


「現在、ダンジョンには120名ほどの黄昏騎士団メンバーが潜入しているのだけど、1週間で17階までしか到達できておらず、攻略は難航。ダンジョン内より、応援要請が来ているような状態です。ダンジョン内のモンスターが強いというよりは、ダンジョン内部が広大かつ難解なの」

「黄昏騎士団120名って、相当ですね」


 国内最大規模であり実力もNo.1である黄昏騎士団ギルド。そこに所属するメンバーの半数を投入していても攻略が難航している、と。1週間で17階。このペースで行けば攻略まで一ヶ月は掛かりそうだ。攻略が長期化するのであれば、最前線の主力の攻略パーティに物資を派遣し続けなければならない。


 神宮寺がコーヒーを啜りながら口を挟む。


「黄昏騎士団以外の他国内三大ギルドからの応援は見込めない。中小ギルドとギルド連盟から追加で200名ほど動員する予定だ」

「200名を追加ですか……」

「ああ。ここ10年で最大規模の攻略になる。なんていったって、国内ハンターの三割を動員するんだからな」


 この大規模ダンジョンは、俺のスキルと相性がいい。新しいスキルも試したいことが多いし、参加してもいいな。凪はそう考えていた。


 凪がハンターになって初めて所属したのは黄昏騎士団ギルドだった。早々に追放されたギルドでもあるが……。今回、応援要請を聞いて、因縁があるから断るつもりなどはない。当時の自分には確かに実力なんてなかったし、多額の契約に見合う貢献だって出来ていなかったので、解約されても当然だった。凪は謙虚にもそう思っていた。


「さらに、このA級ダンジョンに烏龍の介入があるという情報が入ってきた」

「本当ですか」


 空気が少しピリつく。


「ああ、恐らく間違いない。烏龍ギルドの二階堂龍騎が、黄昏騎士団ギルドの二階堂虎徹がピンチであると知って、動かないわけもないだろうからな。具体的に何をしてくるのかはわからないが、仕掛けてくるだろう」


 確かに、龍騎は虎徹を破滅させることを望んでいる。

 今回、他の大ギルドが参加していないこともあり、虎徹に大打撃を加えるチャンスでもある。そのチャンスを龍騎が逃すわけない。凪もそう思った。


 烏龍と会敵する可能性が出てきた。

 一層気が抜けない。


「わかりました。俺も参加します」

「ありがとう、ギルド連盟からも支援を約束しよう」


■■■


 明日というか、深夜で日付もまわっているから今日か。今日、準備を整えて、高尾山に現地集合すると神崎と約束し、帰路についた。元の家は烏龍に襲撃される危険があるため、しばらくの間、ギルド連盟が手配してくれたホテルに泊まる。少しばかりの生活費も貸していただけることになった。

 俺は、これからの生活やダンジョン攻略に必要なものに思考を巡らせていると、地上に戻ってからずっと静かにしていたアクアが申し訳なさそうに声を掛けてきた。


「お前様よ。相談があるのだが」

「ああ、ごめんな。地上に来て早々にいろいろ連れ回しちゃって」

「よいのじゃ、よいのじゃ」

「で、どうしたんだ? あらたまって」

「いや、実はな。お前様の妹君を受肉した際に、妹君の記憶が妾にも流れてきたんじゃ」

「そうか……」


 別に知られたくない訳ではない。俺と妹の海未の過去。

 お互い辛い思いをしてきた。これから長い時間を共に過ごすアクアには、いずれにせよ過去について話しておかなければと思っていた。


「それでじゃな……『まりとっつぉ』というものを食べてみたいんじゃ」

「まり……とっつぉ……?」

「そうじゃ。『まりとっつぉ』。ブリオッシュ生地のパンに生クリームを惜しみなく詰め込み、挟んだ贅沢なお菓子……なんだそうじゃ。是非食してみたい」


 アクアは「じゅるり」と口元のよだれを拭って、マリトッツォを所望している。俺と海未の過去の記憶を見ておいて、最初の一言がマリトッツォなんて、この悪魔。やっぱり悪魔である。

 先程、ギルド連盟から頂いた少しばかりのお金を持ってコンビニに立ち寄るとマリトッツォを買うことができた。最近のコンビニはなんでも売っている。


「むほぉおおぉお!! なんじゃこの溢れんばかりのクリームはぁ! うぬぅ! たまらん! たまらんぞぉおお!」


 これが深夜のテンションなのか、興奮気味にもしゃもしゃマリトッツォを頬張るアクア。


「お前様も食べるんじゃ!! こんな美味い物、食べたことがないぞ!」


 ダンジョンに入ってからというものの、味覚が失われていた。

 きっとこのマリトッツォも味がしないだろうと、そう思ってひと噛みすると、芳醇なクリームと贅沢な甘さが口の中いっぱいに広がった。

 味がする。


 アクアに負けじとマリトッツォを頬張る。

 味がする。味覚が戻ってきた……そう思うと自然と涙が溢れてきた。


 地上に帰ってくることができた。という実感。

 安堵に胸が締め付けられ、どんどん涙が溢れる。


「なんじゃ? お前様よ。泣くほどに美味しいかの?」


 クリームをほっぺたに付けたアクアが、こちらを見て無邪気に笑う。


「ああ……美味しいな」


 今度は、海未とも一緒に。

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