第26話 高尾山 - A級ダンジョン
凪とアクアは朝から再びギルド連盟に来ていた。
アクアをハンター登録するために、ハンター適性試験を受けるアクアの付き添いとして、凪は待合所のソファに座っている。
昨日は、ギルド連盟が手配してくれたホテルに泊まり、久々のベッドで熟睡することができた。身の危険を感じながら騙し騙し仮眠をとっていた地下大迷宮で、熟睡できた日はなかった。久々に身の危険を感じることのないベッドは最高だった。
そして、朝食もまともな食事は久々。味覚が戻ってきたこともあり、充分に堪能。地上に戻ってきたという実感が沸いてくる。
これまでのストレス環境下から、徐々に解放されてきていると感じる。
しかし、妹はまだ意識不明。烏龍への復讐もこれから。
地下大迷宮から脱したことは、あくまで死の淵から抜け出しただけ。
本当の戦いはこれからだ。と、気を引き締め直す。
「それでもまずは、金策しないとなぁ〜〜……」
やりたいことは多々あるが、いまはギルド連盟から僅かなお金を借りている身。早く借金を返さないといけないし、アクアの装備とかも整えないといけない。
ふと、<拡張現実>に格納している高レアリティ武器を一覧で見る。
そういえは、これらの武器って売ったらとんでもない額になるんじゃなかろうか。試しにオークションサイトを覗いてみた。
「……!! 6,000万円!!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。
周りの視線が俺に突き刺さる……何もなかったようにスッと座り直した。ちょっと恥ずかしい。
にしてもマジか。視界に映した、格納してある武器装備の一覧をザーッとスクロールする。やっぱりこれらのA級武器は1つあたり数千万円はくだらない逸品なんだ。やばい。これだけで億万長者じゃないか。
これからハンター活動をしていくにあたって、全部を売ることは出来ない。
攻撃スキルのない俺にとって、武器こそ戦力とイコールだ。
とはいえ、活動資金がなければ何も出来ないのは事実。
仕方がない。まずは1つだけ売ろう。
俺は覚悟を決めて、A級武器の長剣を取り出し、スマホで写真を撮ってオークションサイトに掲載した。長剣は俺はあまり使わないけれど、需要が多い。試しにこれを売ってみよう。
ドキドキしながら入札を待っていると、何やらハンター適性試験会場が騒がしい。
「お前様よ! 戻ったぞ!」
ハンター適性試験会場から元気よく帰ってきたアクアの周りにスーツの男たちが取り巻いている。
「是非、我がギルドに!」
「名刺だけでも受け取って下さい!!」
「また、ご挨拶も兼ねて伺いたいのですが!!」
「うぬぁああ! わかった! わかったから! そこをどくのじゃ〜〜!」
なんか、むちゃくちゃ勧誘されている。
どうやらアクアは、近寄ることも困難なほどに、熱心なギルドのスカウト連中に囲まれているようだ。
ああ……そういえば、自分が一ツ星で固有職業持ちだと判明した時も同じ様にスカウト連中に囲まれたなぁと思い出す。
取り巻きを適当にあしらって、輪から抜けたアクアがようやくこちらに戻ってきた。
「お疲れ。どうだった?」
「いま妾が引き出せるのは真の力のほんの一部なんじゃが、なんと四ツ星だったぞ! 受肉してなければ、二ツ星か三ツ星だったのかもしれんのぉ」
そう言って、四ツ星ハンターのライセンス証をこちらに見せてきた。
ハンター適性試験で、ハンターになれるのは10万人に一人の確率。ハンターになっても、そのほとんどが一ツ星からスタートする。いきなり四ツ星なんてレア中のレアだ。スカウトが必死になって勧誘するのもうなずける。
「あの子、なんだか冴えない男のところに行ったぞ」
「いったい何者なんだ……?」
まだ、ざわざわとしている待合所。周りからの視線が痛い。
アクアの職業は『ダブルマジックマスター』だった。
魔術師クラスの遠距離
『ダブルマジックマスター』とは、2属性をマスターした魔術師ということなんだろう。
これで、真の力のほんの一部なのであれば、本気を出したら一体何になるのか……想像するだけでも脅威だ。五ツ星ハンター以上の実力で、悪魔的な強さを誇るのは間違いない。
■■■
京王高尾線高尾山口駅を出ると、目の前に巨大な円柱の塔が建っていた。
普段は登山客で賑わう駅前もハンターでごった返している。
ハンター適性試験会場を後にし、ギルド連盟から借金したなけなしの身銭で俺とアクアの装備を整えた。
といっても、アクアの場合、これまでの黒基調のゴスロリで統一されていたのが、今どきのストリートファッションに変わっている。絹のように美しい銀髪は黒のキャップを被ってツインテールになっている。上半身は黒のオーバーサイズブルゾンで、なぜか丈が短い。わずかにヘソが見えている。下半身はぴっちりとした黒のスポーツレギンス。更にカッコいい白のスニーカーを履いている。
コイツ……うっすらと思っていたのだけど、すごいミーハーなんじゃないだろうか。海未の記憶から今どきの可愛いファッションをチョイスしたようだ。
「要らない!」と駄々をこねていたが、両腕には魔法杖替わりのリングを身に着けさせた。紅蓮のリングは火炎を司っており、紺碧のリングは氷結を司っている。悪魔の使う魔法に効果があるのかはわからないが、助力は期待できるはずだ。
一方、俺はというと。固有職業である『収集家』であるものの、見た目は『暗殺者』のような佇まいに変更。フード付きの黒のコートに、黒を基調とした胸当て、肩当て、籠手、膝当てといった軽装備。腰には双剣を装備している。
「一条くん! アクアさん!」
いつもどおりの緋色の装備を身にまとった神崎が、合流する。
金髪のポニーテールを左右に揺らし、小走りに近寄ってきた。
「モデルみたいな人がいるぞ」
「さっき名簿で見たんだけど、ギルド連盟から派遣された四ツ星らしいぞ」
「え、美人な上に四ツ星!」
「あっちの銀髪の美少女は誰なんだろうな……」
「ていうか、なんであんな暗そうな暗殺者を囲んでんだ?」
モデル顔負けの美人剣士と、ストリートファッションの美少女魔術師に周りの視線が集まる。凪は思わず「はぁ」と嘆息する。あまり目立ちたくはないが、こればっかりは仕方がない。
「アクアさん、新しい装備、とても似合っているな!」
「おお、アリス! このいまどきファッションの良さがわかるかの!」
アクアが控えめな胸をドンと張って、神崎に意気揚々と自慢している。
偉そうに自慢しているけれども、それ、ギルド連盟から借金して買った最新ファッションなんですよ。アクアさん。
アクアと神崎がきゃっきゃと談笑しているのを傍目に、俺は今後の計画を練る。
■■■
1週間前に、黄昏騎士団メンバー120名が第一陣としてダンジョンに潜入したのだが、まだ攻略にいたっておらず。凪を含む200名、8人組の20〜30パーティの中小ギルドメンバーによる第二陣が、ダンジョン前に集結して、準備していた。
第一陣から外へ帰還した一部のメンバーからは、17階までの地図を持参しており、補給物資と応援要請がきている。
ダンジョン前の受付で、ギルド連盟職員が手際よく名簿の確認と地図を配り、補給物資を割り振っている。予想では攻略に1ヶ月はかかるため、各パーティに大量の補給物資が割り振られる。
「次の方、こちらにどうぞ……って、神崎さん!?」
「ああ、お疲れ様。今日は局長からの依頼で応援に来たんだ」
受付のギルド連盟職員と顔見知りなのか、神崎が挨拶する。
「そうですか。えっと、パーティは3名ですかね? ソロで参加しているハンターをパーティに加えられますが、どうされますか?」
職員に問われ、神崎がこちらに相談してきた。
「私たちもソロで参加しているハンターをパーティに加えた方がいいか?」
「いえ、大丈夫でしょう。四ツ星の近接
「えっ! アクアさん、四ツ星だったのか!?」
「フフン♪」
「ええ。今朝、ハンター適性試験を受けに行ったら、いきなり四ツ星だったもんで、ギルドのスカウト陣が必死になって群がってましたよ」
ここぞとばかりに調子に乗り清々しいほどのドヤ顔をキメるアクアは、取得したてほやほやのライセンス証を神崎に見せびらかしている。目を丸くして驚く神崎が、小さく拍手する。
「あのお嬢ちゃん、四ツ星なんだってよ……」
「今日、ハンター適性試験でいきなり四ツ星になったルーキーが出たって噂になってたやつか!?」
後ろに並んでいたハンターたちが、ざわざわと噂している。
好奇の目が集まる中で、職員が申し訳なさそうにしている。
「あの……今回、どのパーティにも一定量の補給物資をダンジョン内に持ち込んでもらっていまして……えっと、3人で行くには荷物が多すぎるかもしれません……」
職員が、1ヶ月 ✕ 15人分はあるであろう補給物資の山を指差す。
「ああ、全然大丈夫ですよ」
――スキル発動、<格納>
俺は、補給物資を<拡張現実>に<格納>する。
目の前から山程の補給物資が消えるのを目の当たりにした職員とハンターからどよめきがおきる。
「えっ! 荷物が消えたぞ!」
「なに!? スキルなのか! 聞いたことないぞこんなスキル!」
「アイテムボックスか何かなのか?」
あ、やばい。軽々とスキルを発動すると、面倒なことになりそうだ。
これからは自重したほうがよさそうだ……。
割り振られた補給物資を受け取り、そそくさとその場を後にした。
■■■
荷物を受け取ったパーティがダンジョンに入るための列に並んでいる。
200名を超えるハンターがダンジョンに向かっている。長蛇の列だ。
ここまでの大規模攻略は初めてで、少しだけわくわくする。
――と、凍てつくような殺気を感じた。
思わずバッと、振り向くと、全身黒いマントを覆った10名ほどのパーティが、目に入った。
オーバーサイズのウインドブレーカーコートに、背には陰陽太極図がプリントされている。リーダーだと思われるフードを被った灰色の髪の少年。
その鮮血の様に真っ赤な眼がこちらを射抜くように見据えていて。
――目が合った。
ゾクリと背筋が凍る。思わず目を逸してしまった。
明らかにヤバい雰囲気を感じる。
わずかに漂ってくる死臭。相当の実力者揃いだ。
ゴクリと息を飲み、目を逸した。
周りのハンターも察したのか、少し距離を置いている。
あのパーティはヤバい。注意しておいた方が良さそうだ。
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