第23話 再会
薄暗い明かりの灯る深夜の霊安室。
黒いオーバーサイズのウインドレーカーコートに身を包み、フードを被った灰色の髪の少年がひとり佇んでいた。
少年はぶつぶつと何やら呟いている。
「キミは汚れた魂から開放されたんだね」
少年が話しかける先には、横たわる蒼白の顔。遺体に向かって話しかけている。
「キレイな魄だね。一人で寂しくないかい?」
虚ろな赤い眼をした少年が、遺体の頬に手を当て優しく問いかける。
「安心して。これからはボクがずっとそばにいるからね」
コートのポケットからリップクリーム程のサイズのステンレス製のカプセルを取り出し、遺体の額にそれを当てる。
カチッと音がすると同時に、カプセルが額に刺さり、カプセルが縦に割れ、垂れ幕のようなカチになって黒い布が遺体の顔を覆う。
「オトモダチになろう」
そう言うと、カプセルから現れた黒い布に蛍光イエローの文字が浮かび上がった。
霊安室のいたるところで蛍光イエローの輝きが放たれた。
『ずるり』と這いずる音が、やけに静かな霊安室に響く。
ずる……ずるり。ずずず……。ずるり。ずるずる。
霊安室に安置されていた数体の遺体が起き上がり、真っ白な息を吐いた。みんな目を大きく見開いているが、焦点が合っていない。
「さぁ、今日は鬼ごっこをして遊ぼう。一条ウミっていう女の子を探して。この病院のどこかにいるから」
少年がそう言うと複数の遺体は立ち上がり、ずずず……と、ぎこちなく歩き出した。
「一条ウミは、オトモダチに出来ないんだ。残念。でもリューキの頼みだから仕方がないね。確実に殺してね」
誰もいなくなった霊安室。一人になった少年の頬に一筋の涙が。泣いている。
涙を拭いながら漆黒のコートを身にまとった少年は、蛍光灯が薄暗く照らす病院の廊下に出て、その場を後にした。
コートの背には陰陽太極図がプリントされていた。
■■■
一条海未が眠る病室の前には、24時間体制でギルド連盟の職員が警備している。
ギルド連盟が追っている烏龍ギルド。その烏龍ギルドに命を狙われているからだ。
「おう、おつかれさん」
「お! 交代の時間ですか! うぅーー! 怖かったーー!」
スーツに身を包んだ二人の男が、病室前の廊下で会話している。
長時間パイプ椅子に座っていたのか、若い職員が伸びをしながら交代を喜んでいるのを、中年の無精髭を生やした職員が呆れて見ている。
「おいおい、喜び過ぎだろう、お前」
「いやだって、深夜の病院って怖くないすか? もうさっきから肝っ玉冷えっぱなしっすよ!」
しん……と静まり返る病院の廊下を見渡しながら、若い職員が両腕を抱えて怖がっている。
「にしても、ホントに烏龍の奴等は、現れるんすかね?」
「ああ。奴等は執念深い。一条海未は一度命を狙われているんだ。必ず仕留めに来るだろう」
「僕は、烏龍よりも何か出そうなこの病院の方が怖いっすよ〜」
「まぁ、確かにな。烏龍の奴等が来る前に、その『何か』の方が先に姿を現すかもな」
中年の職員が冗談めかしに若い職員をおちょくる。顔面蒼白になった若い職員が焦りだす。
「ちょっと! 止めてくださいよ! 僕、マジでびびってるんすから!」
「……しっ! 何か聞こえないか?」
「マジで! 止めて下さいって! 怒りますよ!!」
急に真剣な表情になった中年の職員を見て、半泣きになる若い職員。
二人が黙り込むと、全てを飲み込むような静寂が訪れた。
ずるり。……ずるずる。
聞こえる。何かが這っているような。そんな音が、廊下の奥。光の届かない暗闇から聞こえてくる。
「ちょちょちょおおおおお!! マジで来てるじゃないですか!!」
「うるせぇ!! 戦闘態勢に入れ!!」
ブシッ
中年の職員が、そう叫びながら若い職員の方を向くと『何か』が首筋に噛み付いており、鮮血が吹き出す。信じられない光景に目を大きく見開き、顔が強張っていく。背後から音もなく近づいてき、強襲してきた『何か』の顔を覆うように蛍光イエローに光る呪符がはためく。
「ゾンビ……いや、『キョンシー』か!! ちくしょう!」
腰に差した長剣を引き抜き、キョンシーに向かって剣を振り下ろすが、空を切る。
距離を取り、態勢を立て直し、連絡用の無線に向かって叫ぶ。
「応援要請! こちら一条海未の警備……うわああああ!!」
距離をとった先の頭上。天井にへばりついていたキョンシーが、中年の職員に噛み付いたのだった。
■■■
廊下には生者が居なくなり、深夜の静寂が訪れる。
先程噛まれた職員二人は起き上がり、死にながらに動く亡者となっていた。呪符は付いていない。
キョンシーに噛み付かれ、生気を失った身体が飢えている。
生気を求めている。
一条海未の病室前に集まったキョンシーたちは、扉を開け、室内に押し入ってきた。
「アアアアアア……」
ずるずる……と、白い吐息を履きながら音を立てて、海未に近寄ってくる。
灰色髪の少年は、「殺せ」と言った。
呪符により従順となっているキョンシーは、蒼白の腕を海未の喉元に伸ばす。
事故から意識が戻らずに、植物状態となっている海未は、命の危機にさらされているが目を覚ますことはない。
バリィィン!!
瞬間、病室の外から炎の玉が飛んできた。炎の玉は窓を割り、海未に手をかけているキョンシーに直撃する。直撃したキョンシーの全身は燃え上がり、「うぼおお」と野太い声をあげながら、のたうち回る。
すると、2つの影が病室に現れた。
一条凪とアクアは、すんでのところで間に合った。
移動中に<感知>で状況を把握していた凪が、すぐに指示を出す。
「アクア、妹を連れて逃げてくれ」
「了解じゃ」
凪は双剣を引き抜き、病室に押し入ってきた複数体のキョンシーに向き合う。
アクアは海未が繋がっているコード類を引き抜き、ひょいと持ち上げて窓から部屋を去っていった。
――スキル発動、<鑑定>
『キョンシー』と視界にポップアップが表示される。と、同時に凪の脳内にキョンシーの情報が叩き込まれた。
「ぶち殺してやる」
妹を手に掛けようとしていたキョンシーに向かって殺意を飛ばす。
頭に血が上り、怒りで沸騰しそうだった。無意識にも全開の魔力が両手の短剣に込められる。
真紅のダガーは大炎をまとい、鼠色のダガーは真空をまとっている。
勝負は一瞬で決着がついた。
あるキョンシーは、真空の刃で両断されており、あるキョンシーは消し炭となったのだった。
■■■
病院から少し離れた雑居ビルの屋上で待機していたアクアの元に、キョンシーを片付けた凪がすぐに到着した。
「海未いい!!」
長かった。ダンジョンに居る一ヶ月半の間、常に考えていた。生きているだろうか、烏龍に命を狙われ、もう死んでしまったのだろうか。常に考えていた。時間感覚のないダンジョンの中、寝ても覚めても。気が気じゃなかった。
「ああ……海未、海未! よかった……! よかった!!」
海未に抱きつき、脈を確認する。生きている。確かに脈打っている。
海未が生きていることに安堵するも様子がおかしい。
一向に目を覚まさない。
それは病室に向かっている最中に、<感知>していた時から気づいていた。
何者かに手をかけられている間も、ピクリともしないのに違和感を持っていた。
動かない海未を見渡すも外傷はない。
<鑑定>してみるも、やはり生きている。植物状態だったのかもしれない。
そう思い立つと、再び怒りが込み上げてくる。
途方も無いくらいに、湧き上がってくる。怒り。
心当たりはある。間違いなく烏龍。烏龍ギルドに襲われた結果、命からが逃げ出したものの、意識が戻らないほどの重症を負ったのだ。絶対にそうだ。
「くそぉ……どこまで俺を追い込めば気が済む……」
どす黒い感情に身も心も侵されていく凪を、アクアは黙って見ていた。
「お前様よ、提案がある」
アクアに声を掛けられて、凪はふと我に返った。
「妹君に受肉させてもらえないじゃろうか?」
怒りに満ちた心が沸点に達した。
「ダメに決まってるだろ!! 何を言ってやがる!!」
アクアは殺意のこもった視線を向けられたが、怯むことなく、むしろ嘆息しながら続けた。
「まぁ落ち着くんじゃ。受肉するとは言っても、取って食おうという話ではない。目を覚ますまでの間、妾がその身体を預かろうと提案しておるのじゃ」
「……どういうことだ?」
「このまま妹君の身体を放置しておくわけにはいかんじゃろう。仮に何処かで匿うにしても敵はまた命を狙うじゃろう? ならば、妾が妹君の身体を借りて、守ろうというわけじゃ」
「……」
凪は少し冷静になり熟考する。
霊体であるアクアは受肉することで現界に顕現することになる。
地下大迷宮でのヒュドラのように。
確かにアクアの言う通りだ。海未を病院に置いても、必ず烏龍の追手が来るだろう。
だからと言って、意識のない海未と肌身離れず居るというのは不可能だ。
生物を<仮想現実>に格納することも不可能。
仮に受肉させるとして。
アクアとはこれから多くの戦闘を共にすることになる。
常に危険な場所に海未を置くことになる。いっそアクアには家に居てもらうか?
いや、ダメだ。どちらにしろ烏龍からの追手が来た時に、アクア一人で戦うことになる。
「アクア」
「なんじゃ?」
「怒鳴ってごめん」
「いいんじゃ。妾の言い方が悪かった。すまなかった」
俯きながら謝る凪。
「……お願いしてもいいか?」
「わかった。妹君は妾が責任を持って守ろう」
「ああ。ありがとう。でも、俺がお前と海未を守るよ」
二人を守る。すぐ傍に二人を置いて。俺が守るんだ。
凪は、そう心に誓った。
アクアが凪の正面に立ち、抱きかかえてる海未に手を当てた。
すると、金色の光りに包まれてアクアは消え、海未がアクアの容姿に変わっていった。
その場に立ち、身体を確認するアクア。どうやら受肉はあっさりと成功したようだ。
「受肉、完了じゃ」
複雑に混じり合う数多の感情を少しずつ消化していると、突然。
真紅の装備を身に纏った閃光が、凪に向かって斬り掛かってきた。
キィィィン!!
咄嗟にダガーを抜き、細長い長剣を受け止める。
刃と刃がぶつかり火花が散る。甲高い音が深夜の夜に響き渡った。
「貴様!! 何をした!!」
「……神崎さん?」
自分の名前を呼ばれ、神崎は目を丸くする。
そして、神崎はその声の主が凪であるとすぐに悟った。
「ふぇ! いいいい一条くん!?」
病院で応援要請を聞き、駆けつけた神崎と遭遇した。
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