第22話 叡智の書
ボスフロアの奥には、隠された部屋があった。
これまでの隠し部屋のように様々な武器装備アイテムが陳列されているのではなく。
部屋の中央に、一際厳重に置かれたアイテムが、たった1つ。
近くに寄っていくと、それが何であるか理解できた。
「本……?」
それは、1冊の分厚い本だった。
「これは『アーティファクト』と呼ばれるものでな。神が作ったと語られる強力なアイテムなんじゃ。魔界では1つのアーティファクトを巡って戦争まで起こる。国家の存亡が懸かる程に強大な力を持ったアイテムじゃ」
ごくりと生唾を飲み込む。そんな危ないものが目の前にあるっていうのか。
「ありがたくいただくとするかのぉ!」
はーっはっはと、能天気に笑う隣の銀髪美少女は、間違いなく悪魔だった。
大丈夫なのか、そんなヤバいもんいただいちゃって。その内、これを盗み取った俺のもとに国をあげた大群が押し寄せるのではないかと妄想し、冷や汗が流れる。
いったい、この本。『アーティファクト』にどれほどの力があるのか。
ヒヤヒヤするが好奇心もある。
おそるおそる俺は本を手に取り、<仮想現実>に格納する。目の前から本が消え去り、アクアは「なんと!」と驚いている。
<格納>すると視界にポップアップが表示された。
「『叡智の書』?」
「そうじゃ。『叡智の書』には、万物の理が記述されていると言われておる」
万物の理が記述されている……なるほど。
ふと、アイディアが思い浮かび、早速試してみることにする。
(ナビさん、『叡智の書』をデータベースと同期できる?)
――完了しました
ズバリだった。これまで戦闘や探索。あらゆるモンスターやアイテム、探索物の情報は、俺の記憶が元となり、視界に表示されていた。記憶をデータソースとして、あらゆる情報が視界に表示されていた。
それを、今後は『叡智の書』をデータソースとして参照するように、<ナビゲーション>に設定してみた。
――スキル『解析』は、スキル『鑑定』へと進化しました
――スキル『念話』の干渉を鑑定し、スキル『念話』を獲得しました
――スキル『視覚拡張』の派生スキル、スキル『視覚共有』を獲得しました
……
「おおおお!!」
『叡智の書』を<ナビゲーション>のデータソースに同期した瞬間、<鑑定>スキルを獲得。
それにより、怒涛のスキル獲得ラッシュが始まった。頭の中に無機質な機械音が響き続ける。
正直、こんだけの勢いでスキルを獲得されてもいっぺんに全てを把握することはできない。
後でひとつずつ確認するとしよう。
キーとなった<鑑定>スキルは、万物の理が記述されているとされる『叡智の書』から、対象の情報を検索し、引き出しているようだった。いくつかの所持アイテムの情報を確認してみると、俺の知らない情報まで知ることができた。
そして、どうやら何かしらの条件を達成することによって、派生スキルの獲得や影響を受けたスキルをコピーできるようだ。正直、ヤバすぎる能力だ。なんとしてでも条件面を解明しなければ。
『アーティファクト』。使いこなせるか正直疑問なほどにヤバい代物だ。
まだまだ試したことは、いっぱいあるが。とにかく、こいつは今後時間をかけて開発していく必要がありそうだ。
「どうじゃ? どうじゃ? どうなんじゃ???」
隣でそわそわしながら俺の方を見つめるアクア。
さっきから俺の身に何が起こっているのか気になって仕方ないようだ。
「あ、ああ。ごめん。これ、正直すごいわ。俺のスキルとの相性もめちゃめちゃ良さそう」
「おほー!そうじゃろそうじゃろ!」
なぜかアクアが自慢気に胸を張った。いや、別にこれはお前のものではなかったはずだし、なんなら盗品なんだけど。
「ふっふっふ。お前様よ、あれを見よ」
ご機嫌になったアクアがそう言って指差した先には、どの隠し部屋でもおなじみの旗。王冠の載った盾と、その中にグリフォンが描かれた紋章。簒奪の王、ヴーデゴウルの紋章があった。
「グリフォンは財宝を守る象徴じゃ。フン、滑稽じゃのぉ。ヴーデゴウル自身は、虚界だけでなく魔界のあらゆるものを簒奪しておいて。自身の掲げる象徴は、財宝を守る幻獣ときた。皮肉がきいておる。いい気味じゃなぁ!」
はーっはっはと再び悪魔的な高笑いするアクア。
「用は済んだな! それではいざ! 現界へといこうぞ! やっとこの忌々しいダンジョンとおさらばじゃ!」
そう言い残し、アクアは転移ポートへと向かう。
俺は部屋を出ると振り返り、ぺこりと紋章の入った旗にお辞儀をする。
すみません、ヴーデゴウルさん。ありがたく頂戴させていただきます。
「遅いぞ〜! はよせんか!」
「あ、ああ!」
■■■
転移ポートを使うと、あっけなく現界に戻りことができた。
1ヶ月半、ダンジョンに潜り続けたせいか、やけに懐かしく感じる、まだ残暑が残る9月の夜の東京。
丸ノ内線、御茶ノ水駅の目の前に転移した。
突然その場に現れた、装備万全のハンターと銀髪金眼のゴスロリ少女を行き交う人々が奇異の目で見ている。中には飲み会帰りなのか、ぐでぐでに酔っ払ったサラリーマンの集団もいた。だいぶ夜は更けている。
アクアは周りの目など構いなし。興奮気味にうろちょろしている。
「おおー! お前様よ! 鋼鉄の馬車のようなものが走っておる! あ! あの鋼鉄の蛇はなんなんじゃ!」
「なんじゃなんじゃ」と問いかけてくるアクアに、俺は「はぁ」と嘆息する。
全く。決死の覚悟でダンジョンを踏破し、やっとの思いで地上に戻ってくることができたのに、感傷に浸ることもできない。
そうだ、違う。感傷に浸っている場合じゃない。
「アクア、すまない。観光はまた今度ゆっくりしてやる。まずは、妹の海未の安否を確認する必要がある」
きゃっきゃとはしゃいでいたアクアが、それを聞いて落ち着きを取り戻し、腕を組み俺の方に向き合った。
「そうじゃったな。まずは妹君を探さねばならんな」
――スキル発動、<超広域感知>!
三ツ星となり、強化された<広域感知>の範囲を限界まで広げ、海未を探す。
<感知>できる様々な情報が頭に入ってくる。必要なのは、海未だけ。要らない情報は徹底的に除外していき、検索条件を限定する。とにかく範囲を広く、広く薄く探していく。
……見つけた。場所の詳細を<感知>しなおし、同時に最短ルートを算出。視界に表示する。
どうやら病院にいるようだ。嫌な予感がする。
「いくぞ」
「うむ」
2つの影が、東京のネオンへと消えていった。
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