第20話 交渉
「妾は、憤怒と虚無を司る悪魔。簒奪の王、ヴーデゴウルとの契約により、200年ここでダンジョンキーパーをしておる」
目の前の銀髪の美少女は、自身を『悪魔』と名乗った。
啜ったお茶を吹き出しそうになった。知らない情報が多すぎる。え、何をどこから突っ込めばいいんだ? 簒奪の王との契約? そんなことより、この悪魔がダンジョンキーパーということは、ここで地下大迷宮は終わり? 見た目は完璧な美少女なのに実際は何歳?
「え、え〜と、悪魔なんですか?」
「もしやそなた、悪魔の存在を知らんのか? いや、その様子だと世界について何も知らなそうじゃの」
ぽかんとしている俺を見かねたのか、自らを悪魔と名乗る銀髪の美少女が「やれやれ」と嘆息する。
「仕方がない。イチから話してやるかの」
ここからの話は、想像を上回るものだった。
「まずは、そうじゃの。そなた等、人間の住まう『現界』は、我々魔族の棲む『魔界』と表裏一体になっておる。世界は、鏡合わせのようなものであり、天秤の両端のようなものじゃ。『現界』、つまり人間の進歩は凄まじくての。300年くらい前から『魔界』とバランスが取れなくなってきたんじゃ」
銀髪の悪魔が両手で天秤を作り、現界の方が重くなったような仕草をしながら解説する。
「バランスが取れなくなった世界を調整するためなのか。天秤で言うところの『魔界』の側に『虚界』が混ざり込んできたんじゃ。このダンジョンやダンジョンを徘徊するモンスターが住まうのが『虚界』じゃ。」
「なるほど。悪魔とモンスターは別物なんですね?」
「そうじゃ。あんな者共と一緒にするでない」
ぷんすこと怒る銀髪の悪魔に「ごめんなさい」と平謝りする。
「えっと、それじゃ、悪魔さんは、どうして『虚界』のダンジョンに居るんでしょう?」
質問を受けた銀髪の悪魔の雰囲気が変わる。これまでの陽気さが掻き消えて目を細くしながら、淡々と続ける。
「『魔界』と『虚界』が混ざり合うなんてはありえなかった。100年に及ぶ戦争の末、悪魔軍は破れ、『魔界』は『虚界』に乗っ取られたんじゃ。一軍の将であった妾は、虚界の王の一人、簒奪の王ヴーデゴウルに捕らえられ、今に至る」
「契約……ですか?」
氷のように淡々と話していた悪魔が、怒りをあらわにした。
「そうじゃ。この忌々しい契約のせいで妾は200年もここで一人ぼっちじゃ。当初の契約は、『自我を失え、そしてこのダンジョンに入るものを抹殺せよ』という内容じゃった。100年、人形のようにここに座り続けておった」
「あれ? でも今って自我があるんじゃ……」
「ヴーデゴウルが100年も妾を放置している間に、妾の意にそぐわない契約の効果が薄れてきているんじゃ。無理やり自我を解いてやったわ。でもまぁ、契約上、ここから出ることは敵わなんだがな」
ああ、あの扉のところで見えない壁にぶつかってたやつか。
契約も絶対というわけではないのか。無理矢理従わせたりすると、時間経過と共に効果が薄れるようなものなんだな。
「話を戻そう。現在、『現界』と表裏一体となっているのは、『虚界』じゃ。『虚界』は『魔界』を乗っ取り、力を吸収し強大になっておる。どうやら『現界』とのバランスも崩れてきているようじゃの」
銀髪の悪魔は両手で再び天秤を作り、今度は虚界の側が重たくなっていると説明した。
「もしかして、『現界』にダンジョンが出現するようになったのって……」
「そうじゃ、バランスが崩れたから……と、考えるのが妥当じゃの。元々『虚界』というのは、表裏一体となる世界が存在しておらず、どうやら1つで完成された世界のようじゃ」
「えっ……それって、つまり……」
「そうじゃ。恐らくこれから『虚界』は『現界』を飲み込み、1つの世界として完成しようとしている。言い方を変えると、『魔界』と同じ様に、『現界』を侵略しようとしていると思う。いや、奴等であれば間違いなくそう考えておる」
とんでもない世界の真実を耳にして、唖然とする。なんとなく理解はしたものの、にわかには信じられない。まさか侵略されているなんて……これを知っている人間はいるのだろうか?
「そして、ここからが本題じゃ。凪よ。妾と契約をしてくれんかの?」
「え、契約ですか……?」
「そうじゃ。ヴーデゴウルとの契約を上書きしたいんじゃ。だから妾と契約し直してほしい。悪魔は、死ぬまで契約に背くことはない。契約してくれるのならば、そなたの命令をこの命に代えても遵守すると誓おう」
突然、悪魔から契約の提案を受ける。荒唐無稽な話を聞かされた挙げ句、悪魔との契約……。正直、整理する時間が欲しい。でも仮に整理する時間をもらったとしても、何が真実かなんてわからない。
俺は今、この目の前にいる自称悪魔を名乗る銀髪の美少女と契約し、仲間に引き入れるかどうかの問題だけを考えた方が良さそうだ。
俺の命令に絶対遵守の契約。裏切られてばかりの人生だった俺にとって、契約で縛られる関係は好条件。それでいて、S級モンスタークラスの力を手に入れられるんだ。破格の条件と言っても過言ではないだろう。
「……見返りはなんですか?」
返事を待ちながら、お茶を啜っていた悪魔がにこりと笑った。
「このダンジョンから自由になり。そして、虚界の王の一人、簒奪の王ヴーデゴウルへの復讐。その協力をしてほしいのじゃ」
微笑む銀髪の美少女が悪魔的な発言する。まぁ、悪魔ではあるのだが。
俺は見返り条件を反芻する。
「このダンジョンから自由になるだけでしたら、俺への絶対遵守は必要ないと思うのですが?」
「確かに、自由になるだけならそうかもしれん。しかし、ヴーデゴウルを殺すにはそなたの力が必要じゃ」
思わず、目を丸くした。
俺の力が必要? 嘘だろ。
S級クラスの力を持ちながら、なぜ俺なんか必要なんだ?
思ってもみなかった発言に言葉を失っていると、銀髪の悪魔は続けた。
「妾はそなたの能力を買っておるのじゃ。たった一人でこの地下大迷宮を攻略し、第50階層まで辿り着いた。それも、見るからに平凡で弱々しい小童が、じゃ」
なんだか褒められているのかディスられているのかわからないんだけれど。
「そなたには、底しれぬ潜在能力が秘められておる。間違いない。妾の目に狂いはない」
銀髪の悪魔は、平然とそう言ってのけ、お茶を啜った。
『君は、良い人だ。それに、才能もある。君の能力は、あまりに特別』
神崎に言われた事を思い出した。たった一ヶ月前のことなのに遠くの記憶のように感じる。
俺は、これまで多くの人に裏切られてきた。全て自分が弱く情けないせいだ。
だからと言って、これから先、誰も信用しないかと言われると、それは嫌だ。
大事な家族である妹の海未を裏切ることはしないし、信じたいと心から思う。
「俺、実は仲間に裏切られて、この地下大迷宮に突き落とされたんです。地上に戻って必ず復讐すると心に誓って、今日まで生にしがみついてきました」
それに……こんな俺に、優しい言葉をかけてくれる人を、信じたい。
信じたいと、心から思う。
甘いのかも知れない。また裏切られたらと恐怖する。
「たった一人の家族である妹が、地上で待ってくれているかもしれない。助けを求めているのかもしれない。もし地上に戻って、妹が待っていてくれたら。生きていたら。守りたい。妹を……俺にとって、大事な人を守って、生きたい」
それでも、俺は、俺を信頼してくれる人に報いたい。
失わないように、強くありたい。
「だから、あなたの力を貸して下さい。契約しましょう」
それが、今の俺の本音だった。
「正直なところ『虚界』の侵略だとか、簒奪の王への復讐だとか、俺が、どれくらい力になれるかわかりませんが、それでもいいのであれば……」
もしおとぎ話のようなこの話が本当なのであれば、きっと俺の大事な人に危険が迫るだろう。『虚界』との戦争なんておきたら、ハンター全員駆り出されるに決まっている。ならば、強力な味方がいるに越しことはない。先の未来できっと、目的を同じくする時がくる。そう予感した。
静かに俺の話を聞いていた悪魔が「うむ」と頷く。
「そなたの望み、聞き入れた。これで交渉成立じゃな」
そう言って悪魔は、俺の前に立った。
150cmほどの体躯。ゴスロリのような見た目の銀髪の美少女は、端正な人形のよう。燃え盛るように鋭い金眼が俺を見つめる。
そして、控えめな胸に手を当てて、こう言った。
「妾の胸に、短剣を突き刺すのじゃ」
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