第19話 地下大迷宮 - 第50階層
ドラゴンを倒してから、一週間が経過した。
新しいスキルの可能性を模索しながら下へ下へと進む。ここまでの道中は順調だった。
ハンターの自然治癒力は高い。折れた肋は痛みがなくなり、ほぼくっついてると思われる。裂傷した背中と腹の傷も塞がった。筋肉が断裂しかかっていた腕も動く。ちょっと痛いけれど。
早く地上に戻りたい。傷も癒えつつあるが油断は禁物。最短ルートでダンジョンを進み、俺は、地下大迷宮の第50階層に到着した。
――ズンッ!
50階層に降り立つと、経験したことのないほどの重圧に身体が押し潰されるのを感じる。
ありえない。階層に到着しただけで感じる、信じられないほどの魔力。
全身の穴という穴が開き、汗が吹き出てくる。
レベルが違う! いや、桁が違う……!!
あまりにも圧倒的な存在感。
ハンターとしての星が増えていく毎に、感覚は鋭くなっている。<感知>せずとも、遠くの魔力を感じたりすることができるようになっている。が、こんなのは初めてだ。相対する前からここまでの重圧を持った存在なんて遭ったことがない。
まさか、居るのか?この階層に。
間違いない。S級モンスターだ。
45階層のフロアボス、A級モンスター、ドラゴン。
そこから、たった5階層進んだだけなのに、S級モンスターが居るのか。
同じ階層に居るだけで死を覚悟するほどの重圧。手の届かないほどに上位の存在。
心臓が飛び出すかの如く脈を打ち、呼吸が乱れ過呼吸気味になる。
同じ空間にいるだけで、この状態だ。
目の前に立ったら、もう……死ぬのかもしれない。
――スキル発動、<広域感知>
ボスフロアと思われる空間。そこに得体の知れない存在を感知した。
サイズは人間ほど、存在感と相反し、信じがたいほどに、小さい。
そういったモンスターがいるか記憶を探ってみるが、正体不明。
なんなんだ。一体、何が待ち構えているっていうんだ……!
俺は、思わずその場に蹲り、思考を整理する。
何が待ち構えているのかわからない。相手を知らなければ作戦も立てることはできない。あんなモノに立ち向かうには能力が足りなすぎる。能力を培うにしてもどれだけの時間を消費するか……何もかもが未知数だ。
ボスフロアを覗いてみるしかない。この正体が何か、確認しないことには何も出来ない。俺は、意を決してボスフロアに直行する。
■■■
ボスフロアの扉の前に到着した。
道中、ボスフロア近づくにつれ、その存在感は現実味を帯びてくる。
魔力が壁のような層になっているように感じる。足を進める度、魔力が重くのしかかってくる。
冷や汗が止まらない。扉を開こうとする手がカタカタと震える。
視るだけ。視るだけだ。戦闘になったら間違いなく、死ぬ。
俺は、恐る恐るボスフロアの中を覗く。
中を覗くと、思わず顔が強ばる。あまりにも禍々しい魔力が、俺の皮膚を刺し、足が自然と震える。『何か』がフロアの中央に座している。
しかし、得体の知れない『何か』が佇むその空間は。俺の視界に入ってきたのは、まさに楽園だった。天井から光が差し込み、地下50階層とは思えないほどに明るい。様々な種類の花や植物が生い茂り、一種の庭園。植物園のような温室。植物のいい匂いがする。
そして、フロアの中央には、お茶会でも開くのだろうか、この空間に相応しい真っ白なテーブルと椅子が置いてある。
あまりに異様な光景と感覚に思考が追いつかずにいると、突然、頭に直接、『何か』が響いてくる。
『やっと来たの、人間。妾は……』
――バタン
脳内に響き渡るテレパシーなのだろうか。激しい頭痛に耐えきれず扉を締めてしまった。
『何か』が、話しかけてきた?
「くっ……行くしかないか!」
呼吸を整え、再び扉を開く。
『おいぃ!! なんで話の途中で扉を閉めるのじゃ!! この痴れ者めが!! よく聞け!! 妾は……』
――バタン
「ダメだ……」
俺は頭を抑えて膝を付く。
テレパシーを通じ、強烈な魔力が干渉してきて頭が割れそうになる。
でも確かに目に入った『何か』の正体。
それは、透き通る絹のように美しく長い銀髪。この世のものとは思えないほど綺麗な金眼。そして、貴族の令嬢のようなフリフリのドレス。可愛らしい作りのドレスに反して、色は何もかも飲み込みそうな漆黒。
『何か』の正体は、端正な人形のような、少女だった。
――がちゃ
『なぁんで、扉を閉めるのじゃ〜〜!! ぎゃふん!!』
今度は逆に扉を開けてきた。半泣きになりながら扉を開けてきたのだが、ボスフロアの外に出ようとすると、何か見えない壁のようなものにぶつかったようで、アホみたいな喘ぎ声が聞こえる。
ばんっと、見えない壁に手を当て、泣きながら懇願する美少女。
『たのむぅ〜〜〜行かないでくれ〜〜〜』
「あ、あの……テレパシー? が、頭でガンガンするんで、普通に喋れたりしませんかね? あと、魔力の放出も抑えてもらえると嬉しいのですが……」
言葉が通じるのか不明だったが、得体の知れない美少女にそれとなくお願いしてみた。上位存在かと思われる個体に、ここまでなりふり構わず懇願されたら、さすがに何だか気になる。
銀髪の美少女は、ぽかーんとして目をまんまるに見開いた。
「なぁ〜〜んだ、そんなことか! 容易い御用じゃ! ほれ、妾の園に入るがよい。お茶を淹れておるからの」
刺すような魔力の威圧感が、フッと消え、あっけらかんとした銀髪の美少女が、ボスフロアに手招きする。
付いて行って大丈夫なのだろうか? 正直なところ、この子から悪い感じはしない。少し躊躇う。このまま引き下がっても数日そこらで敵う相手ではない。情報収集の意味も兼ねて、このお茶会に勝負をかけた方が良さそうだ。
ゴクリと生唾を飲み込み、植物園の温室を思わせる楽園のような空間に足を踏み入れる。
フロア中央の真っ白なテーブルの席についた銀髪の美少女に促され、俺は目の前に座った。すると、何も言わずにお茶を淹れてくれる。再び促され、俺はお茶を口にした。
味覚が失われているので味はわからなかったが、アールグレイの爽やかな香りが鼻孔をくすぐり抜けていった。
「美味しい……」
思わず呟いてしまった。
それを見た銀髪の美少女は、にこりと笑った。
「そうじゃろう。ここの草花は、妾が丹精込めて育てているのじゃ」
銀髪の美少女は、美しく生い茂る植物を眺めながら、自慢気にそう言った。
先程までの緊張感が嘘のように感じる。
お茶を啜りながら、信じられないくらい穏やかな時間の流れを感じた。
さっきまで過去一番、死を意識していたのが一転。このダンジョンに潜り込んでから、最も安らいでいるのに、困惑する。
「して、そなた。名は何と申す?」
「あ、えっと、一条 凪です」
目の前に座る可憐な美少女。あまりに見た目が人間に酷似している。本当にボスモンスターなのだろうか? いや、それ以前に、人語を話すモンスターって、初めて聞いたぞ。人間なのか?
「凪と言うのか。妾は、憤怒と虚無を司る悪魔。簒奪の王、ヴーデゴウルとの契約により、200年ここでダンジョンキーパーをしておる」
目の前の銀髪の美少女は、自身を『悪魔』と名乗った。
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