第12話 二ツ星

 地下大迷宮、第十階層のフロアボスC級モンスター、オーガ三体を倒した一条 凪いちじょう なぎは、一ツ星ハンター『案内人』から二ツ星ハンター『探索家』へとクラスアップを果たした。


「いよっしゃーーーーー!!!!」


 あまりに長い一ツ星ハンター生活。普通はモンスターを倒しながら経験値を積み、一年と経たずに二ツ星ハンターへとクラスアップする。だが、凪に至ってはD級の雑魚モンスターですら倒すのに苦戦していた。苦節二年。ようやく念願の星を獲得したのだ。


 職業名、『探索家』。

 凪の脳裏に一抹の不安が過ぎる。


 クラスアップを告げる無機質な音声が頭に響き余韻に浸っていると、その音声は続けざまにスキルの獲得を明言した。


 ――スキル『探知』は、スキル『感知』へと進化しました。

 ――スキル『探知』の派生スキル、『視覚拡張』と『ナビゲーション』を獲得しました。


 『視覚拡張』と『ナビゲーション』? 訊いたことのないスキルに凪は首をかしげる。なんだそれは?

 それにしてもギルドメンバーから「ナビくん」とあだ名で呼ばれていた凪の獲得したスキルが、『ナビゲーション』とは……皮肉もいいところだ。


 期待していた攻撃スキルの獲得を待っていたが、頭に響き渡る無機質な音声は、ぱたりと息を潜めてしまった。どうやらクラスアップによる、スキル獲得は終了したようだ。

 オーガを倒した興奮と二ツ星へのクラスアップによる喜びが、期待できなさそうなスキルの獲得によって、スンと冷めていくのを感じる。


「はぁ……こんなもんだよな……」


 何にせよ、またひとつ強くなったことは明らかだ。気を取り直して、スキルを発動を試みることにする。オーガとの戦闘で、枯渇しかかっている魔力を捻り出す。どちらにしろ、気になって休んでなどいられないのだから、さっさと確認してしまおう。


 ――スキル発動、<感知>


 これまでの唯一のスキル、<探知>の進化スキルこと<感知>を発動してみた。今までの<探知>は地面に接する自らの手を伝って、脳へ直接的にダンジョンの全体像を叩き込まれるようなものだった。<探知>の欠点としては、スキルを発動しないと把握ができないこと。移動する度に<探知>を発動して、モンスターの動きをチェックしなければならなかったのだが……。


 <感知>を発動してから、半径五キロメートルの全体像が常時認識できる。<探知>と変わらない解像度で、あるがままに把握することが出来ている。


「おお……さすが、進化スキルというだけあって、めちゃめちゃ便利になってるな」


 どうやら<感知>は常時発動型スキルのようだ。これは便利。

 頭の中に浮かぶ地図からは、モンスターが移動している様子を確認できるし、なんならどこに何の鉱石や植物があるのかも浮かんでくる。いよいよ地図らしくなってきた。


 もう一つのスキルも試してみる。


 ――スキル発動、<視覚拡張>


「うおおお!!なんだこれ!!」


 スキル発動と同時に視界の端に先程のマップが視覚表示され、さらに大量のポップアップが表示される。


『← 2,400m モンスター グレーハウンド 6』

『← 1,300m 鉄鉱石』

『→ 350m 薬草』

『→ 4,800m モンスター グレーハウンド 4』

『↑ 15m 階段』

……etc


 まるで視界に広がる情報が、AR(拡張現実)のようにポップアップで表示される。なんちゃらグラスをかけたらこんな感じの未来かもなぁと、凪は想像する。広告が表示されなくてよかった。


「にしても、すごい情報量だな……」


 視界を埋め尽くすポップアップで、前が見えづらい。全く、なんてスキルだ……。凪は情報量に酔いそうになった。

 期待していた攻撃スキルを獲得できなかった上に、獲得したスキルはダンジョン攻略に特化されすぎている。クラスアップしたものの、これからもモンスターを倒すのは大変だろうな……、と凪は辟易とした。せめて一つでもいいから攻撃スキルがほしかったところだが……。

 だが大迷宮を攻略している最中である今だからこそ役に立つスキルを獲得できたことは、喜んでもいいのかもしれないと、凪は前向きに捉えることにした。


 どうやらこの<視覚拡張>スキルも常時発動型スキルのようだ。


 そして、お待ちかね。最も嫌な予感がするスキル。「はぁ」と嘆息し、凪は意を決してスキルをその発動する。


 ――スキル発動、<ナビゲーション>


 ……

 …………


(何も起こらない?)


「え、どうなってんだ。ナビ?」


 ――ご用件でしょうか?


「うおわっ!!」


 先程の無機質な機械音が、再び頭に響いた。カーナビや音声ナビゲーションのようなものが、唐突に頭に響いてきたのだ。びっくりしたが、依然として状況を理解できずに凪は困惑する。え、どういうこと? ご用件?


「これって、もしかして……ナビ、さん? えっと、階段へのルートのみを表示してもらってもいいですか?」


 ――設定を更新しました。


 ご丁寧に回答してくれるナビさん。直後、視界に大量にあったポップアップは全て消え、階段へのルートのみのポップアップだけが視界に残った。なるほど、そういうシステムね。だいたい把握できた。


「あー……それじゃあ、ナビさん。設定の追加。マップを視界の端に表示。モンスターが百メートル以内に近づいてきたら視界に表示するようにして」


 ――設定を更新しました。


「あ、ちなみにモンスターが近づいてきたり、何らかの危険が迫った時に、声を掛けてもらうことってできる?」


 ――可能です。


「わかった、そしたらそのように設定を更新して」


 ――設定を更新しました。


 めちゃめちゃ従順。思ったより便利そうだ。凪は<ナビゲーション>を「ナビ」と呼び捨てにするのは気が引けるので、「ナビさん」と呼ぶことにした。脳内になんとも摩訶不思議な音声ナビゲーターが追加された。こちらも常時発動型スキルのようで、凪が話しかけると返事を返してくれる。無機質な旅仲間が追加された。一人は寂しいからな。誰でも歓迎できる心持ちだ。


 どのスキルも常時発動型スキルのようだが、発動している間の魔力消費はないようだ。これは正直嬉しい。

 まだまだ試したいことは多いが、先は長い。一旦はこのへんにしておこうと、凪はその場に座り込む。


 あらかた新スキルを試したところで、オーガとの戦闘の疲れがどっと押し寄せてきた。瞼が重く目を開けてられるのはやっとだ。身体も鉛のように重たい。


 ダンジョン内のストレス環境下。モンスターがいつ襲ってくるのかわからない危険な状況の中、安らぎは皆無だった。それが、いまでは危険が迫ればナビさんが教えてくれるようになり、少しは休むこともできそうだと、凪は思った。


 そして、その日はそのまま。フロアボスを倒したフロア内で、壁にもたれうずくまり、凪は久々にちゃんとした睡眠をとることができたのだった。

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