第9話  A級装備

 湖のほとりで地下大迷宮を進むことを決意した凪は、いまの持ち物を確認する。


 通常、ダンジョンに入る際にハンターは、数日分の非常食などを常備している。凪は背負っていたバックパックをおろし、中身を確認する。

 三日分の携帯食料と水筒、ロープ、マント、ライター。そして、ナイフ。軽装備もいいところだ。そもそも地下大迷宮に潜る想定で持ち物を準備しているわけではなかったのだから、仕方がない。少しの間やっていける分だけの装備を持っていたことを、幸運だと思うことにした。

 この地下大迷宮をたった三日で攻略することはできないだろうから、食料は現地調達するしかない。


 たしか一部の高級料理店では、モンスターを使った料理を提供しているところもあったはず。凪はモンスターを食べたことはないが、食えなくはないということだ。手頃なモンスターを見つけたら試してみよう。


 ダンジョンには、いまいる洞窟や湖のように様々タイプがある。雪原、火山、森林、魔城……。一体どういった仕組みになっているのは謎だ。このダンジョンもいまは洞窟なのだが、下に進むにつれて全く異なる空間が現れる可能性もある。


 どこかで手頃なモンスターの皮等を採集して、寒さに備えた方が良さそうだ。長期戦になることは間違いない。現地調達で入念に準備していこう。


■■■


 湖の水で水筒を満たし、凪は下へと続く階段への最短ルートを進むことにした。モンスターに遭遇しないよう、こまめに<探知>を繰り返しながら進む。


 まずは気になっていたところ。<探知>した時に発見した、隠し部屋のような小さな空間のある前に到着した。案の定、入口の扉などは存在しておらず、洞窟のごつごつとした壁だった。


 ……どこかに、スイッチでもあるのだろうか?

 ごつごつとした岩壁を調べていると、ビンゴ。仕掛け扉になっていた壁が、ゴゴゴと鈍い音を立てながら開き始めた。


「おおぉ〜〜」


 隠し部屋の中に入ると、そこには武器装備が綺麗に陳列されていた。まるで博物館のような小さな部屋には、所狭しと業物たちが丁寧に飾られていた。コレクションなのだろうか。

 入口から向かって正面の壁には、王冠の載った盾の中にワシの頭と獅子の胴体に翼のある幻獣――グリフィンを模した紋章が描かれた旗が飾られていた。


 凪は陳列されている短剣をまじまじと観察する。短剣全体が赤黒い鱗で加工されており、刃は劫火の如く真っ赤に染まっている。A級相当の武器装備に間違いないだろう。


「これって……もしかして、ドラゴンが素材になっているのか?」


 時価にして一つ当たり数千万円はくだらない逸品。思わず目を剥き、鼻息が荒くなる。まさか自分がこんな高級武器装備を手にする日がくるなんて……思いもしなかった。今までは最も安いE級武器装備。ただのナイフで戦ってきたのだから。

 先行き好調。どなたのコレクションなのかは存じないが、背に腹は代えられない。ありがたく頂戴しよう。


 部屋にある武器装備をすべて持っていきたい気持ちにかられるも、この先の道は長いことが予想されるため、最低限の武器装備だけ頂戴することにした。胸当て、籠手、手袋、脛当て、ブーツ。そしてダガー。凪の全身は赤黒い鱗のドラゴンを模した軽装備に包まれた。身に着けているだけで強くなった気になる。いや、実際強くなっているのは間違いない。


 そういえば、烏龍ウーロンギルドの象徴は黒竜だった。捨てられたギルドを彷彿させる武器装備に身を包まれるなんて、なんとも皮肉がきいている。


 数ある武器の中から凪が選んだのは、非力な自分がずっと扱ってきたナイフになぞらえて、ダガーにした。ハンターになってからの二年間、愛用してきたナイフのおかげでそれなりに短剣の熟練度は上がっていた。このダガーでモンスターを狩っていき、更に熟練度を上げれば、将来的に短剣関連のスキルを獲得できるかもしれない。


 攻撃スキルは相変わらず持ってはいないが、この装備だったらE級モンスター、いやD級モンスターでさえ倒せる気がする。地上に戻った時に、烏龍ウーロンギルドを潰すには、このダンジョンで強くならなければならない。

 そのためにも地下大迷宮で多くのモンスターを倒し、スキルや武器の熟練度を上げ、経験値を稼ぎ、一ツ星ハンターから星を増やしていく必要がある。


 ――スキル発動、<探知>


 部屋から出ると、再び<探知>を発動して、モンスターを探る。

 いた。モンスターの群れを発見。

 D級モンスター、グレーハウンドが三体。


 C級ダンジョンで遭遇した狼に似たモンスター。あの時は神崎や山田のおかげで難なく倒すことができたものの、凪は足が竦んで立ち向かうことすらかなわなかった。今はたった一人。立ち向かわなければならない。


 これまでの凪は、攻撃スキルもなく低級装備だったこともあり、倒すことができたのはE級モンスターのゴブリンのような雑魚モンスターだけだ。D級モンスターなんて手負いでしか倒したことがない。いざ立ち向かうとなると身震いしてきた。


 だがいまは全身をA級相当のドラゴンの武器装備に包まれている。いまであれば、倒せるかもしれない。


■■■


 凪はグレーハウンドに見つからないように、慎重に迫っていく。

 視界で確認できる位置まで来た。


「やるしかない……」


 深く深呼吸すると、意を決してグレーハウンドに向かって駆け出す。するとグレーハウンドもすぐに凪の存在に気づき、一匹が唸りを上げながら向かってくる。


「ウウウウォン!!」

「……ひっ!」


 グレーハウンドの勢いに気圧され、再び足が竦む。恐怖のあまり目を瞑りそうになってしまう。凪は咄嗟に腕を差し出すと、飛びかかってきたグレーハウンドが躊躇なく、その腕に噛み付いてきた。


「グルルルルル」

「くっ!」


 鋭い歯を剥き出しにして、腕を引きちぎろうと首を振り回している。凪も負けじと踏ん張った。装備した籠手のおかげでグレーハウンドの歯が、腕に食い込むことはない。

 いける!!


 もう片方の手に持った真紅のダガーを籠手に噛み付いているグレーハウンドの首に突き刺した。首から鮮血が吹き出すグレーハウンドの目からは徐々に生気が失われていき、即死した。

 初めてD級モンスターを一人で倒した。しかも一撃で。凪は興奮し、心臓の音が聞こえてきそうなほど高鳴り、血が湧き上がってくるのを感じる。


 凪は腕に噛み付いたままの亡骸を振り払い、さらに迫ってくる二匹と対面する。

 一匹を倒した達成感から一瞬にして自信を得た。身体から硬直は消え去った。A級武器装備の安心感から心にも少しの余裕ができる。


 飛びかかってくるグレーハウンドを躱しながら首へと一閃。ダガーを振り抜くと、またも鮮血が吹き出す。間髪入れずにもう一匹が突っ込んでくる。凪は先程と同じように籠手に噛みつかせて、無防備になった相手の腹に刃を突き刺す。ほどなくして、グレーハウンドは絶命した。


 三匹のグレーハウンドを瞬殺することができた。すると凪の身体が少しばかりの光に包まれる。かつてないほどの経験値を獲得したのだ。


「す……すごい……」


 しかし喜びも束の間、洞窟の闇から大量のグレーハウンドが現れた。


「グルルルルル……」

「来いよ、全員やってやるよ。そんで食い散らかしてやる」


 自信をつけた凪は、大量のグレーハウンドの群れに向かって駆け出した。

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