第8話 大迷宮EX級ダンジョン

 目が覚めるとそこは湖だった。


 何時間が経過したのかはわからない。ただ、俺は沖に打ち上げられていた。大穴に落ちたもの、下は湖だったようで奇跡的に命を失わずにすんだ。


(助かったのか)


 安堵するも束の間、全身が軋む。骨は折れていないようだが、ところどころ打撲しているようだった。記憶が曖昧でぼーっとするが、少しずつ意識が鮮明になっていく。意識がハッキリとしていくと共に、俺は怒りに侵されていった。

 烏龍ギルドに捨てられ、二階堂 龍騎に、山田に、裏切られた。その事実に、精神が侵され、全身の痛みを勝る。


「くそっ……!!くそおおぉぉおおおおぉぉぉおおお!!」


 思わず叫び、行きどころのない拳を地面に叩きつける。しかし、沖で水がぱちゃぱちゃと飛沫を上げるだけで、俺の悲鳴は、どこまでも続く洞窟の闇に消えていった。怒りに我を忘れそうになる。何もない、音もない、この謎の空間で、冷静さを取り戻すことに努めた。


「そうだ、早く戻らないと。海未うみが危ない……」


 俺たち兄妹に保険金をかけ、俺をダンジョンに置き去りにした龍騎は、間違いなく妹を殺し、さらなる保険金を手にしようとするはずだ。海未が危険だ。

 再び怒りが湧き上がる。俺を裏切った人たち。俺を嘲笑った人たちへの底知れない怒り。

 海未を失ったら全てが終わりだ。

 俺の生きる理由は、家族を養うためだけだったから。


 何もかも捨てて、楽になりたいという衝動にかられそうになるが、ギリギリのところで押し留まる。

 黄昏騎士団トワイライトギルドから追放され、マスコミに追われ、今日まで他人から嘲笑われて生きてきた。

 裏切られることも、捨てられることも今に始まったことではない。

 自分の目が淀んでいくのが、わかる。顔を上げ虚空を見つめる。


『お兄ちゃん、いつでもハンター辞めてもいいんだからね……無理しないで』


 頭に思いつくのは海未のことだけだ。このまま烏龍の手に掛かるなんて不憫すぎる。


「どうして、俺はこんなところで……なんでこんなにも力がないんだ……」


 怒りの矛先は、徐々に自分に向いていく。

 自身の無力さを嘆き、涙が止めどなく溢れてきた。


「くそっ……くそぉ……なにが固有職業ユニークジョブだよ……何がレア職業だよ……なんで、俺はなんにも出来ないんだ……」


『えっと、君は、良い人だ。それに、才能もある』


 神崎に言われた事を思い出し、ハッとした。


『どうして、自分だけが、そうならないと、確信していた?』


 そして、山田に言われた事を思い出した。


「そうだ……俺は何もかも見ないフリをしていた」


 他人からの評価を真に受けて、自らの可能性を見ないフリしていた。

 そして、平穏で停滞した日常が続けばいいと思っていた。

 しかし、それら全て、間違いだ。


 ハンターとは、狩る者。しかし、弱ければ、狩られる。


「…………」


 俺は立ち上がり、決意した。

 必ずここから這い上がる事を。自分と海未と……大事な人を守る。そのために必ず強くなる。誰に何と言われようと自分の可能性を信じる。せめて俺だけは自分の可能性を信じる。

 そして……もし、地上に戻ることが出来て、海未が殺されていたら。


――必ず、復讐する。

――俺が、狩ってやる。


■■■


 冷静さを取り戻してきた。俺は状況を整理する。

 もしここが、元いたC級ダンジョンであれば、眠っている間にダンジョンは消えるはずだった。つまり、大穴から落ちたここは、元のC級ダンジョンとは別のダンジョンである可能性が高い。

 C級ダンジョンの下に、別のダンジョンが存在していた事になる。

 まずは、このダンジョンの全体像を把握する必要がある。


――スキル発動、<探知>


 ダンジョンの全体像が俺の頭に流れ込んでくる。手を触れた床を伝って、壁、天井。明確なダンジョンの構造を把握していく。構造だけでなく、モンスターや採集できるものまで、事細かく把握していく。


「っ痛!!」


 が、途中で限界を迎える。頭に直接流れ込んでくる莫大な情報量に脳がパンクしてしまいそうだった。無理に探知する範囲を広げようとすると鼻血が流れ出てきた。

 俺がダンジョンの全体像を把握できないなんて、久しぶりのことだった。半径2kmほどを把握した瞬間に限界を迎えた。

 把握した範囲に、地上へと繋がる階段のようなものは発見できなかった。


――スキル発動、<探知>


 今度は床だけに絞って探知を繰り返す。ダンジョンの構造の全てを把握すると情報量が多すぎてパンクしてしまうため、俺は、床、つまり道だけに絞って探知してみる。壁や天井、モンスターやアイテムを除外することで、より広範囲を探知することができる。これは、まだ駆け出しで<探知>スキルの熟練度が低かった頃に編み出した方法だった。

 思惑通り、ダンジョンの全体像だけ把握することが出来た。そしてここは、半径10kmにも及ぶ広大なダンジョンだった。

 ここまで広いダンジョンはいまだかつて聞いたことがない。身震いした。

 <探知>がなかったら永遠に彷徨うことになったのかもしれない。俺は初めて自分のスキルに感謝した。


 <探知>の結果、上へと繋がる階段は存在しておらず、一方で、下には行けるようだった。地下大迷宮のようだ。

 全てが初めての事だらけで困惑するが、事実を信じる他はない。事例など考えるだけ無駄だ。俺は事実だけに向き合うことにした。


――スキル発動、<探知>


 俺は再びスキルを発動した。今度は、下へと続く階段の道だけに絞って、ダンジョンの詳細な構造を把握する。

 最短で5kmほどの距離。幸いモンスターはいないようだった。ただ、道の途中に隠し部屋のような空間が確認できた。何かアイテムがあるのかもしれない。


「……進むしかない」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 地上へと続く階段がない限り、下へ下へと進むしかない。他に道がないのだ。

 そして、地上に戻るには、下に行った先で、ダンジョンキーパーを倒すしかない。


 無理だ……と絶望しそうになると、咄嗟に首を振った。


 違う。そうじゃないだろ。

 俺は誓ったんだ、自分の可能性を信じると。

 俺は地上へと戻る。

 そのためにこの地下迷宮で強くなる。強くなってこの地下迷宮を攻略する。


 生き残る道は他にはない。


 俺は、自分の可能性を信じるしかないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る