第7話 緋色の閃光

 崖の縁に掴まる凪の前に真紅の装備を身にまとった神崎が、颯爽と現れた。その手には細長い剣を携えている。


「一条くん、大丈夫?」

「か、神崎さん、どうして……」

「帰りが遅いから心配で見に来たの」


 気遣ってくれる神崎に、凪は少し安堵した。だが、状況はあまり変わっていない。凪は崖から這い上がり、神崎の背後に立つ。

 後ろには底の見えない大穴。そして正面には、身の丈もある盾を携えた山田がこちらを見据えている。一歩通さないという気迫を感じる。


「神崎……貴様、どうしてここに? 他の奴等が足止めしていたはず……」

「様子を見に行くと言ったら飛び掛かってきたものだから。他のメンバーならダンジョンの外で眠ってもらっている」


 役立たずが、と舌打ちする山田が臨戦態勢に入る。


「神崎さん!ここは危険です!逃げて下さい!!」

「私は大丈夫」


 神崎は凪に少し目を向けて、朗らかに笑った。状況に似つかわしくない、朗らかな、そして初めて見る神崎の笑顔だった。

 その様子を見ていた山田が嘲笑する。


「ナメられたものだな。俺は貴様と同じ三ツ星ハンター。『守護者ガーディアン』である俺の盾を同じ三ツ星ハンターであるお前が砕けるわけない」


 その通りだ。神崎は三ツ星ハンターである『聖騎士パラディン』。全身を赤を基調とした鋼鉄のアーマーに包んでいるも軽装で、武器は真紅の細い長剣。『守護者ガーディアン』よりも攻撃力に優れはするが、その剣で『守護者ガーディアン』の盾を粉砕することは難しい。

 だが心配を他所に、神崎も臨戦態勢に入る。


 ――スキル発動、<疾走>!


 神崎がスキルを発動した、目にも留まらぬ速さで山田の構える盾の目の前に辿り着く。


 ――スキル発動、<一閃>!


 振り抜かれた神崎の長剣は、いとも容易く盾の上部を斬り裂き、盾に隠れていた山田が顔を覗かせた。辛うじて盾の向こう側で剣先を避けたものの、目をひん剥き動揺を隠せていない様子。


「そ……そんな、馬鹿な……! ありえない、貴様は……一体、何者なんだ?」


 <疾走>と<一閃>の勢いそのまま、山田を通り越した神崎。その背中に向かって、山田が怒号を飛ばす。一つに束ねられた美しい金髪がなびき、神崎は振り返った。


「私は【ギルド連盟】日本支部、特殊捜査課。四ツ星ハンターであり、職業『大十字騎士グランドナイト』神崎アリス。【烏龍】ギルドに潜入捜査していたのよ」


 【ギルド連盟】は、ギルドとハンターの管理と監視を行っている団体で、世界中に支部が存在する。悪事を働くギルドを取り締まるのもギルド連盟の役割だ。


「な! ギルド連盟……! しかも四ツ星だと……? 貴様……騙したのか!」

「ごめんなさいね。でも、悪党に本当のことなんて何一つ教えるわけがないじゃない」

「……名前は本名だったじゃないか」


 格好良く見栄を切った神崎の澄ました顔が、徐々に紅潮していく。


「うるさい!!」


 図星を突かれたのか。神崎は、誤魔化すように再び山田に斬りかかった。

 神崎の鋭い連撃を、山田は何とか盾で防いでいた。どうやらスキルを発動しなければ山田の盾を斬り裂く程の威力は出ないらしい。


「グヌッ……!!」

「あなたには殺人の容疑がかけられている。ギルド連盟に同行してもらうわ」


 余裕がなくなったのか、山田の表情が険しくなっていく。それもそのはず、三ツ星ハンターと四ツ星ハンターの実力差、つまり星一つ分の実力差というのは十倍以上に相当する。どう足掻いても三ツ星ハンターである山田には勝ち目がなかった。


「クソッ! こうなったら奴だけでも奈落の底に突き落とす!!」


 ――スキル発動、<巨人の盾ジャイアントウォール>!!

 ――スキル発動、<突進>!!


 オーロラのような透明なヴェールが山田を包み込み、物凄い勢いで凪に向かってくる。壁が迫ってくるような威圧感。


 ――スキル発動、<疾走>


 速さで勝る神崎が、<突進>で加速する山田と並んだ。すれ違いざま幾度が剣撃を加えるが、全身を包む山田の<巨人の盾ジャイアントウォール>がそれを防ぐ。攻撃が通じないと判断した神崎は、迷うことなく山田を抜き去り、凪の目の前に立った。


「神崎さん! 危ない!!」


 ――スキル発動、<一閃>


 突っ込んでくる<巨人の盾ジャイアントウォール>が、神崎の剣に斬り裂かれる。


「落ちろおおおおおおお!!」


 鬼気迫る山田の剣幕に、身が竦む。<巨人の盾ジャイアントウォール>を解除させられた山田だが、勢いそのままに盾を掲げて突っ込んでくる。捨て身だ。

 しかし神崎はあくまで冷静に剣を鞘に収め、構え直した。


 ――スキル発動、<三閃>


 一瞬のうちに繰り出される三連撃が盾を豆腐のように斬り裂き、さらにその剣撃は山田の鎧をも切り裂いて、鮮血が吹き出した。


「う……ぐぁ……」


 スキルと自身の装備を斬り裂かれ、山田は力なく膝を着きうなだれる。斬り裂かれた胸から吹き出した血で、すぐに血溜まりができた。意識を保つのが精一杯のようだ。それを見た神崎は、小さく嘆息した。


「これで終わりだ。大人しく捕まりなさい」

「ふざけるな……」


 失血からか、意識が朦朧としている山田は、烏龍……龍騎さん……等とぼそぼそと呟いている。この仕事が失敗すれば山田自身、家族もろとも烏龍ギルドが粛清するに決まっている。凪のように……。


「ぁぁあああ!! ……ここでしくじったら、俺が!! 俺の家族が……!!!!」


 山田の目に最期の光が灯った。


 ――スキル発動、<巨人の鉄槌ジャイアントハンマー>!!!!


 山田は自身の脇に携えた長剣を抜き、思い切り地面に振りかざす。


 ゴッ!!!!


「「!!??」」


 凪と神崎は虚を突かれた。


「死なばもろとも!!!!」


 山田が剣を叩きつけた地面から亀裂が入り、地が割れる。自身の巻き添えに俺と神崎もろとも奈落へと突き落とそうとする。<巨人の鉄槌ジャイアントハンマー>によって、一瞬にして地面は崩壊した。

 咄嗟に飛び上がる神崎。


「一条くん!!」

「えっ……」


 凪は神崎から差し伸べられた手を掴むことが出来ず、無情にも奈落へと落ちていくのだった。

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