おつかれさまですお兄ちゃん

 人生万事塞翁が馬。


 その時は不幸に思えても未来の幸福に繋がっていたなんてことはままある。

 僕と咲ちゃん、そして杏美の関係はまさしくそれだった。


 20年後。

 2042年8月12日火曜日8時15分。


 大阪府枚方市樟葉。

 シャート男山22階。

 2208室。


「……ふぁぁ。おはようママ」


「はーい、おはようございます。あら、パパったら寝癖ついてるわよ」


「……いやぁ、昨日は久しぶりに頑張ったからなぁ」


「ねぇ。ご無沙汰だったものね」


 ウィンナーと卵焼きの載った皿を持って女性がキッチンから出てくる。

 腰まである黒い髪にすらりと伸びた高い背丈。女らしい肉付きの良い体に、妊娠を経てちょっぴりと膨らんだ胸。茶色いロングスカートに白いサマーニット。

 灰色の帆布で出来たエプロンを胸の前には垂らしている。


 高校時代の凜々しい感じを少し柔らかにした彼女は――遠原咲。


 僕の元義妹。

 そして現妻。


 悪戯な手つきで僕の腰をちょんと突く。20年前から使っている四人がけのテーブル。僕の指定席にお皿とコップを置くと、彼女は再びキッチンに戻った。

 るんるんと鼻歌を奏でてスリッパのはまった足を鳴らす。


 肌に艶があるのは昨日たっぷりと僕たちから栄養を吸収したから。

 三十を超えてもまだまだサキュバスとして衰えを知らぬ妻。そんな彼女は、今朝もとても魅力的だ。


「そうだ。パパ、今日は私たちお出かけするつもりなんだけれど」


「あ、そうなの? どこ行くの?」


「神戸の方でやってる舞台を見に行くの。観劇デートよ。うらやましい?」


「いいな、楽しそう。僕も仕事がなかったらついて行ってるよ」


「残念でした。不倫デート、楽しんでくるね?」


 何度聞いても心臓に悪い冗談に僕は肩を落とす。

 テーブルの上に置かれたコーヒーメーカーにコップをセットすると、エスプレッソのボタンを押した。それから最近買い換えた液晶テレビを眺める。


 ちょうど朝のワイドショーが芸能ニュースをはじめた所だった。


『えー、人気女優で昨日無期限休業を発表した三島杏美さんについてです。人気絶頂の中、突然の無期限休業ということですが、何があったんでしょうか?』


「ほんと何があったんだろうね?」


「ねぇ?」


「おはよー、咲ぃー、謙太ぁー」


 僕に続いてリビングに入ってきたのはパンツ姿にスポブラの女。

 小柄な身体にショートヘアー。ヨガで絞った無駄のない体つきに、乳がんの摘出手術でツルペッタンに戻った胸。亜麻色の髪をぼさぼさにした女はこの家の住人。


 僕の幼馴染で親友。妻の恋人で彼氏。夫婦揃っての不倫相手。

 名前を三島杏美という。


 彼女は「ふぁ」とあくびをすると、ふらりふらりとキッチンに赴く。そのまま、咲ちゃんの胸に正面から抱きつくと、やらしい手つきで身体を触りだした。

 お盛んな彼氏に「もうっ!」と満更でもない反応をする妻。


 朝から見せつけないでおくれ。


「咲ぃー、今日、デートしなくちゃだめ? 私このまま、家でごろごろしたいんだけれどぉー?」


「だーめ! たまには外に出ないと健康に悪いよ!」


「えー? いいじゃんか! 一日中、二人でベッドで愛し合おうよ!」


「もう、やだぁ……。謙太さんが見てるじゃない……」


 そう言いながらもやめない咲ちゃん。

 誘われるまま、彼女は不倫相手の求めに応じた。


 なんか濃厚な絡みがいきなり始まったなぁ。(真顔)


 エスプレッソより濃い展開だよ。

 僕は抽出し終わったコーヒーを手に取ると、元気な二人の邪魔をしないようにそっとリビングからベランダへと出た。


 そうなのだ――。


「まさか、本当に咲ちゃんと杏美がレズっちゃうなんてなぁ……」


◇ ◇ ◇ ◇


 あの後、僕と咲ちゃん、杏美の三人はどろどろの愛憎劇を繰り広げる。


 咲ちゃんと杏美は僕の寵愛をめぐってすぐに対立状態に入った。

 僕の関心を集めようと、二人はそれはもう激しいアピールを繰り広げ、僕の心と身体とちん○を激しく弄んだ。今でもあの頃のことを思い出すとちょっと冷静になる。

 はたしてそんな日々は――意外と早く一ヶ月ほどで幕を閉じる。


 僕をラブホテルに連れ込んだ杏美。

 そこに駆けつけた咲ちゃん。


 いよいよ取っ組み合いのにらみ合い、「ここでお前を○してやる」くらいの盛り上がりを見せた時、咄嗟に僕が言ったのだ――。


「まぁまぁ、そんなことよりさ! 三人いるんだし、3Pしようよ!(ヤケクソ)」


「「ふざけんな!」」 


 いっぱい3Pした。


 最初二人は嫌がってたんだけれど、なんかの拍子で「3Pする勇気がないんだろ?」みたいなノリになって、そこからはもう転がり落ちるようだった。


 まだ未開発だった咲ちゃんの後ろのはじめてを杏美が奪い。

 スローセックスの経験がなかった杏美を咲ちゃんがその深みに誘い。

 ただの竿男優として、二人に言われるままちん○を僕が差し出す。


 そんな濃密な夜を越えると、僕たちはもうくたくた。いがみ合っていた気持ちも、想い合うが故にすれ違い掛け違った心も、全部溶かして僕たちは和解した。


「……お前すごいのな。こんなに気持ちよかったの産まれてはじめてだ」


「……私も、女の人に愛されるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった」


「……咲」


「……杏美ちゃん」


 濃厚キッスをベッドの上で交わす僕の義妹と親友。


 そして――。


「……ヒュー……ヒュー……」


 精子と気力を根こそぎ吸い取られソファーで死ぬ僕。


 かくして、僕たちは長いようで短いメロドラマの日々を終えた。そして『好きな人が同じなら一緒に愛せば問題ないよね!』の、エロゲ・エロ漫画・エロラノベの王道、ハーレムルートに突入することになったのだった。


 まぁ、そりゃギャグとして。


「夫と妻が一対一なんて、一般的な関係にこだわらなくてもいいのよ。お兄ちゃん」


「私たちが三人一緒にいるほうが幸せなら、それでいいと思うんだ。あなた」

 

 その後も、こわごわと続けた肉体関係を経て、二人は強く三人の関係を望んだ。

 もちろん肉体の相性もそこにはあったが性格の相性が強かったと思う。

 大胆なようで繊細な咲ちゃんの女らしさを杏美は愛し、天才であるが故に人間として傷つき果てた杏美の純粋さを咲ちゃんは愛した。

 裸になって触れあえば、二人が争う理由などそこにはなかったのだ――。


 そんな二人の望みを僕は受け入れた。


 幼馴染と義妹。二人の幸せこそが僕の望みだ。

 二人に振り回されて『普通の幸せ』を捨てても構わなかった。

 愛した女性が笑っていてくれるなら、それでいい――。


「君たち、簡単に言ってくれるけれどね、僕は別に絶倫って訳じゃないんだ! そんな、二人の女性を毎晩同時に愛せるほど、体力があるほうじゃないんだよ!」


「「頑張って! 愛してるわ、お兄ちゃん(あなた)!」」


「わかった! ボク! がんばりゅ!」


 という訳で、僕たちは男一人、女一人、恋人一人の三人カップルになった。

 そしてそれは20年続いて、今も夫婦+恋人という関係をつづけられている。


 なんとも幸せな話だった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「ハァ。とはいえ、それは杏美が東京暮らしで、滅多に家に帰ってこないからって条件付きだったんだよな。これからどうなることやら」


「なんだよ、私は二人のお邪魔虫か? そんな風に思ってたなんて、傷つくな……」


 ベランダで物思いにふける僕の隣にひょっこりと杏美が顔を出した。

 寝ぼけ顔はすっかりとどこへやら。すっきりした顔の彼女。


 ただし、全裸だ。


「また出会った時みたいに喧嘩しちゃう? それもいいかもね、マンネリ打破になるかも。喧嘩した後って、罪悪感と人恋しさですごいことなっちゃうから」


「たくまし過ぎるよ、うちの奥さまってば……」


 僕を挟んで反対側にひょっこりと咲ちゃんが顔を出す。

 こっちはすっかりと赤ら顔。汗をびっちり掻いていた。


 そして、全裸だ。


 うぅん――。


「君たち⁉ 何やってんの⁉ ここ外なんですけれど⁉」


「「はーい!! 一名様、家族ソープ二回転コースご案内!」」


「ご近所迷惑!」


 ぴょいと僕の腕を引っ張ると妻と恋人がリビングに引き戻す。

 妻と僕、僕と親友、妻と不倫相手。三人の愛の営みを見守ってきた、二人がけのソファーに押し込まれると、僕は手慣れた感じにひん剥かれた。


 ちょっと待って、これから僕、お仕事なんですけれど――。


 というかどういうこと?

 デート行くんじゃ?

 なんで僕、押し倒された?


 はにゃーん????(大混乱)


 さっそく始まった夫婦+恋人生活の難易度が、人類に早すぎるんだけれど!


 僕の太ももを仲良く半分こした妻と親友。

 人生の半分を過ぎようかという頃。若い頃の肌の張りはなくなり、体つきにも丸みを帯びてきた。年相応、熟れた女の身体が――大人になるとたまらなくエッチだ。


「パパ。私たちね、実はずっと前から二人で計画していたのよ?」


 そう言って僕の膝小僧に人差し指をくりくりと押しつける咲ちゃん。

 僕の妻になってから「パパ」と呼ぶようになった彼女はもうすっかり人妻だ。安産型のぷっくりとしたお尻、お椀型の胸、濃い体毛に少し肉がのったお腹。

 そんな体つきの中にも、母としての自覚、妻としての貞淑さが感じられる。


 けど、今はそれを捨てて、彼女は一人の女になって僕に迫る。


 久しぶりのインモラルな気配に慌てて僕は隣に視線を向ける。

 しかし、そこで待っていたのもまた、そう大差ない親友の姿だった。


「謙太。一段落したからさ、もういいかなって咲と話していたんだよ」


 僕の膝に頬ずりをして怪しく微笑む杏美。

 咲ちゃんと結婚してから僕を色っぽく名前で呼ぶ彼女は誰が見ても良い女。年齢に逆らうように磨き上げたスレンダーな身体はいっそ芸術的。そして中性的。

 切除されて平らになったなだらかな胸。引き締まったお尻。

 入念なケアにより染みひとつない肌。

 整形手術と努力によって作られた女の美しさを誰が笑えるだろうか。


 けれど、女の身体の奥に眠る、人が本来持つ愛欲を彼女は僕に向けていた。


 二人の愛する人。

 種族も、見た目も、性格も、まったく違う彼女と彼を、どうして愛してしまったのか僕にも分からない。いや、愛されてしまったのか分からない。


 ひとつだけ分かることは、僕はもう『この二人から逃げられない』ってこと。


 色んな意味でね。


「私ね、やっぱりもっと子供が欲しいの。ねぇ、いいでしょお兄ちゃん?」


 咲ちゃんはそう言って僕の膝から胸を離すと今度はお尻をその上に置いた。

 ちちちとジッパーを鳴らして、中から僕の子供を取り出せば――。



 夫婦合体!(便利な四字熟語1)



「私もさ。お前と咲の子供が欲しいなって。二年くらい子育てをやり直して、新しい自分を探すのも悪くないかなって。ねっ、いいよねあなた?」


 咲ちゃんから逃れようとソファーの背もたれに逃げた顔。

 情けなく鼻を伸ばす僕を見下ろした杏美は、ぺろりと唇の端を舐めて――。



 顔面騎乗!(便利な四字熟語2)



 そして――。



 性行開始!!!!(便利な四字熟語3)



 平日の朝っぱらから僕たちは、僕たちだけの愛の営みをはじめるのだった。


 なんでこうなるのよ。

 えぇい、もう、やけっぱちだ。


 そう思った時だった。


 ガタン! ガタタ! バタン!


 遠くで何か激しい物音がした。

 ここはマンション、外から音は聞こえない。

 したとすればそれは家の中。


 そして、この家でそんな音がする場所なんて一つしかない。


 僕と咲ちゃん、そして杏美は、慌てて夫婦の時間を終了すると、着るモノも着ずにその物音の出所に向かった。

 はたしてそこは、かつて僕と妻の恋が始まった場所――。


 ではないんだなこれが。


「丈二くん? なんだいさっきの物音は? ちょっと入るよ?」


 そこはかつての僕の部屋。

 咲ちゃんと結婚し、正式に父からこの家を譲られ、彼らが使っていた寝室にパーソナルスペースを移動してからというもの、ここにはとある男が暮らしていた。


 僕の義理の息子。

 そして杏美が腹を痛めて産んだ青年。


 男の名前は三島丈二。多忙な母親に変わって僕たち夫婦に育てられた彼は、今年大学生となり阪内の国立大学に通っている。将来有望な好青年だ。


 しかし、暗い彼の部屋に待っていたのは、年齢も性別も違う人物。


「……雪?」


 ベッドの上、裸になって女の子座りをしている少女。

 母に似た艶やかな黒い髪。父に似て小柄な身体。隔世遺伝の爆乳。

 まだ初潮前にも関わらず魅惑的な体つきをした少女は、ほろほろと涙を流して僕の方を振り返る。


 その表情の中に、母親から受け継いだ血の影が見えた。


 男を求めずには居られないサキュバスの――。


「……おとーさん。あたし、あたしいったいどうして」


「……そうか。ついに来ちゃったのか、雪にも」


 肉体の完成と共に、サキュバスは男を求めずにはいられなくなる。

 そして、自分を育ててくれた家庭をボロボロに破壊する。

 彼女にとって身近な男性を誘惑することで――。


 この性に、いったいどれだけのサキュバスが苦しめられただろう。

 僕の妻もまたそんな残酷なシステムに振り回された一人だ。今もまた、こうして娘の覚醒によって、その血の業を再確認させられている。


 逃れらえないサキュバスとしての宿命。


 それを食い止めるには――。


「どうしよう! お兄ちゃん動かなくなっちゃった! 初潮が来たから『今日から二人の赤ちゃん作れるね!』って言っただけなのに!」


「「「あー、それは愛しててもショックで動かなくなるわー」」」


 彼女に寄り添うパートナーが必要だった。

 血よりも濃い絆で結ばれた心で繋がっている義理の兄のような人物が。


 そしてうちにはそれがいるんだな。

 幸いなことに。


 ほんと塞翁が馬。

 人生なにがどうなるかわかんないや。


 僕と咲ちゃんの娘である『遠原雪』と、杏美の息子の『三島丈二』は、ひとつ屋根の下で暮らすサキュバスとパートナーであった。幼い頃から一緒に暮らす、妹と兄のような二人が、そんな形になるのは自然な成り行きだった。


 これまでも、そして、これからも。


 だってそれは僕たちが歩んできた道だから。


「なんでー! いつもいっぱい愛してるって言ってくれてるのにー! バカバカ、お兄ちゃんのバカ! ふにゃちん! 短小包茎! 早漏! エッチへたくそ!」


 さんざんなことを言ってベッドを叩く雪。

 よく見ると、そこにはミイラのように枯れ果てた丈二がいた。


 倒れたんじゃない、絞り尽くされたんだな。


 あるある。サキュバスあるあるー。なつかしーなー。(にっこり)


 肩で息をして僕に助けを求める義理の息子。

 そんな顔をされても、僕は娘の味方なので何もできない。というか、サキュバスとはいえかわいい娘を、毎晩あれこれしておいてそんな面するかね。

 大学生なんだし、下宿に追い出してやっても僕は構わないんだぞ。


 なんて思いながらも僕の顔はついつい笑ってしまうのだった。


「まぁ、生ぬるい地獄を楽しめ、少年」


【了】

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