第14話 童貞捨ててマ○掻いて、モテモテアッハッハ

 11月12日土曜日22時32分。


 ライブハウスのバイトを終えて自宅に戻ると、玄関入って正面のリビングから温かい明かりが漏れていた。


 咲ちゃんがリビングに居る。

 もしかして、僕が帰ってくるのを待ってくれていたのだろうか。

 なんだかそれって新婚さんみたいだな。


 なんて考えると疲れも飛ぶ。

 足取りも少し軽やか。

 僕はスキップで愛しい義妹サキュバスの下へと向かった。


「咲ちゃん、ただいまぁー! ごめんね、遅くなっちゃってー!」


「あら。旦那さまのおかえりね」


「……蓮さん⁉」


 しかし、リビングで待っていたのは大人のサキュバスだった。


 黒いウェーブのかかったロングヘアーにグレーのスーツ。

 清潔感のある純白のブラウスに、自然な色味のストッキング。

 唇を濡らす薄紅色の液体。


 食卓を囲む何気ない四つ足椅子に腰掛けているだけなのに濃厚なエロス。

 ちろりと舌先を唇から出したのは僕の継母。

 咲ちゃんのお母さんこと蓮さんだった。


 手にはワイングラス。

 風鈴を逆さにしたその中でロゼワインが揺れていた。


「どうしたんですか? もしかして、また何かトラブルでもありました?」


「失礼ね。まるで何かないとろくに顔を出さないみたいに言わないでよ。普通に謙太くんの退院祝いに来ただけよ」


「あ、それはどうも……」


 入院中には一度も見舞いに来なかったのに。


 なんてついつい反発してしまう。

 まぁ、これまでのごたごたを思えばしかたがない。


「さぁさぁ、こっちに来て飲みましょう!」


 なのに、ごたごたなんてなかったように僕を誘う蓮さん。

 こういう調子の良いところも含めて――なんかこの人って苦手なんだよな。


「娘の旦那と飲むのが私の夢だったのよ。今日はゆっくり娘の話を聞かせてよ」


「まぁ、そういうことならいいですけど」


「どうだったの? はじめてのセックスの感想は? どの体位が気持ちよかった? あの娘の性感帯はどれくらい見つけた? 次はどんなプレイを考えてるの?」


「世界よこれがサキュバスか……」


 あと、あけっぴろげな所も。


 母親が娘の旦那に聞くことじゃないよ。


 やっぱり逃げようと背を向けた僕だったけれど、蓮さんの手の方が早かった。

 かなり飲んでる感じなのに機敏に動いたほろい継母は、僕のお腹に腕を絡めると手慣れた感じでテーブル前の椅子へと移動させた。


 とほほ。


 しょぼくれる僕に彼女は空のワイングラスを差し出す。

 ロゼワインをなみなみと注ぐと、ほらほら飲んでと蓮さんが笑顔で勧めてきた。


「ほらほら、飲みましょう」


「飲みませんよ。僕は未成年ですから」


「あら、女子高生とSEXはするのに?」


「させといてそんなこといいます?」


「うそうそ、ありがとね謙太くん。咲を受け入れてくれて助かってるわ」


「もー」


「正直ここまでことがうまく進むとは思ってなかったの。とりあえず一緒に暮らしてもらって、あんまり相性が悪いようなら離婚も考えていたのよ」


「うぇっ⁉ そうだったんですか⁉」


「そう。手を出して大正解だったわね。プラトニックラブ貫いてたら、二人とも離ればなれになってた所よ」


 僕のかわりにグラスを飲み干すと「ぷはぁ!」と蓮さんが熱い息を吐く。

 本気なのか冗談なのかちょっと分からない。まぁ、熟練のサキュバスにこの手の駆け引きで勝てるわけがないか。


 しかし、こうやって面と向かって二人きりで話すのはこれがはじめてだ。

 いまさらだけれど――咲ちゃんのお母さんだけあって蓮さんも魅力的な女性だ。


 咲ちゃんと違って女性的な柔らかさを感じさせる胸。

 子供を産んだとは思えない細い腰回り。

 バリキャリ生活で鍛えたのだろうしなやかな脚のライン。


 匂い立つ大人の女の色香。


 なぜだろう胸の奥が妙にくすぐったい――。


「あら。フェロモンに体勢があるって訳じゃないのね」


「はい?」


 グラスにワインを注いでいた蓮さんがクスクスと笑う。

 すると、僕の胸に広がっていた疼きがすっと消えた。


 まるでそんなもの最初からなかったように。


「サキュバスはね、男を誘うフェロモンを出すことができるの。これを使って、気になる男性を誘惑して手に入れるってわけ」


「へぇ、なるほど」


「さらっと受け入れたけど咲も使っていたはずよ。初潮前だからうまくコントロールはできないけれど、無自覚に貴方を虜にしようと出していたんじゃないかしら」


「心当たりはないですけどね」


「本当に? 彼女の残り香に強く反応したり、自我を失うようなことなかった? このフェロモンって、洗濯したりしても残るくらい強力なのよ?」


 あります。

 とてもあります。


 なんであんなに咲ちゃんのパンティに心がざわつくのか不思議だったんだ。

 そうか、フェロモンが染みついていたんだな。

 そりゃ脱いだばかりなら強烈だよ。


 謎は全て解けた! 全部サキュバスのせいだったんだ!


 って、納得できねぇ――。


「けどまぁ、若いサキュバスはフェロモン出すのも一苦労だからね。よっぽど好きな相手でもいないと、なかなか自然には出ないわよ」


「……咲ちゃん」


「君の咲への想いのロジックはこういう裏がある。けど、そこに娘のせつない願いが潜んでいることをどうか汲み取ってあげてね、謙太くん」


 パチリとウィンクして首をかしげる蓮さん。

 そんなちょっとした素振りに、僕はどこか咲ちゃんの面影を感じた。


 やっぱり親子なんだな。


 じんわりと胸が温かくなるのはきっとフェロモンのせいでも場酔いのせいでもないだろう。その温もりを、僕は飲めないお酒の代わりにじっくり味わった。


 ここまで信頼して娘を任せてくれたんだ。

 僕がちゃんと咲ちゃんは幸せにしてあげよう――。


「あれ、所で咲ちゃんはどうしたんですか?」


「うしろよ」


「……へ?」


 くるりと振り返ればそこにはソファー。二人肩寄せ合っていちゃつくのに快適な皮張りのそこに、ぐてえと仰向けになって倒れている義妹の姿があった。


 もこもこした白いパジャマ。うさぎさんを模した着ぐるみタイプ。

 うさ耳フードの中のほっぺたはロゼワインのように赤らんでいる。


 あ……。(察し)


「ダメねぇ。ちょっと飲んだくらいでこのザマじゃ。酒の席で男を誘惑できないわ」


「なに飲ませてるんですか!」


「社会勉強よ。酒は苦いうちに飲んでおいた方が扱い方がうまくなるのよ」


 ロゼワインをくいっと優雅に煽ると、また蓮さんはクスクスと笑った。


◇ ◇ ◇ ◇


 日曜日はバイトがなかったので一日咲ちゃんと過ごした。


 詳細は伏す。


 義妹に夜明けまでこってりと絞られて月曜日。

 疲れ果ててソファで眠った僕たちは、いつもと違う寝床だったせいか少し起きるのが遅れてしまった。急いで朝食の支度をするとシャワーも浴びずに家を出た。

 匂いは制汗剤で誤魔化した。逆に怪しい気もするけれど。


 電車を使って最寄り駅まで移動し、そこからさらに学校までバスに乗る。

 市営バスに乗り込めばそこにはいつもの顔ぶれ。

 いつもの席に僕が座れば、5分と待たずにバスは駅前ターミナルから発車した。


 いつもと代わらない朝だった。

 ちょっと寝不足で気だるいくらいしか違いがなかった。

 たしかにいつもの日常のはずだった。


 なのに――。


「一目惚れでした! 今朝見た時から好きでした! つきあってください!」


 バスから降りるや否や、僕はいきなり女生徒から告白された。

 しかも「今朝見た時から」というなんとも奇妙な文言で。


「いつもバスで一緒だよね⁉」


 なんで「昨日」や「先週」ではないのか。

 どうして「今朝」限定。というのは、彼女が見知った人物だから。


 いつもバスで僕の前の席に座っている子。

 けれども一度も会話したことがない女の子。

 そんな女の子が、急に告白してきたらビビるよね。

 しかも、無茶苦茶な理由で。


 手を僕に差し出して頭を下げる女の子に僕はただた困惑した。


 どうなってんだこりゃ。


「なんなの罰ゲーム? もしかして、僕に告白するのが罰ゲーム扱いされてるの? それすごくショックな事実なんだけれど?」


「違います! ひと目見た時から――身体の芯がたまらなく疼いて!」


「なんか変な病気じゃないかな⁉」


 くたりと道路に女の子がへたりこむ。

 アスファルトの上で女座りをすると潤んだ瞳で彼女は僕を見上げてきた。

 いや、そうはならないでしょ? 媚薬でも飲んだの? エロゲーかな?


 記憶が確かなら彼女は医療系コースの生徒。

 僕みたいな普通科通いの生徒とはデキが違うし雰囲気も違う。

 髪型や服装なんかをきっちり校則に合わせてる典型的な優等生だ。


 恋とかにうつつを抜かす感じじゃない。


 マジでなんなのこの状況?


 思考も身体もフリーズしていると、僕の腕を彼女が強引に引っ張った。

 往来に座り込んだ女の子が男の子に縋り付く。客観的に考えるとかなりヤバい絵面に、僕の心臓よりも校門前の生徒たちの方がざわつく。


「お願い名も知らぬ人! 私の中で猛り狂う愛の炎をどうにかして!」


「名も知らぬ人に頼まないで!」


「貴方のことを思うだけで、私こんなにも幸せなの――アッ! アァーッ!」


「ホントに大丈夫⁉」


 朝の学校に響き渡る少女の悲鳴。


 まずい。


 なんかよく分からないけれど、変な事件に巻き込まれるのはごめんだ。


「ごめんなさい! 僕にはもう好きな人がいるから!」


 か細い少女の手を振り払うと、僕は急いで校舎に向かって駆け出した。

 集まってきた生徒達の間を抜けて、騒ぎの中心から緊急離脱。

 校舎へと続く並木道をひたすた走る。


 こういうもめ事からは一にも二にも逃げるに限る。

 バンドやってた頃の勘を僕は信じた。


 校舎に駆け込めば僕を呼ぶ少女の声はもう聞こえなくない。

 ほっと一息つきたいところだが、念のため自分の教室まで回り道をしよう。

 入正面にある階段をあえて避けると、僕は右手側――三年生の教室が並んでいる廊下へと入った。


 気分はまるで映画の気分。

 パニックもの。なんか特殊なトラブルに巻き込まれる奴。

 別にそんなものに心当たりはない。ただ、サキュバスと最近両想いになったくらいだ。それでこんなことになるなんてちょっと考えられないよね。


 なんて考え事をしていたせいだろう。

 廊下からふらっと出て来た女の子と僕の肩がぶつかった。


「わっ!」


「きゃっ! ちょっと、どこに目をつけてんのよ!」


 上級生。茶色いショートパーマをした女生徒。すこし派手な感じの人だった。

 えらい人とぶつかってしまったと怯える僕。その胸ぐらを彼女はといきなり掴み上げるとメンチを切った。


 距離の詰め方に無駄がない。

 喧嘩慣れしてる感じだ。

 これもバンドの知識。


 なんでよりにもよってそんな人とぶつかるかな。

 どうしてこうもトラブルが続くかな。


 もしかして、何か悪い事でもしてんだろうか。

 それとても、ついに運を使い果たしたのか。

 どっちも心当たりはあるけれど、お仕事なんだから仕方ないじゃない。


 あれよあれよという間に僕の襟元が顎先まで浮き上がる。

 ぶつかった女生徒の顔が赤らんでいる。息づかいもちょっと荒い。首元にも大粒の汗が浮き上がっている。そんなに僕とぶつかったのが気に入らないのだろうか。


 すると――。


「アンタ、二年生でしょ! 上級生にぶつかるなんていい度胸じゃない!」


「ごめんなさい、わざとじゃないんです。ちょっと急いでいて……」


「罰として今日からアンタ――私の肉バ○ブになりなさい!」


「雑なエロ漫画の導入かな⁉」


 彼女は現実世界ではまず聞かないセリフを叫んだ。


 こんなストレートにエロ展開に繋げることエロ漫画でもあります?

 日本人なら情緒を大事にしてもろて!


 ふぅふぅと分かりやすい息を吐く上級生。

 顔が赤かったのは怒りじゃない。どっちかっていうと真逆の感情。

 貞操の危機を感じた僕は、服が傷むのもやむなしと強引に彼女の手を振りほどいた。そのまま彼女の脇を抜けて廊下を駆け出す。


「待ちなさい! 肉バ○ブの分際でご主人様の言うことが聞けないの!」


「そんなものになったおぼえはない!」


「いいから黙って私のものになりなさい!」


 なんだこれ、本当にどうなってるんだ今日は――。


 狂ったようなラブコメ展開におめめぐるぐる。

 落ち着いて考える時間もあったもんじゃない。


 掴まったら最後、どうなるかちょっと分からないくらいの上級生の発情ぶりに、肌寒いものを感じながら、僕はひたすら校内を逃げ回った。


「もーやだ! なんなのさいったい! 僕の事なんて放っておいてくれよ!」


 しかしその後も、僕は次々女性に襲われ続ける。


 信じていた同級生女子に体育倉庫に拉致監禁され。(無事に脱出)

 保健室で先生に怪しい薬を飲まされそうになり。(飲んだふり)

 図書室で司書のお姉さんに書架の奥に連れ込まれ。(偶然人が来た)

 中等部の女の子たちに縛り上げられて罵詈雑言を浴びせられる。(ざぁこ♡)


 めくるめく濃密な女の子達の関わりに頭が沸騰寸前。

 まるでハーレム漫画のように矢継ぎ早に起こるエッチなアクシデント。それは結局僕が家に帰るまで――今日一日ずっと続いたのだった。


 困ったぞ。

 どうやらこれはただの偶然じゃなさそうだ。


「もしかしてモテ期という奴なのか……」


 サキュバスの義妹ができたら、童貞を捨ててモテ期が来た。


 パートナーのいる男の余裕がフェロモンになってにじみ出ているのだろうか。

 どうやら僕は今、ラブコメの主人公みたいな状態になってるらしかった。


 やったぜ!(白目)

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