第12話 不抜けた(ほぼ)童貞に効く、夜のアルカロイド

 久しぶりの我が家に戻った僕は、咲ちゃんが腕によりをかけて作ってくれた料理(普通のにしてもらいました)に舌鼓を打った。


 ご飯と幸せで満腹になったら、腹ごなしに二人でテレビゲーム。

 ひさびさのパーティーゲーム三本勝負は、今日も義妹に軍配が上がった。

 決着がついたところでお風呂へ。たっぷりのお湯に浸かると、ここ数週間の汚れと疲れを僕はその中に溶かした。


 入院前と変わらない日常。

 僕たちのいつものルーティーン。

 けれども、今日からそこに一つ新しい仕事が加わる。


 お風呂から上がるとリビングで待ってた咲ちゃんにお風呂を回す。

 そして、僕はいったん自分の部屋へと戻った。


 新しい仕事の準備のためだ。


「ゴムよし! ウェットティッシュよし! スポーツドリンクよし!」


 夜の仲良し前安全点検。

 指さし確認で僕はアイテムを点呼する。


 仕事とはすなわち『SEX』!


 今晩から咲ちゃんの『食事』を、僕たちは実戦形式で行うことになったのだ。

 そして、そのための準備が僕には必要だった。


 心と身体を整え、アイテムを整える時間が!


「指さし確認ヨシ! 今日も一日後安全に!」


 現場猫を真似して僕は叫んだ。

 ふざけていないと精神の平衡をとれなかった。


 11月11日金曜日19時41分。 


 確認した荷物を鞄に入れると僕は自分の部屋を出た。

 向かうはすぐそこの義妹の部屋だ。


「……すぅ、はぁ」


 扉を前に僕は深呼吸。

 板一枚を挟んで未知の領域――女の子の部屋が広がっている。

 未知の空間への恐れと恐怖に、僕の脳と身体がシンプルに酸素を求めていた。


 咲ちゃんは僕と入れ替わりでお風呂の中。ゆっくりとお身体のお手入れ中。

 お風呂から上がるまで「私の部屋で待ってね♡」と義妹から許可は貰っていた。

 なんのやましいこともない。


 僕には部屋に入る権利があった。


 なのになんだろうか――このたまらない罪悪感は!


「えぇい、ままよ! たのもーっ!」


 僕は勢いに任せて妹の部屋に入った。


 ピンク色のカーペットに、白いふかふかしたマットが置かれたローベッド。

 枕元にはいつ買ったのだろうか、明るい木目をしたサイドテーブル。その上に置かれたアンティークなナイトライトが実にお洒落だ。

 窓際にはピンクのカーテンと白いシンプルなデザインのシステムデスク。


 彼女が来る前は物置だった部屋は、もうすっかり様変わり。

 かつての面影なんてどこにもなかった。


 うぅん。


「これが女の子の部屋か……」


 部屋の真ん中にはガラス張りのローテーブル。

 青とピンクの座布団が向かい合って置かれている。 

 その青い方の座布団に僕は腰を降ろした。なかなか座り心地はいい感じ。


 しかし、気持ちはすっかり落ち着かない。


「女の子の部屋に入るだけでドッキドッキだよ。やっぱり僕みたいな奴には難易度の高いイベントだなぁ……」


 手持ち無沙汰にカーペットを撫でて、僕は悶々とした想いに頭を振った。


 咲ちゃんうまくお家エッチできるかしら。

 病院では全部咲ちゃんがやってくれて、僕はなにもしなくてよかったからな。


 いや、そんなことじゃいけない。

 お兄ちゃんとして、ちゃんと義妹をリードしてあげないと。

 病院で看病(性的なものも含む)してもらったお礼はちゃんとしなくっちゃ。


 そんな決意と共に顔を上げた僕の目に、部屋の扉のすぐ横に置かれている、三段のカラーボックスが目に留まった。


 中は間仕切りがされていて上下二段。

 ずらりと色とりどりの文庫本が並んでいる。


 ふと、昼間のしーぽんの言葉が僕の頭を過った。


『機会があれば妹ちゃんの部屋とか注意して眺めてみろよ。何気ない所に人間の本心なんて隠れているからさ。本棚の漫画とかに深層心理が出てたりするもんだぜ』


「……もしかしたら、咲ちゃんのことが何かわかるかもしれないな」


 多少うしろめたくはあったが、ここは好奇心が勝った。

 僕はひょいと座布団から立ち上がり、そのカラーボックスの前へと移動する。そして、背表紙のタイトルも読まずに、並んでいる文庫本の中から一冊取り出した。


 はたして、その表紙には――。


「ふーん。『俺様生徒会長、メス墜ち調教日誌。恥辱にくすんだ金髪』ねぇ」


 いかにも利発そうな金髪青年が裸にひん剥かれていた。


 うんうん。

 こういう見るからにエリートで気位高い人間が、目を付けられてずぶずぶに落ちぶれていくの――性的な要素なしでもゾクゾクしちゃうよね。


 わかるマン。


 僕は本棚にそれをかえすと、次の文庫を手に取った。


「へぇ、『ハメられた営業課長(♂39歳)の女装裏営業。取引先同伴出社』か」


 おっさんが女性用のスーツを着てオフィスで縛られている表紙。


 なるほど。

 女装男子は一定の需要があるけれど、おっさんに女装させるのは珍しいね。

 二次元ならビジュアルは絵でカバーできるし――新ジャンルだね。


 後方彼氏面おじたん。


 さらに僕はひとつだけあった大判本を引っ張り出した。


「うんうん。『幼馴染雌豚改良計画~信じていた幼馴染は調教師でした~』だね」


 なんかもう正視に耐えないぐっちゃぐっちゃなことになっている。


 そうだよね。

 エログロは過激であれば過激であるほどいい。

 ありえんわくらいで丁度いいくらいまである。

 欲望マシマシじゃないと――つまらないものね。


 性癖全肯定太郎。


 厳しい現実にキツめの現実逃避したけれど、僕は把握した。

 咲ちゃんの本棚に並んでいる本は全部、男と男が絡み合う感じの奴だった。


 つまりBL。

 ボーイズラブ。(おっさんのラブも含む)


「咲ちゃんってば、BLの気があるのか……」


 お兄ちゃん心配。

 咲ちゃんの未来じゃなく僕の貞操の方が。


 人の嗜好は自由だし、エロの創作に幻想を求めるのもよくわかる。

 けど、変な要求をされないよね。面識のない汚いおっさんを家に連れてきて「今からこのおじさんと濃厚に絡んで!」とか言いださないよね。


 このラインナップは流石に心配になっちゃうよ。


「ワガハイ知りたくなかったナリ。咲ちゃんのこんなメス堕ち欲求なんて」


「そう? お兄ちゃんの巨乳趣味よりマシだと思うけど?」


「おっぱいは、おっきければおっきいほどいいんです。二次元のおっぱいはそういう、人類の夢と理想と浪漫を詰め込んだ叡智の結晶なんです」


「へぇ、そう、なるほどね、よーくわかった」


 静かな怒りが籠もった声に僕の背筋が凍る。

 ギギギと軋んだのは僕の首の音か、それとも部屋の入り口の戸の音か。

 ゆっくりと僕は振り返る。


 火照った身体に水色のパンティ&ブラジャー。首にかかった白いバスタオル。扉に寄り添ってムーディーに立って居るのは僕の愛しい義妹。

 いつになくご機嫌な顔で彼女は首をかしげるとこてんと扉を叩いた。


 握りしめたその手からは、水滴がぽたりぽたりとしたたり落ちている。


「なにしてるのかな? おにーちゃん?」


 義妹の信頼に応えようと、僕は精一杯胸を張った。


「君のことを、もっとよく知りたくって。ごめん、僕は悪いお兄ちゃんだ」


「ほんとうにね!」


 なんかカッコいいノリで誤魔化してしまおう作戦は、見事に失敗した。

 首に掛かっていたバスタオルを握りしめると大上段に構えて振り降ろす。本場大阪名物ハリセンツッコミの要領で、咲ちゃんは僕の頭にそれをたたき付けた。


 それは重く温かく――愛しい義妹の濃厚な匂いがした。


「お兄ちゃんの変態! エッチ! のぞき魔! 義妹のパンツに欲情するダメ兄!」


「全部事実でございます!」


◇ ◇ ◇ ◇


「もうっ! 人の本棚を勝手に覗くなんてマナー違反だよ! 次やったら、許さないんだからね!」


「なら隠すべきじゃ」


「今ここでパートナー契約を解除して他人に戻る? 別に私は構わないよ? これから一つ屋根の下、他人と暮らすことになっても?」


「ごめんなさい僕が悪かったです。許してください咲さん」


 しばきあげバスタオルを受けてから十分ちょっと。

 場所は変わらず咲ちゃんの部屋。


 ベッドに腰掛けてふんすと息巻く咲ちゃん。

 そんな彼女に僕はうやうやしく頭を下げる。もちろん土下座だ。


 理不尽とは思わない。

 女の子だものそりゃ男には分からないこだわりはあるさ。

 とはいえ、年下の義妹にコテンパンに言われて、ちょっとだけしんどい。


 くすん。


「まったく。お兄ちゃんってば、なんでそんなに粗暴なのかな。彼女にこんなことしたら、一発で千年の恋も冷めるよ」


「大丈夫だよ咲ちゃん。君以外の女の子に僕はうつつをぬかしたりしないさ」


「そういう話じゃないでしょ。誤魔化さないの」


「……はい」


「どうしよっかな。なんか身体も心も冷めちゃったな。やめちゃおっかな」


 慌てて僕は顔を上げた。

 せっかく準備してきたのにそれはひどい。

 なんだかんだで、僕も楽しみにしていたというのに。


 年下で義妹なご主人様を眺めてクゥンと鼻を鳴らす。サディスティックに笑った咲ちゃんは、挑発的に微笑むと脚を組み替えた。


「なら、やることがあるんじゃないの?」


 どうすればと僕が聞く前に咲ちゃんが顔を横に向ける。

 自分で考えろってことだろう。


 誠実に行くのが吉か、それとも不誠実を覚悟で情に訴えかけるか。

 つい先日、男としてステップアップしたばかりの僕にはなかなか難しい。


 悩んだ末に折衷案。

 僕は顔を上げると咲ちゃんの隣に移動した。


「……咲ちゃん」


 逸らした視線の先に入り込むように肩を並べる。

 身長差の激しい僕たちだけれど座ればそこそこ同じ視線にはなる。


 鼻と鼻を向かい合わせて僕と義妹は見つめ合う。

 どっちも引かぬ意地の張り合い。


 しかし、そんなひりついた沈黙は、僕の反則技で強制終了した。


「……ちょっと、お兄ちゃん。やめて」


「……やだ。咲ちゃんが意地悪するなら、僕もするからね」


「……ん、もう! ダメだってばぁ!」


 そっと僕が手を回したのは彼女の脇腹。くびれの辺りに指を押し当てくすぐれば、すぐに「ぷっ!」と咲ちゃんが息を吹き出す。


 僕の義妹はくすぐり攻撃に弱い。

 とくに脇腹が弱点。ここを触られると無条件で声がでちゃうのだ。


 さわさわと今度は指の腹で撫でてあげると「あんっ!」と熱っぽい声が出る。

 彼女は自分の手を口に添えると笛を吹くように指を甘噛みした。


 爪先が義妹の吐息に濡れていく――。


 恋の駆け引きにルールは無用と誰かが言った。卑怯だと思うし不誠実だと思うけれども、咲ちゃんを失うことを考えればなんだってできる。

 自分の欲求に忠実に従って、僕はさらに義妹の脇腹を執拗に責める。


「……ん、ぁ。ダメだよ、お兄ちゃん」


「なにがダメなの? 咲ちゃんのお腹を触ってるだけでしょ?」


「いじわる……んッッ!」


 気がつくと咲ちゃんは僕に体重を預けていた。

 押し寄せる快楽の波にすっかりと溺れているようだ。息はすっかり荒くなり、噛みしめる指先には甘い蜜が滴る。義妹は瞳はかたく閉ざして必死に何かを耐えていた。


 彼女の視界が塞がれているのをこれ幸いに、僕は空いているもう一つの手をそっと彼女の身体に近づける。


 人差し指に意識を集中。

 狙うはただ一つ。彼女の身体のもっとも敏感な場所。

 それを身体の外側から、一撃必殺よろしくひと突きにする。


 僕は気配を殺して、咲ちゃんのかわいいおへそに指をかざした。

 そこから、ほんの少しだけ下がった場所。人間の気が集中する場所――丹田を見据えて僕は息をのんだ。


「咲ちゃん。かわいいよ」


「……ん、お兄ちゃん」


「ほら、力を抜いて。気持ちいいのくるからね」


 トンと下丹田を軽く刺激してあげれば、胸に抱いた義妹が激しく肩を震わせる。

 口から漏れる喜びを指を噛みしめて堪える少女。その姿は、これまでに見たどんな義妹の姿より怪しく、そして愛くるしかった。


 口の端からだらしなく垂れた彼女の喜びを僕は舐めとった。

 そのまま甘い喜びを追って義妹の唇の中へ。


 僕は咲ちゃんの熱を。

 咲ちゃんは僕の冷気を。

 激しくお互いに求め合った。


 そうやって、お互いの想いを混ぜ合えば――狙い通り、僕は義妹の怒りだけをピンポイントで冷ますことに成功したみたいだった。

 困ったような嬉しいような義妹の笑顔を眺めて僕は唇を拭った。


「……バカお兄ちゃん。せっかくかわいいの買ってきたのに」


 少し、熱処理が不十分だったらしい。

 下着に手を添えると、咲ちゃんが――不満げにそんな言葉を漏らした。


 彼女が手を添えている水色のブラジャー。

 言われてみれば、それは初めて見るものだ。今日のお昼に買ったに違いない。


 彼女の趣味じゃないレースがふんだんに入った下着。

 きっと、僕を喜ばせようとしたのだろう。なのに、僕は咲ちゃんを喜ばせることばかり考えて、彼女のそんな気持ちを拾い損ねた。


 汗が滲む前に、僕はそれを褒めてあげるべきだった――。


「ごめんね。僕のために着てくれたのに」


「……いま気づいても遅いよ」


 咲ちゃんの瞳に滴が浮かぶ。

 僕はそれに唇を拭った指先で丁寧に触れた。

 指の腹を濡らしたそれが思っていたよりも熱くて、申し訳ない気持ちになった。


 言うことを聞いてくれないダメな恋人に、あきれるように笑ったサキュバス。

 強がりかもしれないが、その笑顔に僕は少しだけ救われた気分になった。


 涙を拭った僕の指を義妹が慎重な手つきで絡め取った。

 遠慮がちな恋人繋ぎ。そんな手の形を愛しげに眺めながら、僕の甘えんぼな恋人はようやくえくぼを頬に浮かべてくれた。 


「ねぇ、お兄ちゃん」


「うん」


「脱がして。お願い」


 僕のために用意してくれた下着にそっと彼女は僕の手を誘う。

 淡い水色。上下で揃えたセクシーな下着。分厚いその肩紐を僕は指の腹でなぞると、彼女の背中のホックを僕はぱちりと弾いた――。

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