「ちがいます」

「本当にちがいますか」

「ちがいます」

「それでは、しかたありませんね。証拠はありませんから。単なる探偵の余興としてやっていることです。逮捕しようとか、世間的に追い詰めようなどという悪意は微塵もございません。しかし、もし、これが自殺ではなく、殺人であったなら、真相は暴かれなければならない」

 静さんは黙っていた。

「確かに、まだ証拠はありません。ですが、まだないだけです。いつか、見つかるかもしれませんね。あの事件が自殺ではなく、他殺だと知られたら。そうなったら、都合が悪いのは、奥さんなんじゃありませんか」

「いえ、あまり、主人と、そして、Kさんを侮辱するようなことはおっしゃらないでください」

「はい。わかりました。もう一人、話したい方がいるので、その人と話したら、わたしはすぐ帰ります。話したい相手というのは、あなたです」

 わたしはびしっと指を指した。別室で様子を見ているらしき下女であった。

「これは仮説です。この家で下女として働いているあなた。ずいぶん、古くから働いていらっしゃるのではないですか? というのもですね。こういう可能性も考えられるわけです。三十年前にKと静さんの間で三角関係にあった一人の女が、嫉妬に狂ってKを殺し、自殺として隠蔽し、静さんの一生を不幸にするために付きまとっていた。と、こういう可能性もあるわけです。そして、先日、その女は隙を見て、先生を自殺に見せかけて殺した。どうです、この可能性は? 下女のあなた、あなたの名前は何というのですか?」

「妻(さい)です」

 わたしはびっくりした。

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