第6話

 阿修羅の軍に攻められている城があった。その城の王は、とても勝ち目がないと嘆いていた。

「我が国を救ってくれるものなど誰もいまい。阿修羅と戦ってくれる者など、帝釈天の他にいるわけがない」

 王はいった。

 姫がうわさに聞いた話をした。

「彼がひょっとしたら、助けてくれるかもしれません。何でも、名前を呼べば、必ず助けに来てくれるとか」

「彼か。だが、彼が阿修羅の軍を敵にまわして勝てるだろうか」

「確かに、彼といえども、阿修羅の軍を敵にまわしたら、勝ち目があるとは思えません」

 王は嘆いた。

「ああ、どうしたらいいんだ。我々はむざむざ阿修羅に滅ぼされてしまうのだろうか」

「王さま、でも、彼は困った者を決して見捨てないといううわさです」

「うむ。彼の名を呼んでみるか」

「はい」

「彼は駆けつけてくれるだろうか」

 不安がる王に姫は懐疑的だった。

「わかりません。なんせ、相手は阿修羅の軍ですから」

「そうじゃのう。なんせ、相手は阿修羅の軍だからのう」

 そして、王と姫は口をそろえて、彼の名前を唱えた。

「ああ、法蔵菩薩よ。どうか、我が国を阿修羅の軍から救いたまえ」

 すると、法蔵菩薩がやってきて、ただ一人、阿修羅の軍に向かっていった。


 何度死んでも蘇り、ただひたすら戦いつづけるだけの神。人はそれを恐れて阿修羅王と呼んだ。

 阿修羅王が手下の阿修羅を率いて、王城に迫っていた。

 法蔵菩薩は、城門を開け、ただ一人、阿修羅の軍に立ちふさがった。

「阿修羅の軍よ。ぼくが相手だ。ぼく一人で、きみたちをもう一度、来世へ送ってあげよう」

 阿修羅の軍は、自分たちの前にたった一人で立ちふさがった男を好奇の目で見た。さて、あやつはどれほどの腕の者だろうか。

 全軍で攻めれば勝てるのはわかっている。だが、それでは面白くない。

 阿修羅の軍の中から、腕に覚えのあるものが一人出て、まずはその奇妙な男の相手をしてやることにした。

 阿修羅の軍。一人残らず、戦いに秀でた戦いの神たちである。

 闘神阿修羅は武具をいっさい身に付けない。素手であって、充分、他を圧倒する力の強さがあった。

 阿修羅の一匹と法蔵菩薩が、お互いに正面を向いて向かい合う。法蔵菩薩は手に剣を持っていた。阿修羅は素手だ。

「では、参るぞ、阿修羅たち」

 法蔵菩薩は、剣を振って舞った。

「おお」

 と、その見事な太刀さばきに阿修羅の軍から歓声があがった。

 迎え撃つ一匹の阿修羅は、その剣を六本の腕のうち二本を使い、白刃どりで受け止める。そして、法蔵菩薩を残った腕で殴った。

 法蔵菩薩は、阿修羅の拳をかわす。

 蹴る阿修羅。さらに、かわす法蔵菩薩。剣が、阿修羅の手から離れた。

 神足通をこの短距離で使い、阿修羅の不意を突く法蔵菩薩。見事、法蔵菩薩の剣は阿修羅の胸に刺さった。

 一匹の阿修羅が倒れた。

「きみは来世、貴族に生まれるだろう」

 法蔵菩薩がいった。

「おお。あやつ、かなりの使い手ではないか。相手にとって不足はないぞ」

 阿修羅たちは面白がって喜んだ。

 戦える。強敵と戦える。それが何より阿修羅にとって嬉しかった。


 そして、法蔵菩薩は阿修羅の軍の中に飛び込んで、剣を振るった。

 法蔵菩薩といえども、一筋縄ではいかぬ。阿修羅の軍は強い。どの阿修羅も、歴戦の猛者だ。ここに集まりしもの、すべて闘神なり。武具をいっさい身に付けぬ闘神なり。

 法蔵菩薩は、剣を振って舞った。

 延々と、数か月の間、戦いつづけていた。法蔵菩薩は休みなしだった。眠る時間もない。さすがに、法蔵菩薩は疲れてくるだろうと思われたが、法蔵菩薩は時々、甘露の実を食して、体力を回復していた。

 少しづつ、法蔵菩薩に殺されていく阿修羅の軍。

「惜しいものよ。これだけの軍を持って、もっと正義のために戦えば良いものを」

 法蔵菩薩のことばが口から出た。

「正義とは何だ。なぜ、おれを正義と認めない」

 法蔵菩薩のことばに、阿修羅王が腰をあげた。

 阿修羅王。阿修羅の中にあって、最も強く偉大な王。帝釈天と戦いつづけている阿修羅の王。阿修羅の軍の総大将。

 阿修羅王みずから、法蔵菩薩に勝負を挑んだ。

 阿修羅の群れの中で舞う法蔵菩薩を、阿修羅王は追い、強力な拳の殴打をした。

「素手で向かってくる潔さ、見事としかいいようがないな。それも何かきみたちの信念あってのことなのだろう」

 相手にする阿修羅の軍は豪傑ぞろい。

 その中でも、阿修羅王は、ひとつ抜きんでて強い。

 しかし、法蔵菩薩の剣はとどまるところを知らなかった。あの阿修羅王をして、法蔵菩薩の動きを見極めきれなかった。

 阿修羅王は速い。だが、法蔵菩薩はもっと速い。

 阿修羅王の拳が空をきり、法蔵菩薩の剣が阿修羅王の腕を切り落とす。

「腕の一本や二本、切り落とされて、負ける阿修羅王ではないわ」

 阿修羅王はそういって、なお、襲いかかってきた。

 凄まじい気迫の闘神。

 しかし、法蔵菩薩は、無双した。

 立ち並ぶ阿修羅の軍を相手に、ばっさばっさと斬り殺しつづけた。その数は千を超えた。

 強い。法蔵菩薩。

 とうとう、阿修羅王の腕は、六本、全部、切り落とされてしまった。

 まだ、足がある。

 そう思った阿修羅王であったが、

「おれは悪人だから、殺されるのはわかっていた。どうせなら、おまえのような善人に殺されたい」

 阿修羅王はいった。

 法蔵菩薩は手を緩めなかった。

 阿修羅王は、法蔵菩薩の剣で心臓を突き刺された。

「きみが来世、善行を積むなら、きみは貴族より良いものに生まれ変わるだろう」

 法蔵菩薩がいった。

「はははは、我が来世は、阿修羅と決まっておるわ」

 阿修羅王は笑った。

 法蔵菩薩は、阿修羅王の首を切り落とした。

 それから、法蔵菩薩は阿修羅の軍を一人残らず殺してしまった。

 最後の阿修羅を殺し終わると、法蔵菩薩はどこかへ立ち去った。

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