第5話
地獄の業火が人々を焼き焦がしていた。地獄の炎は、赤い中に黒さがあり、何とも不気味なものだった。
熱い。痛い。苦しい。
「早く死にたい。早く死にたい。頼むから殺してくれ」
地獄の住人が泣き叫んでいた。
それを地獄の獄卒が見つけて、いった。
「早く死にたいだと。そんな贅沢が許されると思っているのか。おまえたちは、時を数えるのを必ずあきらめるくらい長い間、地獄の業火に焼かれるのだ」
ある男がいった。
「いったい、なんで、おれたちはこんな苦しい世界に生まれてきたんだ」
地獄の獄卒が答えていった。
「それは、おまえたちが前世で罪を犯したからだ」
「前世って何だ?」
「前世とは、生まれる前のおまえたちの生きていたところだ。生き物は、何度も生まれ変わる。それを輪廻という。輪廻には始まりもなく、終わりもない。おまえたちは、何度も生まれ変わりをくり返しているのだ。そして、前世で罪を犯した者がここで地獄の業火に焼かれているのだ」
「でも、前世なんて覚えていないよ」
「覚えているわけがないだろう。だが、前世で罪を犯した者がここに生まれ変わるのだ。おまえたちの前世は、罪を犯した大罪人であろうな、おそらく」
熱い。痛い。苦しい。
「自分がどんな罪を犯したのかもわからず、責め苦を受けるのか」
「そうだ。それが地獄だ。親切に教えてくれるわけがないだろう」
熱い。痛い。苦しい。
「罪って何だ」
「罪とは、殺すこと、盗むこと、不倫すること、嘘をつくこと、酒を飲むことだ」
熱い。痛い。苦しい。
いったい、どういうわけだ。まったくわからねえ。おれがどんな罪を犯したのかもわからないが、なぜ、地獄なんてものがあるのかもわからねえ。
「おれたちのような悪人を助けてくれるやつがいるわけがないんだ。だから、どんどん悪いことをしてやる。もっと殺して、もっと盗んで、もっと不倫して、もっと嘘をついて、もっと酒を飲んでやる。どうせ、助けてくれないんだ。だから、どんどん悪いことをしてやる」
すると、地獄の獄卒がいった。
「おまえに地獄というものをよく教えてやろう。例えば、少しだけ、おまえを焼く火を弱めてやろう。どうだ。助けてくれる者があるだろう」
男は下卑た笑いをこめていった。
「なんだ。地獄に落ちても助かるのか。だったら、やっぱり悪いことをしてやる。もっともっと悪いことをしてやる。世の中をあまく見ているやつらに、ざまあみろっていってやる」
地獄の獄卒がにたりと笑った。
「ほうら、予想通りだ。おまえたちは、あまくするとつけあがる。これはどんなやつでもそうなんだ。だから、地獄では、わしの気まぐれがない限り、どんなことがあっても、地獄の業火を弱めることはないし、罪をつぐないきる前に殺すこともないのだ。生きたまま、火あぶりになって、ずっとずっと苦しむがいい」
熱い。痛い。苦しい。
「殺してくれ。どうせなら、今すぐ、殺してくれ」
「そんな贅沢が叶うと思ってか。おまえたちは死ぬこともできず、時を数えるのを必ずあきらめるくらい長く地獄で焼かれるのだ」
なんでだ。ちくしょう。なんで、こんな目にあわなければならないんだ。
「だいたい、殺すことが悪いことか? どうせ輪廻するんだろ。だったら、殺したっていいじゃねえか」
熱い。痛い。苦しい。
「盗むことが悪いことか。賢い生き方じゃねえか。労働の奴隷になるよりマシだろうが」
熱い。痛い。苦しい。・
「不倫することが悪いことか。愛がいっぱいあるってことじゃねえか。むしろ、褒めろよ」
熱い。痛い。苦しい。
「嘘をつくことが悪いことか。戦いは詭道なり。人生は戦いじゃねえか。すなわち、人生は詭道なり。嘘をつくことは悪いことじゃねえ」
熱い。痛い。苦しい。
「酒を飲むことが悪いことか。酔うと狂うじゃねえか。狂うことは変化することだ。変化することはいいことじゃねえか。すなわち、酔うことはいいことじゃねえか」
熱い。痛い。苦しい。
男は吠えた。
「悪いことなんて、どんな罪も、一方的な見方で、独善的なものだ。悪いことを決めてるやつは自分勝手だ。他人に迷惑をかけてはいけないなんて、先入観の思い込みだ。罪は、神の独善によって決まるものだ」
熱い。痛い。苦しい。
「世界なんて滅んでもかまわないんだ。刹那に滅ぶ世界を神も知っているだろう?」
すると、遠くで声があった。
「だが、おまえは苦しんでいるのだろう。ぼくは苦しみのない極楽浄土を作りたいのだ」
熱い。痛い。苦しい。
誰だ。誰の声だ。わからない。どうせ、くだらないやつの声だ。
「おれのしていることを知っているか。少しでも小便をすることなんだ。おれはこの小便で、地獄の業火が少しでも弱まればいいと思ってるんだ」
すると、隣の男がいった。
「おまえ、なんで、おれの足元に小便をするんだ?」
「そりゃ、おめえ、おまえの火が少しでも弱くなるように工夫しているんじゃねえか」
熱い。痛い。苦しい。
「そうか。小便の礼に、おまえ、ことば遊びに参加しねえか。おれたちで、ことばをいろいろ組み替えて、どうでもいいことばを新しく考え出しているんだが」
隣の男がいった。
「ことば遊び?」
「今、はんぞうぼさつだ。次は、ひんぞうぼさつだな。ふんぞうぼさつ。へんぞうぼさつ。ほら。次はおまえの番だ」
「そりゃ、法蔵菩薩だろ」
「まんぞうぼさつ。みんぞうぼさつ、。むんぞうぼさつ」
どうでもいい。
熱い。痛い。苦しい。
「こんな地獄に助けに来てくれるやつが誰もいないことが、神がまちがってる証拠だ。誰もおれたちを助けちゃくれねえ。誰も助けちゃくれねえんだ。罪は、神の独善だ」
そして、法蔵菩薩が現れた。
自分の名前を呼んだものをみんな救ってみせると願をかけた菩薩が現れた。
「ぼくは、地獄で小便を横に飛ばし、他人に施す者を見た」
法蔵菩薩がいった。
「なんでえ? 誰でえ?」
「きみを助けに来た」
法蔵菩薩がいった。
男は驚いた。
「地獄の獄卒よ。ぼくが相手だ。この者を今すぐ殺してあげる。もう地獄は終わりだ。きみの罪は今すぐ償われた。今すぐ死んで生まれ変われ。次の来世で、善行を積めば、貴族より良いものに生まれ変わるだろう」
そして、地獄の獄卒が止めるのを制して、法蔵菩薩は男を地獄で殺した。
地獄の罪を酌量した。
来世、彼は何をするだろうか。
これが正しいことだろうか。法蔵菩薩はまだ悟っていなかったため、迷いを生じたが、すぐに次の行いにとりかかった。
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