第4話

 ある寂れた村に、何十匹の餓鬼たちがいた。

 餓鬼たちは、村中を荒らしまわって、食えるものを探した。台所を漁り、ゴミ捨て場を漁り、倉庫を漁った。腹が減って、腹が減ってしかたがない。とにかく、何か食わなければ。

 崩れた一軒家で見つかった握り飯をめぐって、餓鬼たちが奪い合いになった。

「おれのものだ」

「うるせえ。おれが食うんだ」

「どけ。あたしのものだ」

 餓鬼たちは一個の握り飯を巡って、殴り合い、奪い合い、盗み合い、隠しあった。握り飯は崩れて、落ち、餓鬼たちは、地面に落ちた米粒を一個一個拾って食った。

 美味い。腹が減っていると、何を食べても美味い。

 元は一個の握り飯であったものが、崩れて、地面に落ちたものを、ひたすら奪い合ってとって食べたが、全然、飢えは満たされなかった。

 まだ、飯が足りない。もっと飯を。もっと飯を。

 どこかにあるはずだ。飯を探せ。

「握り飯の具は美味かったなあ」

「何。おまえ、具を食ったのか。よこせ」

「嫌だね。もう食っちまった」

「まだ、米粒が落ちてるかもしれねえ。どけどけ」

 そして、餓鬼たちは何もなくなった村で、食い物を探して、ひたすら奪い合った。

 ある者は、木の戸を食い始め、ある者は、土を食い始めた。

 本当に、腹が減って、腹が減って、しかたなかった。何でもいいから、食べたかった。みなが飢えていた。餓鬼たちは、みな、飢えていた。

 余計な知恵などあると不幸になるのであろうか。

 ある餓鬼が思いついた。

 それは、決して思いついてはいけないことであったかもしれない。

 思いつかない方が幸せであっただろう。

「なんだ。食い物がないなら、人間を食べればいいじゃん」

 餓鬼たちはその知恵に感嘆した。

 なんで、今まで気付かなかったんだろう。

「それ、こいつを焼いて食おうぜ」

「焼いてる暇なんてあるものか。生で食おうぜ。切りさばけ」

 標的になった餓鬼が包丁で肉を切り取られて、食べられ始めた。

 人の肉を食う。人肉食であった。まさに餓鬼界に落ちた者のたどりつく様だった。

「ああ、痛い。でも、おれも食いたい」

 肉を切り取られている餓鬼が、自分の肉に食らいついた。

 そして、その餓鬼は食らい尽くされてしまった。

「できるだけ太ってるやつを食おうぜ」

 みんなが、次の標的を探し始めた。

 死ぬのが怖い。

 腹が減っているのに、ここまで餓鬼は生に執着し、欲に執着するものだと思うと、すごく怖くなった。

 そして、一人の女の餓鬼がいった。

「もう、こんなの嫌だ。助けて、法蔵菩薩」

 その餓鬼が法蔵菩薩の名を知っていたのは奇跡のようなものであった。餓鬼にそんな知恵があったとは驚きである。

 そして、法蔵菩薩がやってきた。


 法蔵菩薩は、餓鬼たちを前にしていった。

「餓鬼よ。ぼくに勝てるか。この法蔵の体を食ってみるか」

 餓鬼たちは法蔵菩薩に襲いかかった。

「やれ。次の食い物はあいつだ」

 何十匹の餓鬼が法蔵菩薩を襲う。

 だが、法蔵菩薩は、手に持った槍で餓鬼たちを次々と突き殺していった。

「きみたちは来世、貴族に生まれ変わるであろう」

 法蔵菩薩はいった。

 餓鬼が跳んで、跳ねた。

 法蔵菩薩は、惑わされることなく、正確に餓鬼を槍で突き殺す。

 餓鬼の群れが次々と襲ってくる。法蔵菩薩は、槍で一匹一匹突き殺しながら、後退していった。それほどに激しい餓鬼の群れの押し寄せであった。

 だが、だんだん、法蔵菩薩が逆に押し返すようになり、餓鬼は、一度に二匹三匹と同時に突き殺された。餓鬼たちはどんどん突き殺された。

 法蔵菩薩は、やがて、ただ一匹の餓鬼を除いて、すべての餓鬼を突き殺してしまった。

 残った一匹の餓鬼はいった。

「お腹が好いた」

 この餓鬼こそ、法蔵菩薩の名を呼んだ餓鬼であった。

「森へ連れて行ってやろう。そこで狩りをするといい」

 法蔵菩薩は神足通で森へ餓鬼を運んだ。

 森にたどりついた餓鬼は涙を流して喜んだ。

「きみが善行を積めば、来世は貴族より良いものに生まれ変わるであろう」

 こうして、法蔵菩薩は去った。

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