第3話
戦場であった。
修羅のごとく人々が争い憎み合う戦場であった。
何十万人の兵士と何十万人の兵士が白兵戦を展開していた。お互いに国家の威信をかけた負けられない戦争だった。
軍律は厳しく、国土は困窮し、第三国が栄えた。
だが、それでも戦わねばならなかった。
みんなが銃を撃っていた。弾丸の雨が飛ぶ。人は容赦なく死に、さながら生き地獄のようでもあった。これが生きることなのか。修羅となって相争いつづけるのが人の逃れられない宿命なのだろうか。誠に悲しいことであった。
そんな中、一人のダメ兵士がいた。
上官がダメ兵士をぶん殴る。
「貴様、なぜ、銃を撃たん。貴様はわざと銃を外して撃っているのではないか!」
上官の怒声が響く。
ダメ兵士は小便をもらして言い訳をした。
「すいません。自分は人を、敵を殺せません。殺したくありません」
「バカもん」
ぼかっとまた上官がダメ兵士を殴った。
「貴様、まさか、敵のスパイではないだろうな。この裏切り者があ」
「じ、自分は裏切り者ではありません。正真正銘の日本国民であります」
「そんなことはわかっとるわあ。バカもんがあ」
さらに、上官がダメ兵士を殴った。
ダメ兵士の口からは血が流れていた。
「我々、日本軍人は、戦場に命をかけ、もし死んでも靖国で会うと誓ったはずではないかあ」
「はい。その通りであります」
「なのに、敵兵士を銃で撃てないとは何ごとかあ」
ぼかっとまた上官がダメ兵士を殴った。
「貴様を助けるために死んだ仲間に申し訳がたたないと思わんのか、このバカものがあ」
「それでも、自分は敵兵士を殺せません」
また上官がダメ兵士を殴った。
「いつ敵の攻撃があるか、わからん。今日の訓練はこのくらいにしておいてやる。休憩しておけ。わかったか」
「わかりました。上官殿」
ぼかっとまた上官がダメ兵士を殴った。
戦場には死体がごろごろ転がり、血が大地にしみていた。
なぜ、わたしは生きのびたのだろうか。
ダメ兵士は考えた。
どうしたらいいのかわからない。ダメ兵士は、この世の無常を嘆いて、ただひとこと、空に向かって呟いた。
「どうか、この迷える我が魂を救いたまえ、法蔵菩薩よ」
ダメ兵士は、自分の不甲斐なさをかみしめながらも、不殺の誓いを貫く信念を強く念じるのだった。
そして、次の日も戦場で銃弾が飛び交っていた。
そこに、法蔵菩薩がやってきた。
名前を呼ばれたので、ダメ兵士を助けに来たのだ。
「相食むは、畜生界のなす業であるなあ」
法蔵菩薩はそうダメ兵士に語りかけた。
ダメ兵士はただ黙っていた。
「畜生界に住むこの者たちをみな、転生させよう」
法蔵菩薩がいった。
そして、法蔵菩薩はマシンガンを持って戦場に躍り出た。
法蔵菩薩は戦い合う敵味方の兵士全員を容赦なく銃殺し始めたのだった。
「来世、きみたちは貴族に生まれるだろう」
法蔵菩薩は、戦場を走った。飛び交う弾丸をすべてかわし、敵味方の兵士全員を銃殺しつづけた。
「乱心した兵が出たぞ。乱心した兵が出たぞ」
味方の兵が叫んでいる。
「あれは、生身の人間ではない。何か、とんでもない怪物だ。化け物だ」
そういうものもあった。
瞬間移動して現れては、銃を撃ってくる法蔵菩薩の弾丸をかわせる者はいなかった。
次々と兵士たちは法蔵菩薩に殺されていった。
歩兵も、工兵も、男性兵も、女性兵も、操縦者も、みんな死んだ。一等兵から、大佐、将官に至るまで皆殺しになった。
法蔵菩薩は、戦場にいた何十万人の兵士を一人残らず、銃殺した。
たった一人、ダメ兵士だけが生き残った。
「彼らはみんな来世、貴族に生まれるだろう」
法蔵菩薩はそういった。
「戦争は終わったのでありますか」
「そうだ。戦争は終わった。きみは善行を積めば、来世、貴族より良いものに生まれ変わるだろう」
そして、法蔵菩薩は消えた。
ダメ兵士は、一人、故郷へ帰還し、戦後の復興のために汗して働いた。
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