第3話

「親に年末だから部屋を片付けろって言われたんだけど、僕一人じゃどうにもならない。そこで清水さんの掃除スキルを見込んで頼みがあるんだ」

「いやだ」

「君は駅前にあるカフェのストロベリーパフェが大好きらしいね。お礼にご馳走するよ」

「……くっ、小癪なっ」

 というわけで。

 パフェにあっさり釣られた私は廣井くんの家に大掃除の手伝いとして招かれ、大きなビニール袋四つをパンパンにしたところで息を吐いた。

「ふぅ、こんなとこかな」

「僕の思い出たち……」

「最後に何か伝えたいことがあれば今のうちだよ。もうお別れだから」

「それ完全に悪役のセリフだよ」

 口を尖らせる彼に「いいからキミはそっち持って」と二つのビニール袋を示した。

 私たちは両手にゴミ袋を持って斜向かいのゴミステーションへと運ぶ。玄関を出る際、廣井くんの母親に「本当に、本当にありがとうね……!」と拝まれてしまった。

 どさり、と重たい袋をゴミステーションに置いた私は大きく伸びをした。

「やっと終わったー!」

「うん、終わったね。もうお別れだ」

 ゴミ袋を見つめて悲壮感を漂わせる廣井くん。

 私はその視線を奪うように大きな声を出した。

「さてさて過ぎたことは忘れてパフェでも食べに行こうよ」

「まあ、ね。そうなんだけど」

「それにね、キミは帰ったら驚くと思うよ」

 私は彼に笑ってみせた。

 彼は呆けたような表情でこちらを見ている。

「うわあ、僕の部屋こんなに綺麗だったんだーって!」


***


「女子高生には二種類いる。生クリームを無限に食べられる者とそうでない者だ」

「清水さんはどっちなの」

「私は別に生クリームは無限に食べられるけどそれだけじゃ途中で飽きちゃうからイチゴ挟んでくれたら最強タイプ」

「ストロベリーパフェの天敵は女子高生だったのか」

 そんなことを喋っているうちに、赤と白の芸術作品のようなパフェが目の前に置かれた。

 さっそくひと口。

「…………」

「……あれ、清水さん?」

 軽い生クリームは口に入れた瞬間にふわりと口の中で消えてしまう。今食べたことを忘れてしまうほどに軽い。そして残された甘い香りと芳醇な幸福を楽しんで、また次のひと口を持ち上げる。

 また時折甘さに溢れた舌の上にほどよい酸味のイチゴの果実が乗り、その心地よい刺激に私の心は揺さぶられる。

 うわぁ、なんだこれ。うわぁ、神じゃん。

「……私、このパフェに出会うために生まれてきたんだと思う」

「幸せそうで何より」

「廣井くんはコーヒーだけでいいの?」

「うん。あんまりお腹空いてなくてさ」

「…………………………ひと口いる?」

「そんなに嫌そうな顔で言わなくても」

 全部お楽しみください、と彼が言うので私はお言葉に甘えることにした。ぱくぱくと口に運ぶと、パフェはすぐになくなってしまった。

「案外少なかったなあ」

「無限って誇張表現じゃないんだね……」

 理由は分からないが廣井くんが少し引いていた。

 私はセットのストレートティーに口をつける。

「でも今日はありがとね。大掃除手伝ってくれて。おかげですごく綺麗になったよ」

「色んな思い出を処分しちゃったけどね」

 私は笑って言うと、彼は苦笑した。

「いや、うん。まあそうなんだけどさ。でも清水さんを見てるとそれでもいいかもなって」

「え、私? なにそれ」

「なんていうのかなあ」

 廣井くんはブレンドコーヒーを啜って、カップを置く。


「君はパフェを見てるんだなって思った」


 彼は覗き込むように私の目を見た。

「パフェ? どういうこと」

「楽しい未来、って意味だよ」

「未来?」

 彼の言葉の意味が理解できず訊き返すと「うん」と彼は頷く。

「君は掃除が得意だ。どんどん物を捨てられる。自分の未来にとってそれは必要か、それは本当に大切かどうか見極める目があるんだと思う」

 思い切りがいいのもあるんだろうけど、と彼は笑って言う。

「でもその目は、サボテンばかり見てる僕にはないもので、本当に羨ましいと思った」

 彼は一瞬だけ私から目を逸らした。

 そして、もう一度目を合わせて。

「だから僕も君の見てるものを見てみたいと思って、少しだけ視点を変えてみたんだ。自分の未来に目を向けてみた。そしたら気付いたんだ」

 静かに言った。

「僕は清水さんのことが好きだなって」

 その言葉にティーカップを落としそうになって、私はすんでのところで握り直す。

「……うそでしょ?」

「いや本当だよ。むしろ何も思ってない人を部屋に招くと思ってた?」

 僕はね、と廣井くんは微笑んだ。


「10年後も君と一緒に大掃除をしたいと思ったんだ」


 彼があまりに堂々とした告白をするから。

「……こういうとこは思い切りがいいんだね」

 私は少し恥ずかしくなって、目を逸らす。

 こんな展開は想定していなかった。

 ただ、まったく考えてなかったわけじゃない。

 手伝いに来てと頼まれたあの日から、彼を意識していない訳がなかった。

 そう。

 彼の言葉を借りるならこうだ。


 ――何も思ってない人の部屋に掃除の手伝いに行くと思ってた?


「その後のパフェも、忘れないでよ」

 そして小さく呟くように続ける。

「私も――です」

 廣井くんは跳び上がるように前のめりの姿勢になった。 

「え、聞こえなかった」

「あら残念」

「うそ、もう一回」

「次は10年後かな」

 えええ、とショックを受けた顔で彼は言う。

「未来がどうなるかなんてわかんないよ」

「キミが変わらないなら、私の気持ちも変わらないと思うけど?」

 私の明るい未来のために、今度ははっきりと伝えた。

「10年キミのままなら好きだよ」

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