第2話
真佐紀は自分がこれから多神教徒の偶像が祭ってある寺院に行こうとしているのを伊煮に告げた。伊煮は承諾したが、他にも異教徒の仲間がいることを教えてくれた。
「無神論者の仲間がいるのか?」
真佐紀はそう質問したが、
「無神論者の仲間もいるけど、遠いところにいる。これから会うのはキアゲゴーという名前の贖罪教徒だ」
「贖罪教徒か」
贖罪教徒は贖罪教徒でまた神を信じている。贖罪教徒の信じる神は、真佐紀の信じるスサノオなどの多神教とは大きくちがい、むしろ、平和教徒の唯一神に近い。ただし、詳しくは真佐紀は知らないが、平和教徒の神と贖罪教徒の神は、歴史的には同じ神なのだそうだが、贖罪教徒の神は、神でありながら神の子であり、神の子でありながら人として生まれたのだという。その神の子として生まれた人は、死罪になり処刑され、その後、神の子であるため復活して奇跡を起こしたという。さらに、その神の子は父なる神と同一であり、いずれ来る裁きの時に贖罪教徒が死後、復活することを約束し、父なる神のもとへ帰ったのだという。
そういうわけで、贖罪教徒の教えはとても複雑でわけわからないものであると真佐紀は考えていた。平和教徒にとっては、神はいかなる子ももうけなかったのであり、神の子を信じる贖罪教徒は敵対する異教徒であるという。真佐紀の多神教が悪魔といわれるように、贖罪教徒の教えも悪魔の教えに近いのだろうと真佐紀は思った。
しばらく歩くと、平和教徒の五人の男が剣を持って立ちふさがった。伊煮は黒装束のベールを外している。これは平和教徒なら、夫以外には肌を見せてはならないことになってるはずだ。
平和教徒の五人の男は、ぐへへへと下卑た笑い声をあげて近づいてきた。
伊煮の顔を見られている。伊煮はかなりの美人なので、妻にしようとする平和教徒は多いだろう。もし、伊煮が無神論者だと知られたら、どうなるかわからない。
真佐紀も戦うしかなかった。
異教徒は冒険者であるのだから。
剣を抜いた真佐紀を見て、伊煮がいった。
「あたしに任せて」
何をするつもりなのか真佐紀にはわからなかったが、伊煮は、ポケットから金属をとり出すと、五人の男に順番に向かって引き金を引いた。
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ。小さな音が五つ響いた。
すると、五人の男はみんな体に手を当てて倒れ始めた。
「いったい何をしたんだ」
真佐紀が驚いていると、
「これは銃というのよ。無神論者の間では広く知られているんだよ」
と伊煮は答えた。
五人の男はそのまま倒れて動かなくなってしまい、伊煮はあっという間に五人の男を倒した。一人で。信じられないことだった。
「わからない。まったく、何が起こったのかわからないよ。きみは魔術師か何かなのかい?」
真佐紀は思わず疑問を口にしたが、伊煮は激しくそれを訂正した。
「ちがう。魔術じゃない。科学よ。あたしたち無神論者は科学を使うの」
科学。初めて聞くことばだ。
「きみたち、無神論者には謎が多そうだね。無神論者にはおれも気をつけた方がよさそうだ」
真佐紀はそういった。
伊煮は五人の男を放っておいて歩き始めた。真佐紀もついていかざるを得ない。
「これから会う贖罪教徒も、その、銃を、使うのかい?」
真佐紀は恐る恐るたずねた。
「まさか。銃を使うのは無神論者だけよ。贖罪教徒もなんだかおかしな古風な人たちね」
「ふうん。古風ね」
伊煮は黙って歩きつづける。
「あれ、ひょっとして、きみっておれたち多神教徒も古風な連中だと思っていた?」
「そうね。古風だと思っているよ」
真佐紀はすごく残念だったが、仕方なかった。
「うん。古風ね。古風。そうか。おれたちは古風か」
真佐紀にはまだその意味がよくわからなかったが、五人の男を簡単に倒した伊煮の無神論者の魔力を信じざるを得なかった。魔力というのか、神通力というのか。
しばらく行くと、一人の髪のぐちゃぐちゃな男がいた。何日も風呂に入ってないような様子だ。
「彼がキアゲゴーよ」
伊煮が男を紹介した。
「この人は、八田真佐紀。多神教徒よ」
キアゲゴーという男はふてぶてしく答えた。
「多神教徒か。どの多神教徒だ。多神教徒は種類が多くてわからん」
真佐紀は正直に答えてやった。
「神道と仏教と道教のごった煮のようなものさ。直接は、スサノオって英雄神を祭ってる。まぎれもない多神教徒さ」
「そうか。おおかた、日本人なのだろう? おれは贖罪教徒だ。罪を背負っている。生きるということは救われない。絶望だ。ただ、この世には絶望があるだけだ。絶望することは罪であり、その罪はキリストによって償われる。おお、イエスよ、我を救いたまえ」
キアゲゴーはそういった。
「なんだか、変わった人だね。はは」
真佐紀は軽く笑って答えたが、伊煮は深刻にいった。
「とても惨めな人よ。資産家なのにまったく幸せになれないの。不器用な人なのよ」
「それは不器用なんじゃなくて、たぶん、平和教徒にならないからさ」
真佐紀はどうどうとそう答えた。
キアゲゴーは、
「おおお」
と頭をかかえ、
「きみを仲間に迎えよう」
と叫んだ。
真佐紀は、
「どうぞ、よろしく」
と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます