第3話
街道の曲がり角に鳥の入った箱があって、伊煮はその箱の中の鳩の足に手紙をつけて伝書鳩を飛ばした。
「あたしたち、スサノオの像へ向かっているのよね」
「そうだよ」
伊煮の問いに真佐紀が答える。
「スサノオの像で四人目の仲間と落ち合う約束を手紙に書いて飛ばしたよ」
「四人目の仲間?」
真佐紀は伊煮とキアゲゴーの顔を見比べた。
「いったいどういう仲間だい?」
すると、キアゲゴーは顔をしかめた。
「あの変態変人人間か」
キアゲゴーが伊煮の顔を見ると、伊煮は
「そうよ」
と答えた。どうやら、その人物は二人の間で変態変人人間として通っているようだった。
「信用できる人物なのか。一歩まちがえば、おれたちは殺されてしまうぞ」
「信用はできる。そうよね、キアゲゴー?」
伊煮がキアゲゴーを見た。
「確かに、あの変態変人人間はどこをどうしても平和教徒になどならないだろうな」
それを聞いて、真佐紀は安心した。
「どんな人間なんだ。その人の信仰は何?」
聞くと、ひと呼吸置いて、伊煮が答えた。
「オタク教徒よ」
「オタク教徒!」
聞いたことのない信仰だった。オタクというものは聞いたことがある。ある特定のものに偏執的な興味を抱く内向的人物のことである。
「会えばわかるわ」
「その男はいったいどんな種類のオタクなんだ」
真佐紀が聞くと、伊煮は、
「女よ。まだ若いよ」
と答えた。
ごくり。なぜかつばが出る。
「女性なら、その人も黒装束を身に付けているのかな。その、いくらなんでも女性が平和教徒の前でベールを付けないわけにはいかないと思うんだが」
「着ぐるみを着ているわ。ライオンの着ぐるみよ。それでなければギリ―スーツ」
ライオンの着ぐるみ。もしくは、ギリ―スーツ。確かに、すごいオタクそうだ。しかし、もし、平和教徒にベールを着ていないとバレたら、殺されてしまうのではないか。
「ええ、バレたら殺されるでしょうね。それくらいには過激派よ」
すごい女がいたものだ。
「なぜ、彼女はそこまでオタク趣味に心酔しているんだ。何がきっかけだったんだ」
「漫画やアニメだそうよ」
「そうか」
なんとなくわかった気がした。
それから、ぼくらは黙々と砂漠の街道を歩き、巨大スサノオ像のところへやってきた。初めて見る聖地だ。平和教徒の手を逃れて、まだ存続しているのだ。
巨大スサノオ像につくと、すぐにポロという女の子は見つかった。ライオンの着ぐるみを着ているのですぐわかった。
「あなたがポロさんですか」
「初めまして。ポロです。よろしくお願いします」
ライオンの着ぐるみはぺこりと頭を下げた。
「四人目の仲間だと聞いています」
「はあ、わたしが四人目の仲間になるのですか。それは迷惑をかけます。よろしくお願い致します」
「いや、そんなに丁寧にしなくて大丈夫ですよ」
格好は着ぐるみなのに謙虚な人だ。
「実は、多神教徒さんがいらっしゃるとうかがったのですが」
「ああ、おれがその多神教徒ですよ。今日、村を襲撃されました。生き残っている人が大勢いればいいんですけど。望みは薄いでしょうね」
そして、少女たちは輪姦されているのだ。
「それはおかわいそうに」
「ええ。絶対に復讐することをこのスサノオ像に誓いますよ。えいえいおう」
「えいえいおう」
真佐紀が拳を挙げると、ポロも拳を挙げた。
「本当に多神教徒なんですね。今時、こんな古い銅像を信仰している人がいるとは」
ポロがいう。
「古風なのよ」
伊煮がいう。
「彼も絶望しているのだ。すべての絶望は神に帰る」
キアゲゴーがいう。
「これからどうしましょう」
ポロがいう。
「それが、おれが思うに、伊煮の持っている銃があれば、平和教徒の世界統治をくつがえすこともできるのではないかと思う」
「あら、気づいていたのね」
伊煮がいう。
「そりゃ、目の前で五人をあっという間に倒せば、それは可能さ」
「それなら、今から無神論者の仲間の元へ向かってもいいよ。ただし、条件があるのよね。それはあなたたちが、多神教徒や贖罪教徒やオタク教徒ではなくなり、無神論者になることよ。心の底から改心したとあたしが判断したら、連れていくわ」
真佐紀は迷った。
「銃は充分な数あるのか」
「あるよ。でも、多神教徒や贖罪教徒にそれを渡すわけにはいかない。そんな古風な信仰は捨てて、先進的な無神論を身に付けてもらわないとダメだよ」
真佐紀は迷った。
「考えさせてくれ」
そして、巨大スサノオ像の休憩所で眠った。
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