異教徒たち

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 神は唯一にして絶対である。

 我を唯一絶対の神として崇め、我以外を神として崇めてはならぬ。


 平和教徒の基本教義である。平和教徒は中世になって成立した宗教で、その慈悲深い教えによってあっという間に大陸中に広まり、世界全土を覆い尽くした。世界中で平和教徒こそが正統なる教義であると認められ、平和教徒はみるみるうちに勢力を拡大し、各地の実権を握っていった。

 神は万物の創造主であり、全知全能であり、天地の所有者であり、寛大で慈悲深い。この教えは詠唱集としてまとめられ、平和教徒によって世界中に広められた。

 詠唱集にはまたこうも書いてあった。


 <多神教徒と無神論者は殺せ>


 ラルクという青年がいた。平和教徒によって神に選ばれた勇者と認められ、多神教徒と無神論者を殺していくことが使命であった。

 ラルクは平和教徒を引き連れて、多神教徒の村を襲った。男は皆殺し。女はみんなひっ捕らえて奴隷にする。一夫多妻制の平和教徒は、男がいくらでも妻をもつことができた。だから、多神教徒の村を好んで襲っては男を殺し、女をさらった。ラルクもまた二十四人の妻をもつ若き平和教徒の戦士であった。

 煙立つ砂塵の中に平和教徒の兵隊が並ぶ。神に選ばれし戦士ラルクの指揮に従い、朝日が昇り次第、多神教徒の村へ攻撃を仕かけるつもりだ。負けるはずがなかった。彼らは神に育まれた戦士であるし、神に従う限り、勝利は疑いの余地のないものだった。

 神は全知全能である。神はその下僕たる平和教徒の兵士に必ず勝利を与える。叛逆する者は一人たりとも生かしてはおかない。

 一方、多神教徒の村では、八田真佐紀が英雄神スサノオの神示を受け、これに迎え討とうとしていた。

「ふう。民族存亡の時である。我が村は勝てるだろうか、あの世界最強の平和教徒に」

 八田真佐紀は慌ただしく走りまわる村人に声をかけた。

「勝てないのならどうするのです。改宗しますか、平和教徒に」

「いや、それはない。我々は古代の神々の血を引く栄光ある多神教徒だ」

「ならば戦うしかないでしょう。勝負は時の運ですよ。万が一、勝ち目がやってくるかもしれませんからな」

 真佐紀はしかし、思い悩んでしまった。

「何か策を練らなければ、勝ち目はない」

 このままでは村の女をみんな連れ去られてしまう。村の女が連れ去られ、無理矢理犯されるのだと思うと、なぜその機会を同じ村人である真佐紀に与えてくれなかったのか、みずからの運命を恨んだ。それは、多神教がまちがっていることの証明になり、一神教である平和教徒が正しいことの証明でもあった。真佐紀は英雄神スサノオへの信仰を疑うことにもなり、村の士気は下がり、投降しようとするものも出てくるあり様であった。何より、村の女たちがかわいい女もいるのに、どことなく多神教より平和教の方を好んで憧れている気配すらあったので、ますます真佐紀は憂鬱になり、自分たちはただの時代遅れの勘ちがい民族なのだと考えずにはいられなかった。

 戦えば、負けるのはわかっている。しかし、戦わなければならない。

 真佐紀は剣をとって、村の境に立ち、平和教徒の軍を待った。

 そんな真佐紀に向かって、平和教徒の軍の先頭を歩くラルクは言った。

「おまえたちの信仰する英雄神スサノオは悪魔である。悪魔スサノオを信仰する村をこれより虐殺する」

 真佐紀はすっかり志がくじけてしまった。ああ、おれたちの信じてきた神は悪魔だったんだ。それなら幸せになれないのも仕方ない。虐殺されるのも仕方ない。そう思われた。

「突撃」

 ラルクの号令とともに、平和教徒が一斉に走り出した。剣を振りまわして、襲ってくる。

 真佐紀は最初に剣を交えた一人を倒すと、これ以上は無理と村を捨てて逃げ出した。

「多神教徒の村に生まれたのが悪いんだ。何もここで死ぬことはない。生きていれば、きっとやり直す機会も巡ってくるさ」

 そして、英雄神スサノオとさまざまな神々を信仰していた多神教徒の村は滅びた。八田真佐紀は生きのびて、砂漠を歩いていった。

「はあはあはあ。ここまで逃げれば大丈夫か。どうせ、あいつらは女に夢中でおれなんて眼中にねえ」

 真佐紀は砂漠の街を歩いて逃げると、一人の黒いベールを着た女に出会った。

「この辺りで戦さがあると聞いたのだが、そなたは多神教徒の村の生き残りか」

 真佐紀は平和教徒の女だと思ってかしこまった。女が一人だ。まだ終わりじゃねえ。

「ああ、おれは多神教徒さ。殺されるのも当然の悪魔の民族だよ。おまえさんは神に導かれし平和教徒の女なんだろう?」

 すると、黒いベールの女は顔からベールをとって、その美しい顔を見せた。

「あたしは伊煮。平和教徒の振りをした無神論者だ。安心しろ。おまえを平和教徒に引き渡したりはしない。あたしは科学を学ぶ無神論者だ」

 真佐紀は大きく驚いた。こんな美しい女が無神論者だということにも驚いたし、何より、無神論者に会うのは初めてだった。

「無神論なんて信じて、死後、地獄に落ちたらどうするんだ」

 真佐紀は本気で心配したのだが、伊煮は平然と答えた。

「死後の世界なんてないさ。天国も地獄もない。神もこの世にはいない」

「助けてくれるのか」

「歓迎しよう。あたしたちは同じ異教徒だ」

 伊煮が明るく笑った。

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