第2話

 幽霊系美女、これからは探偵助手と呼ぶが、探偵助手がぼくを事務室の奥にある外から見えない別室へ案内してくれた。依頼はそこで聞くらしい。探偵助手についていって、奥の部屋に入ると、奥の椅子をすすめられた。促されるままにぼくは座る。探偵助手は隅の机で計算機を打つらしく、その机に座った。そして、探偵がぼくの前にドカッと椅子に座った。

「それでは、きみが知りたいことを聞こう」

 探偵が探偵助手の出した珈琲を飲みながらいう。ぼくが出された珈琲を飲む時機をうまくつかめず、そわそわしていたら、探偵の方から

「飲みたまえ。毒は入っていない」

 といわれて、慌てて珈琲を飲んだのだ。香りのよい美味しい珈琲だった。かなりの上物だ。すると、探偵が自分も珈琲を飲んで、前述したとおりに聞いてきたのである。

「なぜ、ぼくは生きているんですか」

 それがぼくの調査依頼だった。

 探偵も、探偵助手も、ちょっと驚いていた。目を丸くしている。

「おや、ずいぶんと深淵な謎だねえ。きみはなぜ生きているのか。生まれたから生きているといえるし、死んでないから生きているともいえる」

「そんな月並みな返答は聞きたくありません。ぼくが生きる理由を教えてください」

 探偵は、腰を浮かせて喜んでいた。

「おお、実に青少年らしい悩みだ。まあ、確かに、きみが殺人事件の捜査を依頼するより、不倫現場の写真を撮って来いというよりは、そのような人生相談の方が確かにありえるべき疑問だったね。これは、これは。なかなか、頭脳明晰な鋭利闊達な依頼人ではないかね。うむ、けっこう、けっこう」

 探偵は、気分を害することもなく、ぼくの相談にのってくれた。

「まあ、おおよそ見当がつくということもあるんだよ、ある程度、人生を経験するとね。もういきなり結論に入ろう。きみが生きる理由を気にするのは、今、きみが欲求不満になっている可能性が高い。毎日が充実した暮らしをしている連中はそんな悩みをもったりしないものさ。つまりだね、きみはずばり、死にたがっているんだろう」

 ぼくが死にたがっている。それは、ぼくの依頼した内容とちょっとちがっている。ぼくは、ぼくが生きている理由を聞いたのであって、死にたがっているという心の中を読みとられることを依頼したのではない。これは少し話がちがう。ぼくは釈然としないまま、相槌を打った。

「そうです。ぼくは死にたがっているんです。なぜわかったのですか」

 探偵は珈琲をまたちょっとすすって答えた。

「どうやって死にたい」

 ぼくは面食らった。なぜ、こんなことを聞かれているのだ。この質問に真面目に答える必要があるのか。

「死ねばどうだっていいです」

 探偵は、両手の手のひらを上にあげて、大げさな仕草をした。

「わかってないね。いいかい、聞きたくないかもしれないけど、よく聞くんだ。きみは可愛い女の子とエッチしてから死にたいんだ」

 ぼくは黙りこんだ。探偵はしつこくつづける。

「きみは、可愛い女の子とエッチしてから死にたいんだ。もうまちがいないんだよ。それでね、可愛い女の子とエッチしたら、きみは別に死にたくなくなるのさ。それで、なぜ生きているのかもたいして重要な設問だと思わずに生きていくよ。これでなぜきみが生きているのかはだいたいのところ検討がつくじゃないか。そうだろ」

 ぼくは言い負かされてしまった子供のように、意地悪く相手の論理の弱点を探した。ぼくは、ぼくが生きている理由を聞いたのであって、死にたい理由を聞いたのではないのだから。

「そうですよね。ぼくは、なぜぼくが生きているのかを聞きたかったのであって、ぼくが死にたい理由を聞きたかったわけではありません」

 探偵はやれやれと両手の手のひらの上をまたあげて、ぼくに質問してきた。

「きみは、世界征服とかしてみたくないかい」

 なぜ世界征服? と、ぼくは疑問に思ったけど、素直に答えることにした。

「ええ、世界征服ができるものならしてみたいですね」

「そうだろ。きみは、誰よりも強い力を欲しているんだ。きみは、アメリカ大統領になって、独裁的権力を握って、世界中に核兵器を落として、自分が誰よりも強いことを世界に知らしめたいのさ。アメリカの地下核シェルターで世界が核戦争で滅亡する報告をたった一人で聞くのが楽しみなんだ。きみが世界の他のすべての人に勝ったことを意味するからさ。これがきみが生きている理由だ。きみはアメリカ大統領になって独裁的権限をもち、世界中に核兵器を落として、核戦争の中、たった一人生きのびるために生きているんだ」

 ぼくは、探偵の意見を安易に首肯できなかった。

 ぼくは、アメリカ大統領になるために生きているのか? そんなバカな。

「それはちがうと思います」

 ぼくがきつい声で訂正すると、探偵は大声で断言した。

「いいや、まちがってないね。きみはアメリカ大統領になって第三次世界大戦を始めれば、喜んで満足して死ぬよ」

 ぼくは、返すことばもないくらいその通りだと思った。

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