犯罪という芸術を憎む
木島別弥(旧:へげぞぞ)
第1話
謎というものが存在する。謎である。未知と言い変えてもいいかもしれない。謎というものは、いまだその正体が明かされないものとは、ひどく人の興味をひくものだ。これは、謎を巡る物語だ。
謎を解決するには、方法は決まっている。すべての最終的な真理を見通す鑑定眼を持った識者に頼むのである。人類には知恵の宝庫というものがあり、謎を解決するために大規模に活動している。
その顕著な例が『探偵』である。
探偵は、すべての謎の真相を知っており、見抜く目を持っている。探偵に解けない謎はない。探偵に解けない謎は存在しない。探偵の中でも特にその洞察力の鋭いものを指して、我々は『名探偵』と呼ぶ。
ぼくは、謎を解決してもらうために探偵事務所を訪れた。探偵事務所には探偵がいる。探偵であるなら、あらゆる謎を解決してくれるはずであって、探偵に頼みさえすれば、すべての謎が解決される。
探偵事務所は、街中のビルの二階にあり、きれいな整然とした事務室だった。ぼくは緊張しながら探偵事務所に入っていった。もし、探偵がいなかったらどうしよう。いや、探偵がぼくの依頼を受けてくれないかもしれない。探偵というものは奇人変人が多いと聞く。探偵事務所などを訪れてもまともな相手はされないかもしれない。
探偵がヤクザの手先だというものもいる。おかげで、日本最大の探偵社は信用を売りにした健全な上場企業になってしまった。
果たして、探偵は信用できるのだろうか。ぼくは深く悩んだ末に探偵事務所を訪れた。
ギイッと音のするドアを押すと、探偵事務所の中に入っていくしかなかった。大きな事務室に整然とした事務用品が置いてある。ここは探偵事務所だ。まだ二十代であろう男の人が一人と、女の人が一人いた。女の人は黒髪を長く伸ばした幽霊系美女だった。怪しげな視線に魂がとられそうだ。
「探偵さんはどちらですか」
とぼくが聞いたら、
「こちらが探偵です」
と幽霊系美女が教えてくれた。どうやら、探偵なのは男の方らしい。すると、このお姉さんは誰なのだろうか不思議に思ったが、ぼくは女性の個人情報について気軽に聞ける性質ではない。黙ったまま、探偵の方へ足を向けた。
「わかったぞ。きみは依頼人だろう」
探偵がぼくに言い放った。なぜわかったのだろう。さすが探偵だ。
「そうです。ぼくは依頼人です」
驚いて感嘆の声をあげてみる。すごいや、やっぱり本当に探偵なんだ。
探偵はずんずんぼくの方に近づいて来て、ぼくの顔の真ん前まで来て顔を近づけてきて、そしていった。
「じゃあ、ぼくが何者かわかるかい」
探偵の目は、宇宙の深遠に通じるように奥深かった。
ぼくは少し迷う。そして、頭をちゃんと動かし、冷静に返答する。
「探偵さんでしょ」
すると、探偵と幽霊系美女がわははははっと激しく笑った。
ぼくは呆気にとられて、身動きもできなかった。
「そうだ、探偵だよ、よくわかったね」
探偵は気楽に答える。さっき何がおかしかったのだろうか、ぼくは気になったが、考えても答えは出ない気がした。
「でも、きみはいったい何をしにここに来たのかな。依頼人は嘘をつく。探偵作法の鉄則だ。ぼくはきみから依頼を聞いたところで、まちがった情報しか手に入れることができない。だとしたら、きみはぼくに何をいいに来たんだろうね」
探偵がいう。
ぼくはたじろいでしまう。ぼくは、味方を求めて探偵事務所に来た。それがまさか叶わぬ願いだとは思わなかったのだ。
「お願いです。助けてください、探偵さん」
「助けるだって? それは本気でいっているのかい。探偵がそんな頼みを聞くとでも思っているのかい。だって、事件の犯人はきみかもしれないじゃないか。探偵は何もきみの味方だというわけじゃないんだよ。きみは自分が犯人でない自信があるのかい? それとも、きみは自分が犯人だと思われない自信があるのかい? そんなみすぼらしい格好をした冴えない、見れば十代のようだが、そんなきみが疑われないとでも思っているのかい」
探偵の迫力にぼくは恐怖を覚えた。なぜだ。なぜ、捜査の依頼をする前からぼくは脅されているんだ。
「ぼくは犯人じゃありません。ですから、正当に捜査してもらえれば、ぼくは犯人でないことははっきりと判明すると思います」
わははははっとまた探偵が笑った。そして、意地悪く顔を近づけていう。
「きみは、ぼくの調査書で犯人にしたてあげられないとでも思っているのかい。もし、ぼくが調査書を捏造して、きみを犯人にしたてあげるようにお膳立てしたらどうなるかな。それでも、きみは自分が犯人じゃないと主張するのかい。きみを死刑台へ送ることが決まった裁判の後でも。なぜ、探偵に事件を依頼するなんて愚かな真似をするんだ。探偵は警察じゃないぞ」
ぼくは絶句した。この探偵は、何かがおかしい。
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