12

 ミンクはモラと話をしていた。

「ゲババに良いところがひとつでもあるかなあ」

 モラは答える。

「あら、あるじゃない。自由に生きる風来坊なんて、格好いいじゃない」

「まあ、物語の主人公は職の安定しない自由人かもしれないね。ゲババみたいなやつが英雄と褒められるのが物語かもしれないね。でも、ゲババに勇気はあるかなあ。ゲババは勇敢に敵と戦うかなあ。ビビッて逃げ出すんじゃない。きっとゲババは根性なしよ。ゲババはダメよ。クズよ。たぶん、そう」

「あら、ミンク、いつかゲババがあなたの危険に助けに来てくれるかもしれないじゃない。そう見捨てたものでもないよ、ゲババは。あれで、意外と自分のことは自分でできるのよ」

「そうね。ゲババは自分のことは自分でできるよね。でも、他人のことは何一つしてあげられない嫌なやつよ。ゲババが、もし、ゲババがわたしを助けてに来たら、わたしはびっくりして、ゲババと一緒になってしまうかもしれない」

「面白そう。はたして、正義の味方ゲババはミンクの危機に助けに来れるのか」

「ちょっといってみただけよ。だって、モルなら絶対に助けに来てくれるじゃない。モラが羨ましい」

「残念。モルはわたさないから。モルはわたしのものよ」

「ふん。じゃあ、またね、モラ」

「ええ、元気でね、ミンク」


 ミンクはモルに手紙を出した。


  歩けども

  生きる気のない

  死者のよう

  天をうかがい

  るんるん気分


 モルからの返事は


  もういいよ

  ラララと歌い

  がんばるよ

  すいすい泳ぐ

  奇跡の出会い


 だった。

 ミンクにとって、完全にふられた気分だった。


 ミンクは旅に出た。自分が嫌になって。絶対にモラには勝てないと思い知らされて。それで、世界の裏側まで旅に出た。

「がははははは、こんなところを一人で歩くなど、油断のしすぎだな、人類は」

 見ると、アールタイプがミンクに襲いかかってくるところだった。

「きゃあ、助けて」

 ミンクは通信機に向かって叫んだ。

 ミンクの悲鳴は、通信衛星を中継して、世界の裏側のみんなの公園のテレビまで届いた。あいにく、その時、モルとモラは仕事で出かけていた。それを聞いたのは、怠け者のゲババ一人だった。

 おや、どうやら、阿呆なミンクが助けを求めているようだ。通信機を使うなんて、よっぽどの緊急事態に出くわしたにちがいない。これはちょっとやばいんじゃないかな。でも、おれには関係ないしな。だけど、見捨てるのはミンクが可哀相かな。あいつにも、かわいいところがあるからな。ようし、それじゃあ、おれ様が助けにいってやるか。どこにいるのか、わからないが、危険な目にあってるなら、おれが助けに行くしかないだろう。

 と、ここまでゲババが考えたのである。

「ちょっと出かけてくるわ」

 子供たちにそういって、ゲババはミンクを探す旅に出た。あのゲババがミンクのために働くなんて、めったにあることじゃない。これは喜ばしいことか、それとも余計な徒労であろうか。

 これで旅に出たゲババまで遭難してしまったら、二次災害ということになり、いい迷惑である。立派な大人はそんなことをしてはいけない。

 だが、ゲババは旅に出た。ミンクの悲鳴を聞いて、ミンクを助ける旅に出たのだ。

 もし、本当に正義の味方がいるのなら、その人は誰が世界のどこにいたって駆けつけてくれるたどり着く者であるはずだ。誰かの危険にたどりついた者が正義の味方なのだ。

 だから、正義の味方は、世界中を見張っていなければならないことになる。

 もし、運よく、あるいは、運悪く、自分が誰かの危機を助けることのできる一瞬にめぐりあったのなら、そいつが正義の味方になるのだ。

 そんな都合のいい話があるかって。

 あるさ。

 なあに、長い人生、長い人生、一度ぐらいはそういう危険にめぐり合う時がやってくる。

 ぼくは中学生の時、自転車をこいでいた時にたかりに会った。友だちと二人でいたのだが、三人のたかりに会って、自転車をつかまれた。逃げることができない。それで友だちは千五百円たかられてしまった。ぼくはたかりに殴りかかろうか考えていた。だけど、たかりの一人が棒切れをもちだして、

「いうとおりにしないと、これで骨折るからな」

 といったので、これは負けると思って、怖くなって千円を払った。たかられた。男として恥の度胸のないことをしてしまった。恥だ。ぼくの失敗である。ぼくらからお金をたかった三人は、笑いながら遠くへ歩いていった。ぼくには度胸が足りなかった。せめて、抵抗して三人にちょっとは痛い目を合わせるべきだった。ぼくの男としての名誉が傷つけられた時だった。ぼくの人生における戦うべき時の戦歴は敗北で終わったのだ。そんな情けないやつが書いてるのがこの物語だ。ぼくは中学校でたかられてから、もう二度とたかられない、次からは逃げ出すと決意した。その後、たかりに会ったことはない。このように、ぼくの一生の間にも、勇気を試されるできごとが一回は起こっているのだ。ぼくはその時、正義の道をとることができなかった。悪に手を貸してしまった。これは恥とするべきことだと思う。もし、ぼくと同じような体験をした人がいたら、あるいは、ぼくより悲惨な目にあった人がいたとしても、ぼくはその後、立ち直り、立派な大人に成長したから、そんなに落ち込むことはない。人生にやり直しは効く。だから、一回や二回、失敗したからって、落ち込まないでほしい。少しづつ、強くなっていこうよ。それでいいじゃないか。

 話は脱線したが、話をもとに戻すと、ゲババはミンクを助ける旅に出たのである。

 ゲババには、ミンクがどこにいるのかわからなかった。だから、ゲババは世界中からミンクを探し出す旅に出た。


 ゲババは、旅をしているとお腹がすいてきた。それで、旅の宿屋で、ご飯を盗み食いして食い逃げした。それはミンクを助けるために仕方なかったことだ。

 ゲババはさらに、旅をしている間に着ている服が破れてしまい、旅の途中の服屋で服を盗んで自分のものにしてしまった。それもミンクを助けるために仕方なかったことだ。

「てやんでい。こちとら、人の命のために体を張ってるんでい。小さいことをごたごたぬかすな」

 ゲババはそううそぶく。

 これはゲババが正しい。大きな正義のためには、小さな悪に手を染めても許されるのだ。ただし、それ相応の報いは受けるであろうが。

 ゲババに落ちる報いとは、どれほど残酷なものであろうか。それはゲババの人徳と運が決めるであろう。とにかく、ゲババは悪くない。大義のためには、その手を汚さねばならないこともある。

 だから、盗賊ゲババは正しいんだ。誰が何といっても正しいんだよ。こら、正しいんだったら、正しいんだ。いうことを聞け。ゲババはまちがってない。この時のゲババはぼくから見ても正しいことをしているんだ。

 友人の命を救うためなら、盗みぐらいしてもかまわない。友人を助けてから、逮捕されればいいじゃないか。それが正義というものだぞ。


 ゲババの旅は三年かかった。

 ミンクは三年間、ずっとアールタイプと戦っていた。逃げるに逃げられず、ずっとアールタイプと戦っていた。アールタイプの電気ショックに耐え、なんとか意識を保ち、耐電と放電を行い、避雷針とアース線を用意して、守りつづけていたのだった。

 そこにゲババはたどり着いたのだった。

 ゲババは悲鳴ひとつ聞くだけで、困っている人を助けに駆けつけてくれる人だったのだったのだ。

 そして、ゲババとミンクは力を合わせてアールタイプを撃退した。ゲババは爆弾でアールタイプを吹っ飛ばした。ゲババは見事にミンクを救った。

 進化の法則からしたら、ミンクもゲババも死んでいなくなるべき存在だ。だけど、ミンクを助けに来たゲババは、おそらく正義と呼ばれるものだ。

 正義の謎を探るものは、この謎を解け。

 無条件の慈愛といわれるものはとても大切なものだ。誰でも真剣勝負をすれば一度は負けてしまう。そんな時に、助けてくれるのは無条件の慈愛なのだ。ゲババがミンクを助けに来たのは、ほんの気まぐれだけど、ミンクにとってそれは無条件の慈愛に等しいものだった。ミンクはうれしくてゲババに抱きついてしまった。

 ゲババも有頂天でミンクを抱きかかえた。

「ゲババ、わたしを愛しているのね」

「ミンク、きみを愛しているよ」

 世界中が大歓声で二人を称えた。モルも、モラも、イネさんも、子供たちもみんな二人を称えた。地平線の果てまで届く大歓声だった。

 これで物語はおしまい。

 ゲババとミンクはお互いに祝福の笑みを浮かべて笑いあった。

 だって、ゲババとミンクが一緒になるかなんて、それはまた難しい愛の問題だから。

 だから、せめて、最後はハッピーエンドに見せかけて。

 物語はおしまい。

 めでたし、めでたし。


 進化の法則によれば、負けたアールタイプが淘汰されたことになる。生き残ったゲババとミンクが優れている。そして、ミンクを助けに来たゲババの献身に正義があるといえる。

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