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 ここで、登場人物の誰がいちばん強い快楽を得ているかを説明しておこうと思う。というのも、正義について語ったところ、勝ち負けなどは重要ではない。快不快の強さで生き物の価値が決まると、とある人物が語ったからだ。それなら、そういう見方をする人のために、正義を物語るこの話で誰が強い快楽を得ているのかを説明しなければならないではないか。

 まず、モルとモラは基本的に強い快楽を得て生きている。美味しい食べ物を食べ、きれいな服を着て、快適な住居に住み、適度な運動をして、充実した毎日を送っている。夫婦の性生活もうまくいっており、まさに否のつけようのない理想的な夫婦だ。その快楽は強い。人類の幸せな家族を地で体現する人たちだ。唯一の痛みは、ゲババに食べられてしまうことである。

 つづいて、ゲババだが、これは快楽が低い。何にも縛られない自由人だが、生きがいもなく、夢も希望もなく、語り合う友人もいなく、空虚な毎日をすごしている。性生活もない。人類の中の、退屈な人々の代表がゲババだ。しかも、ミンクに食べられてしまうという痛みを負っている。

 ミンクはというと、やはり、ゲババと同じように快楽は低い。性生活のない人生を過ごしている。しかし、ゲババより、毎日は充実している。研究と実験という充実した仕事があるからだ。ミンクはゲババよりも他の人と社交性を持ち、語り合っている。注意するべき点は、食べられることがないことである。そういう痛みはない。だが、狩りをする反撃で、草食動物のゲババに殴られることがある。それくらいの快楽で生きている。

 つづいて、イネさんだが、これもゲババと同じくらいの快楽しかない。快適な日常を送るように世話されているが、特に快楽という感覚を持たず、平穏にすごしている。今まであげた登場人物の中では、もっとも快楽が低いといえる。

 そして、アールタイプである。アールタイプは、すべての思考回路が快楽増幅効果を発生させるようにプログラムされている。アールタイプの思考回路に不快はない。快楽だけで構成された思考回路を持っている。アールタイプは、恐怖も嫌悪感ももたず、悲しみは快楽である。それでも、アールタイプが生きていくのに不自由はしない。アールタイプは計算上、最強の生物であり、決して他の生物に負けることがないからである。痛みや恐怖などもたなくても死ぬことはないのだ。そう設計された快楽漬けロボットなのである。登場人物の中で、いちばん快楽が強いのはアールタイプだ。行動するたびに快楽を感じる。生まれながらの快楽中毒者である。活動することこそが快楽を生み、休んでも快楽を生み、とにかく不快というものがないから、精神は極めて幸せである。

 快楽の強さで正義を決めるのなら、いちばん快楽が強いのはアールタイプであり、アールタイプが正義だ。ロボットのアールタイプの快楽は、細胞生物と比べて桁違いに強い。


 とうとう、アールタイプが人類に戦争を仕かけた。アールタイプは計算しつくした。ロボットのロボットによるロボットのための社会を築けば、人類よりも幸せな世界を構築できると計算したのだった。だから、ついに人類を淘汰する戦争を起こした。

 アールタイプはいう。

「モルとモラと子供たちに宣戦布告する。モルとモラと子供たちは皆殺しにする。それで人類は絶滅だ。滅びよ」

 モルとモラは子供たちを安全な避難所に隠して、さっそくアールタイプへの防衛戦争を始めた。専守防衛に基づいて戦争していた。決して、アールタイプを滅ぼすことなく、アールタイプから身を守る。そんな都合の良い結末を想定しての戦争だった。

 アールタイプからすれば、そんなモルとモラの作戦行動はあまっちょろいものだった。まるでアールタイプに被害がない。長期戦をつづければ、いつか人類に勝てるであろうとアールタイプは計算した。

 アールタイプはゲババとミンクは相手にしなかった。戦うだけ無駄などうでもよい勢力だと見ていた。

 そんな戦いを見て、ゲババは思った。

「もし、戦争でモルが死ねば、モラはおれのものになるんじゃないのか」

 やはり、そんな戦争を見て、ミンクは思った。

「もし、戦争でモラが死ねば、モルはわたしのものになるんじゃないかしら」

 この戦争において、ゲババとミンクは意見を一致させた。お互いにとるべき行動が同じ事に気づいたのだった。

「おれたちは人類を裏切って、アールタイプにつくべきだ。そうすれば、欲しいものが手に入る」

「わたしたちは人類を裏切って、アールタイプにつくべきよ。そうすれば、欲しいものが手に入る」

 ゲババとミンクは、二人で内緒にアールタイプのスパイになることを申し出た。

「アールタイプよ、おれを手下にしてくれ。そうすれば、憎いモルを殺してあげよう」

「アールタイプよ、わたしを手下にしてちょうだい。そうすれば、憎いモラを殺してあげる」

「ほほう、我々の統制下に入ることを望むとは、なかなか優秀な人類のようだ。わかった。さっそく、おまえたちを仲間にすることにしよう。やつらの味方になったふりをして、やつらを内部から破壊する工作をするのだ」

 アールタイプの指示が飛んだ。

 そして、ゲババとミンクはモルとモラのもとにいき、戦いを手伝うことになった。表向きは二人の援軍であったが、実は破壊工作に来たスパイであった。モルとモラは二人を信じて味方に引き入れた。

 ゲババは、ミンクほどあまい考えはしていなかった。モルが死んだら、すぐにでもアールタイプを破壊できるようにしなければならない。そこで、ゲババはアールタイプの中央電算機と動力源に爆弾を仕かけておいた。もし、モルが死んだら、自動的に爆発するように仕組んだものだ。

 これで準備は万端だ。あとは、戦争のドサクサにまぎれて、モルを殺人するという残虐な行為に手を染めるだけだ。

 ゲババは動いた。

 アールタイプと人類の戦争で、いつでも隙を見つけてモルを殺せるように。

「これでモルさえ死ねば、モラはおれのもの」

「これでモラさえ死ねば、モルはわたしのもの」

 二人の打算が渦巻く中で、二人よりも賢いものたちによる戦争がつづいた。

 結果、アールタイプがモラを殺そうとした時に、ゲババが盾となって身代わりに死んだ。

「助けて、ゲババ」

 そういうモラの頼みをゲババは断れなかった。ゲババはモラの代わりに死んだ。

 アールタイプがモルを殺そうとした時に、ミンクが盾となって身代わりに死んだ。

「助けてくれ、ミンク」

 そういうモルの頼みをミンクは断れなかった。ミンクはモルの代わりに死んだ。

 いってることがわかるかい。二人は愛するものを手に入れようとして、策略を練ったのに、恋のライバルの得になるようなことをして死んでしまったんだ。

 生きるも死ぬのも仮初の宴。阿呆のように道化のように迷い惑って死ぬのが人生ではないか。

 踊るよ、踊るよ、阿呆が踊る。惨めに這いつくばって、地面の泥を噛んで呻くよ。

 ゲババは自分が死んだら世界など滅びてしまえと、アールタイプに仕かけた爆弾が爆発するように準備しておいたから、その時限装置の時刻が来た時、爆発してアールタイプは壊れてしまった。

 こうして、戦争は終わった。

 なんとも悲しいゲババとミンクではないか。

 これが裏切り者の末路というものではないか。


 進化の法則によれば、モルやモラを殺そうとするものたちはみんな悪くない。ただの生存競争であり、淘汰にすぎない。だが、実際に生き残ったモルとモラは、進化の法則で優れた生き物とされる。そして、モルやモラのために死んでしまったゲババとミンクの献身が正義といえる。

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