再び、イネさんの登場である。稲のイネさんは、世話をしてくれるモルとモラを裏切り、アールタイプにつくことにした。イネさんは人類を裏切ったのだ。

 イネさんは自分の体に毒の実を付けて成熟させた。

 それをゲババが食べた。

「痛いぞ。痛いぞ。苦しい」

 ゲババは毒を受けて苦しんだ。

 みんなが駆けつけてきて、大騒ぎになった。このままではゲババが死んでしまう。モラとミンクは大急ぎでゲババの治療に当たった。

 モルはイネさんに語りかけた。

「なぜ、こんなことをしたんだ」

 イネさんは答える。

「なあに、支配者が移ろいゆくのは諸行無常。人類の時代は終わりを告げるのです。これが生きるってことでさあ」

 モルはイネさんの毒の実を全部刈りとって焼却処分してしまった。

 子供たちは、イネさんの遺伝子が保存されていて、イネさんをいくらでも再生できることを知っているので、イネさんに同情はしなかった。

 そして、モルはまた新しい稲を植える。モルはイネさんに対して、話し相手になるが、人類の地位を脅かすまねを許しはしなかった。

 イネさんはいう。

「モルとモラはわたしらの命をもてあそぶ極悪の輩ですよ」

 それを子供たちが聞いていた。

「モルとモラは強い。強いだけで恐怖の対象となる。モルとモラは強いというそれだけの理由で、悪なる存在になるんでさ」

 子供たちは思った。

「それはちがう。強いのは良いことだ」

 イネさんがいう。

「何が良いのですか。強いということは、それだけ他のものを押しのけて生きているっていうことでさあ。悪の塊でさあ」

 子供たちは思った。もっと強く、もっと強く、どこまでも強くなることが、生き物の目的だろうと思った。それが進化の法則だろ。

 イネさんはいう。

「強く生きること、勝つことは、他人を虐げることでさあ。負けることこそ正義、最も弱い負けるものが正義の体現者ですよ」

 イネさんはなおをしゃべる。

 子供たちは混乱して、話についていけない。

「わたしは愛を語った本を読んだんですがね、その本では愛のないものから見殺しにして理想郷を築いていくんですよ。ああ、こりゃ、ダメな本だと思ったね。実際は愛のあるものから死んでいくんですよ。それが正義というものです。進化の法則の逆をいくのだな。ということは、時代が進めば進むほど、残酷なものが生き残るということになる。実際はどうでしょうか」

 ちなみに、ゲババはみんなの献身によって、命を助けられた。


 進化の法則によれば、イネさんが死ぬのもゲババが死ぬのも生存競争ということになる。二人が淘汰されても、何の問題もない。だが、正義は、イネさんを殺しても、ゲババは殺さない。イネさんは殺してしまうのが、ぼくの考える正義だ。イネさんは遺伝子を保存されるだけでも我慢しなければならない。

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