8
怠け者のゲババは、科学者のミンクより人妻のモラが好きだった。科学者のミンクは、怠け者のゲババより、働き者のモルのことが好きだった。
だから、二人には恋人がいない。いつもスレちがってばかりだ。両想いのモルとモラとちがって、宿命的に片思いなのがゲババとミンクだった。
まったくバカな話だ。簡単な算数ができれば、ゲババとミンクが一緒になれば話は治まるじゃないか。だけど、それができないんだ。これは難しい愛の問題だ。
ゲババはモラが好きで、ミンクはモルが好きだからしかたなかったんだ。
ある日、モルとアールタイプが戦っていた。モルは体をナイフで貫かれ、死ぬかと思った。それをミンクが助けに来た。
「大丈夫、モル? わたしに任せて。こんなロボット、追い払ってあげるわ」
そして、ミンクはアールタイプを追い払った。
「待て、待つんだ、アールタイプ」
モルはロボットに呼びかけた。
「おれは死ぬかもしれない。誰かに後のことを任せなければ」
「モル、心配することはないわ。後のことなら、わたしに任せて。わたしが全部、なんとかするわ。だから、心配しなくていいのよ。今は大事に体を休めて」
科学者のミンクはモルに必死に訴えかけた。だけど、モルはそれを退けた。
「ダメだ。ミンクじゃダメだ。アールタイプ、来い、アールタイプ」
モルは死にそうな声で呟きかける。
アールタイプの集音機がモルの声を聞きつける。やられて帰っていったアールタイプが戻ってくる。
「何だ、人類。おれ様に何のようだ」
アールタイプは尊大だった。
それでもかまわずにモルは話しかけた。
「もし、おれが死ぬことがあったら、この世界のあとのことは全部お前に任せようと思うんだ。一度は作れ、理想郷を」
モルはそういって、病院に担ぎこまれた。
モルはミンクよりアールタイプを選んだ。ミンクはそれが、すごく、すごく、悔しかったんだ。
本当に本当に、すごく悔しかったんだ。なぜ、モルはミンクの実力を認めて、あとのことを任せてはくれないのか。なぜ、人類のミンクよりも、敵であるロボットのアールタイプに世界を任せるのか。ミンクはそのモルの決断にびっくりしていた。モルは、ミンクに任せるくらいなら、ロボットに世界を譲り渡すといっているのだ。そんなバカな決断があるか。そんなに、そんなにミンクが頼りないのか。
許せない。
ミンクはあまりにも悲しくて泣き出してしまった。
モルは結局、生きのびて、まだまだ人類の存続に努めた。まだアールタイプの時代は来なかった。
ミンクはすごく、すごく怒っていた。
「モルには夢がないのよ。ただ現在の生活をつづけようと守っているだけ。そんなことでは未来には進まないわ。モルはもっとわたしのように実験と研究をするといいわ」
子供たちはいった。
「喧嘩だ、喧嘩だ。お父さんとミンクが喧嘩してる」
それで、モルはゆっくりと子供たちに話した。
「喧嘩じゃないよ、子供たち。いいかい、みんながみんな、お父さんやお母さんのようにならなくてもいいんだ。ミンクのような科学者になってもいいんだよ。どんな人生を目指すかは、子供たちの自由だ。ミンクはまだ誰にも考え付かなかったような新しいことを発見するために研究してくれているんだからね」
それでミンクは機嫌がよくなって、子供たちに大意張りして帰っていったんだ。
「そうよ。子供たちは、わたしのようにみんな科学者になるといいのよ。科学こそが、人類の未来を作る研究よ。とっても大切なことなの。みんな、科学者になろうね」
そこまではよかった。
だけど、ミンクはその後で、一生をかけて研究していた『空気と同じ重さの固体を作る研究』に失敗してしまい、ミンクは人類に何も新しいものを作り出すことはできなかったんだ。
ミンクの挫折だった。
研究に失敗すれば、科学者に何の価値もない。研究を失敗したミンクに、社会への貢献はゼロに等しい。
ミンクは人類にとって、何の役にも立たない人生を生きてしまった。まるで、怠け者のゲババと一緒じゃないか。そんなのは嫌だった。耐えられない。
ミンクは人類の存続に貢献できなかった分、科学に貢献しようとしたが結局、努力しても、何の発見もできなかったんだ。
ミンクは可哀相な負け犬さ。
ミンクは泣いた。嗚咽して泣いた。
ミンクが一生かけて研究してきたものは何の価値もないゴミクズと化してしまった。
こんな挫折はなかった。
進化の法則によれば、ゲババもミンクも淘汰される存在ということになる。しかし、正義はこの二人を守ってあげる。それが正義というものだ。
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