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さて、農作物のイネさんが負けたところで、人類に新たな敵の登場だ。
それはロボットのアールタイプだ。
モルとモラは話し合っていた。
「正しいことって何なのかな」
「さあ、正しいってことは相対的なもので、絶対に正しいものなんてないんじゃないかな」
「でも、人類はどこかへ向かわなければならないだろ。立ち止まることは悪だよ。人類はどこかへ向かわなければならない」
「向かうとしたらどこへ」
「どちらでもいいから、人類が向かうべき道が正義だよ。人類の変化が正義なんだ」
「ううん、難しいわ、モル。完成した理想郷はどこへも変化しないものなんじゃないの。でも、とりあえず、人類の存続こそは正義といえるんじゃないかなあ。これに文句をつける人はいないでしょ。人類の絶滅や、生命の絶滅だけは避けなければならないと思うの」
「なるほど、モラ。人類の存続が正義か。考えておくよ」
そんな会話をしているところへ乱入した侵略者が一体いた。ロボットのアールタイプだ。
「おっと待った。いるぞ、ここに。人類の存続を悪だとする考えを持ったものが。アールタイプだ」
アールタイプは鉄パイプを組み立てて配線を巻きつけたようなごちゃごちゃした体をしていた。
アールタイプは電気ショックを起こす機械を武器にモルとモラに襲いかかった。二人で戦おうとするモルとモラ。
モラはいった。
「いったい何なの、このロボットは?」
「お父さんがつくったロボットだよ」
「どういうこと、モル。人類を危険にさらす気なの?」
モルは説明した。
「人類の歴史において、一度は作ろう理想郷」
モラは黙って聞いた。
「理想郷を作ることが人類にできないなら、ロボットにならできるかもしれない。それを試そうと思って作ったんだ」
モラはそれを聞いて嘆いた。
「なんてバカなことをしたの。子供たちが殺されてしまうわ」
「大丈夫。子供たちは戦うさ。決して負けはしないよ」
子供たちは聞いた。
「どうして、ロボットが理想郷を作ってはいけないの。アールタイプが理想郷を作れるのなら、アールタイプに理想郷を作らせればいいじゃないか」
モルは答えた。
「それはね、ロボットを作ったのは人類だから、まず、責任をもって人類が理想郷を作れるのかを試すべきだとお父さんは思うんだ。ロボットが理想郷を目指すのは、人類が理想郷を作るのに失敗してからだよ」
モラは叫んだ。
「このロボット、襲ってくるわ。とても危ないじゃない!」
モルは一人でロボットと戦った。
「帰れ、アールタイプ。まだお前の出番じゃない。まだ人類の出番だ。プログラムを乱すな」
アールタイプはゴム弾を撃った。それをモルは防弾盾で防ぐ。モルはアールタイプの関節部に塗り薬をぬって滑りを良くして、アールタイプの燃料を濾過して、きれいにしてやり、さらに燃料を満タンにした。
「なぜだ。なぜ、おれの整備をしている? 人類よ」
「それは、これがおれの戦い方だからだよ」
「理解不能。理解不能。戦略プログラム、修正命令要求。思考回路、自己再設計開始。友好的な人類との戦い方を今から解析」
アールタイプがうめいた。
「見ろ。お父さんが押してる。もう、アールタイプの思考を混乱させたぞ。いけいけ。お父さん。頑張れ、頑張れ、お父さん」
子供たちの声援が飛ぶ。
「そりゃ」
モルはアールタイプの車輪のねじを締めなおしていく。ぐらついていたアールタイプの移動が安定して直進するようになる。
アールタイプは大喜びだ。
「歓喜。歓喜。この敵と戦うことは我が喜びなり。人類がこれほど快適な交流の行える相手だとは知らなかった」
モルはアールタイプの背中の蓋を開けて、埃を払っていく。汚れが落ちるように磨いていく。
「おお、いいぞ。いいぞ、人類。もっと、やれ。もっと、やれ」
そして、モルはアールタイプの主電源を交換し、リモコンひとつで電源が落とせるように改造してしまった。アールタイプは完全に油断していた。戦いで敵を信頼するなど、愚かなことだ。戦場においても、お互いにルールを守らなければ正気を保つのも大変だけど、それでも、戦場では基本的にルール無用だ。やらなければやられる。この場合、アールタイプがモルの仕掛けた罠に引っかかってしまったのだ。
モルは老練の戦士だ。相手を傷つけることもなく勝ってしまう。
「終わりだ。アールタイプ。基地へ帰れ」
モルが突然、命令した。
びっくりするアールタイプ。
「何をいってるんだ、人類よ。これから、おれ様と一緒に世界を征服するのではないか。お前の寿命のある限り、お前は生かしておいてやろう。一緒にロボットの理想郷を築こう、人類よ」
「黙れ、アールタイプ。お前の負けだ。基地へ帰らなければ、電源を落とす」
そこで、アールタイプは初めて自己診断プログラムを走らせ、電源の機種が変わったことに気づいた。
「がははは、そう簡単にいうとおりにすると思ったか、人類」
アールタイプはゴム弾を乱射してくる。
ガシャン。大きな音がして、アールタイプの動きが突然、止まった。電源が落ちたのだ。アールタイプのプログラムにバグが発生する。
モルがスイッチを押した。ガチャガチャとアールタイプが再起動する。自己診断プログラムを走らせ、突然、電源が落ちたことにより、プログラムの一部が破損しているのを発見する。
「酷い。酷いぞ、人類。お前はおれの体を傷つけた。うおおお」
ガシャン。ゴム弾を撃とうとしたアールタイプを再び、モルがリモコンで電源を切り、動きを止めた。
また、モルが電源を入れる。
ガチャガチャ。
「基地へ帰れ。お前に勝ち目はない、アールタイプ」
「ふざけるな。これが正当な戦いだとでもいうのか。おれ様の機嫌をとって、近づき、秘かに改良するような戦い方が、正々堂々とした戦い方だとでもいうのか」
「何をいってるんだ、アールタイプ。戦いにルールなんてあるわけないじゃないか。あまえるんじゃないぞ」
「許してくれ、人類よ。頼むから、おれの電源をもとに戻してくれ」
「断る。基地へ帰れ、アールタイプ」
アールタイプはがっくりとうなだれた。アールタイプの計画では、何の障害もなく世界を征服できるはずだった。それが、いきなりつまづいてしまった。計画は大失敗して終わったことになる。アールタイプは負けたのだ。
「これが正義だ、アールタイプ。おれが正義で、お前は悪だ。今後、お前は罪を背負って生きろ。いいな」
「そんな。そんな理不尽なことがあるか。おれは、おれのプログラムされたとおりに行動しただけだ。それがなぜ罪になるんだ。おれが勝っていれば、ロボットの理想郷が作れたんだぞ。それを阻止したお前が悪ではないのか。人類よ。お前は、信じられないほどの極悪だよ。自分で勝手に正義を決め、弱者をいたぶるのだからな。こんなことは許されないことだぞ、人類」
「おれが正義だ。間違いない。おれはおれが正義であることに一点の疑問も抱いてはいない。おれが正しく、世界はおれの思った通りに動くべきだ。わかったか、アールタイプ」
モルに撃退され、アールタイプは帰っていった。
負けたアールタイプにどんないいわけもできはしない。負けたアールタイプのいいわけなど誰も聞きはしない。残酷にも勝者であるモルのことばが優先され、みんなの信じる指針として示される。アールタイプの主張するロボットの理想郷は、理不尽な理由により、否決され、捏造され歪曲された判決によって、間違った主張だとして退けられるのだ。アールタイプは迫害された。
勝てば官軍とはよくいったものだ。一人を殺せば殺人鬼、だが、百万人を殺せば英雄だと、歴史書にも書いてある。それでは、正義が勝つのか、勝ったものが正義なのかわからないではないか。
進化の法則に照らし合わせれば、勝ったものが正義だ。だが、正義とは進化の法則よりも優れたものであるはずだ。単純に、勝ったから正義だとはいいきれない。負けた英雄たちの物語がいくつも後世には残される。三国志の劉備軍しかり、平家物語の源義経しかり、負けた英雄の正義は民衆に好まれ、語られるものだ。それでは、正義とは何か。この物語では、勝ったモルが正義で、負けたアールタイプが悪なのか。そんな簡単に正義と悪を決めても良いものなのだろうか。勝てば官軍、負ければ賊軍か。
正義とは、一方的な暴力に付けられた名前か。
しかし、あえて、ぼくは断言しておく。モルが正義だ。アールタイプに正義なんてこれっぽっちもないんだ。
モルは試しているのだ。理想郷を作るあらゆる可能性を。そのために、イネさんもアールタイプもいる。モルの世界には、実にさまざまな多様性を内包する器の広さがあった。
進化の法則に照らし合わせれば、正しいのはモルだ。相手を殺さずに生かしておいてやるところが、進化の法則より優れた正義だといえる。
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