7

「おいで」


「は?」


「やさしくしてあげる」


 感覚を寄せる。


「具体的にどうとか、訊かないでね。わたしもわかんないから」


 気持ちを寄せる。


「とにかく、やさしくする。やさしくするからね」


 心を。寄り添う。


「おいで?」


「やだね」


「じゃあ待ってあげる。よし」


 手を開いて。腕を広げて。


「おいで?」


「いやだ」


 絶妙な距離。心と同じ。近いようで、遠い。


「えいっ」


 脚が絡まる。ここまでは大丈夫。


「毛布とって?」


 投げつけられてくる。

 それを、うまくキャッチして。

 引っ張られる。


「おりゃ」


 ほんのちょっと。ほんのちょっとだけ、近付いた。


「毛布とわたし。どっちが好き?」


 無言。


「もうふこうげきっ」


 毛布で手をくるんで、それで、彼に、ふれる。

 彼は、なにもしない。


「こころを閉ざしてますね?」


「もう、任務は終わった」


「なにそれ」


「おまえに憑いてるのを祓った。それで終わり。お前と仲良くなる必要はなかった。なかったんだよ。はやく家に帰れよ」


「ないよ。家」


「だから、もう思い出しただろ」


「ないものは、ないんだけど」


「強制的に帰してもいいんだぞ?」


「どうぞ?」


 起き上がって。通信の素振り。

 その間に、彼の寝てた場所まで進攻し、占有。領地確保。


「おい」


「終わった?」


「本当、なのか?」


「なにが?」


「家がないって」


「ないよ。帰る場所とか、居場所とか。わたし、周りの人からあんまり認識されなくて」


 無言。もうちょっと喋るべき?



「わたし、自分で自分を認識できないときもあるの。ふわふわしてて、いるのか、いないのか、わからないかんじで」


 無言。まだわたしのこと訊きたいのかな。いいよ。喋ってあげる。やさしく。オブラートに包むみたいに。


「でも、交差点の先で。あなたを見つけて。あなたも、わたしを見つけてくれて。ひとめぼれしたの」


 そう。あなた。


「きえてもいいって思ってる。というか、たぶん、いつか消える」


「そんな」


「でも、あなたの前では消えない。そんなことしたら、あなたに、やさしくないから。だから、一緒にいて、やさしくしてあげる」


 今度こそ。


「おいで?」


 彼が。

 こっちに来た。

 やさしく。

 ふれて。

 ゆっくり。けるみたいに。


「がまんしないで。いいよ。やさしくしてあげる。やさしく」


 これ以上は言えない。やさしく。それしか言えない。でも。それでいいのかもしれない。

 わたしのできる、すべてだから。

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