3.
8年ほど前、アバカス・エージェントの本社が青山に移った頃、椎尾は夜の社長室でブランデーを空けながら大画面テレビを見ていた。
「円周率を4万ケタも覚えたんですか!?」
「はい、記憶術というものがありましてね」
無限に続く円周率は無意味な数字の羅列である。これを4万ケタ覚えるという無駄な特技を椎尾は酒を飲みながら笑って見ていた。
「ん? 無意味な数字・・・か」
くるりと首を回転させると、そこには例の 64ケタのパスワードが入った金庫があった。
『簡単! 記憶術 〜ギネスに挑戦!〜』
翌日社長のイスにふんぞり返った椎尾は パスワードのメモを片手でひらひらさせながら、記憶術の本とにらめっこをしていた。
「0930129689824103538588182319825144980343714433100038626453109483」
「こんな長いの覚えられるワケねえよなあ」
記憶術の本によると、長い数字を短く小分けにして語呂合わせを考えるのだそうだ。
「なるほど、細かく分ければいいのか」
0930 = 奥様
1296 = 胃袋
8982 = 爆発
4103 = 椎尾さん
5385 = ゴミ箱
8818 = パパイヤ
2319 = 不細工
8251 = 初恋
4498 = 職場
0343 = おさしみ
7144 = 内緒
3310 = サミット
0038 = 大宮
6264 = 無印
5310 = コンサート
9483 = くしゃみ
「こ、こんなもんかな・・・?」
あとはそれらが最初から順番に登場するようなひとつの物語を考える。
なるべく印象に残るような鮮烈なイメージを浮かべるようにするのがポイント、というワケだ。
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