第98話 友情とお話TIME 前

「とりあえず、あの女を呼び戻せジョー」

「既にやっている。奴らが俺に金を寄こした時点でな。アキラ」

「はい、ここに」


 ジョーがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく秘書のアキラは姿を現した。


「あのピエロ集団がなにをしでかしてくるか分からなかったからな。不測の事態に備え、外で待機させていた」

「そうか」


 軽く息を吐き、迅は髪を掻き上げる。

 

 一瞬の沈黙。だがその直後、それを打ち破るかのように、ジョーは迅に頭を下げた。


「総長、感謝する」

「あ? なんのことだ?」

「とぼけないでくれ。俺に依頼などせずとも、貴方の力だけで奴らを潰せた。なのに……」

「……」


 ジョーの言葉に、迅は口をつぐむ。

 たしかに、昔であれば彼は他者の事情など知ったことではなかっただろう。


 だが、今そうしなかったのは……。


「ちょっとこっち来い」

「ん?」

「女、お前もだ」

「私も、ですか?」


 有無を言わさぬ迅の言葉に、戸惑いながらもジョーとアキラは迅の近くまで歩み寄る。

 ……そして。


 ドシ。


「痛ぁ!? なにするんだ総長!?」

「あ、頭が……割れるほどの、痛み……!!」


 頭部に軽いチョップをかまされたジョーとアキラは、たまらず声を上げた。


「牧野さんを狙った分だ。甘んじて受け取れ」

「くっ……」

「はい……」


 迅の説明に納得した二人は、その痛みを噛み締めた。


「さて、と……」


 ジョーとアキラへの清算を終わらせた迅、次いで彼は部屋の隅に転がる人物に目をやる。


「誰だコイツ?」


 上半身半裸で、白目を向いた痩せ型の男。

 明らかに初見なのだが、迅は男を見てどこか親しみを感じる。


「やはり総長も分からないのか。牧野杏の護衛にこんな男がいるという情報は無かったからそうだろうとは思っていたが」

「すみません、その男は……」


 まったく心当たりがなく、倒れている男が何者なのか思考を巡らせる迅とジョー。

 そんな彼らに、アキラが恐る恐る声を掛けたその時。


「ん、うぅ……は!?」


 生気を取り戻したように、男は飛び起きた。


「こ、ここは!? じゃない、あの方は!?」

「あの方? アキラのことか?」


 ジョーに促されるように、男はその視線をアキラへと向ける。


「っ!? そ、そうでござる!!」


 アキラを目にした男はたちまち立ち上がり、アキラへ詰め寄ろうとする。

 が、それを制止すべく、アキラは口を開いた。


「安心してください。私たちが牧野杏を確保する必要はなくなりました」

「え? ど、どういうことでござるか?」

「そのままの意味です」


 交わる男とアキラの双眸。

 やがて、糸が切れたように、男はその場にへたり込んだ。


「……よ、よかったでござるぅぅぅぅぅ。これで牧野殿は安全ということでござるな……」

「……ん?」


 ま、待て『ござる』? 『牧野殿』?


 安堵するように息を吐く男の横で、迅の心臓が激しく脈動する。

 目の前の男、それが誰なのか……浮き上がった可能性に脳が処理を拒否しそうになる。


 だが次の瞬間、彼の脳は嫌でもその可能性が事実であることを結論付けた。


「え? というか、じ、迅殿……? い、一体どうしてここに……?」

「は、隼太……お、お前……」


 一体なにがあった?

 その姿はなんだ?

 

 疑問は尽きない、今すぐに問いただしたい膨大な疑問が、迅の脳をよぎる。

 だが、今迅は自分がすべきことがなんなのか、はっきりと理解していた。


 隼太の肩に手を当てる。

 そうして、迅は言った。


「ありがとう隼太。牧野さんを、守ってくれて」



 俺は隼太に今回の一連の騒動について、そして俺が昔【悪童神】と呼ばれる元最強の不良であることを打ち明けた。


 この部屋での一部始終を目撃していたワケではないのだから、偶然ここに居合わせたとか、辛うじてだが言い訳できる状況ではあった。

 だが俺は、本当のことを話すという選択を取った。

 

 ここまで身体を張った隼太に、道理は通さないワケにはいかない……そう思ったのだ。


「そ、そうだったでござるか……」

「あぁ。いきなりこんなことを言って混乱するだろうが、事実だ」


 俺の説明を黙って聞いてくれた隼太。

 全てを聞き終わったあと、隼太は上を見上げやがてゆっくりと目を開けた。


「正直、全然飲み込めないでござるが……この状況を見れば、信じるしかないでござるな」

「……すまなかった。隼太」

「え!? ど、どうして迅殿が謝るでござるか?」

「その、全部、黙ってて……」


 圧倒的な罪悪感に胸やけしながら、俺は言葉を発する。

 一発……いや、何発だろうが殴られることは覚悟した。どれだけの罵倒を飛ばされても、受け入れるつもりだった。


 俺が最初から打ち明けていれば、隼太たちは巻き込まれることはなかったのだから。


 だが、俺の予想とは異なり、隼太から返ってきた言葉は……。


「はは、気にする必要ないでござる。どんな人にでも、隠し事の一つや二つあるのは当然。友人だから全部曝け出さなければならない……なんてことはないでござるよ。それに、拙者たちに心配を掛けまいと考えてのことでござろう?」

「それは……」

「だったら、拙者から言うことは何もないでござる。全員こうして無事で、牧野殿も守り切れた。最高のハッピーエンドでござる」

「……」


 目の前で笑う隼太。それを見て、ある感情が湧き上がる。


 俺が黙っていたせいで危険に巻き込まれて、ボロボロになって……。

 それでも心配するのは誰かのことで、自分は何てことないように笑って……。

 

 ――あぁ、カッコいいって……隼太コイツのことだ。


『憧れ』……これがその感情の名前だと、俺は無意識に理解した。

 

「柿崎隼太」


 と、その時。

 隼太に声を掛ける女が一人。ジョーの秘書、アキラである。


「……先ほどの戦い、私の負けです。貴方に敬意を表します。加え、数々の非礼をお許しください」

「うぇ!? い、いやそんな……あはは」


 真顔でそう言ってのけるアキラに対し、隼太はどこか照れるように笑う。


「あ、そうだ。隼太お前よくコイツを止められたな。しかもメチャクチャ痩せてるし、どうなってんだ?」

「あ、あぁ。それが拙者にもよく分からないんござるよ。牧野殿を助けようとしたら、身体が熱くなって、それで……」

「へーそうか……」


 隼太自身に心当たりが無いならばそれ以上の追及は無意味。その話題は終了した。

 

「とりあえず、これで一件落着だな」

「あ、そうだ。さっきの説明を聞いて一つ思い出したでござる」

「ん? なにをだ隼太?」


 その時、ふとした隼太の言葉に、俺たちは耳を傾ける。


「説明にあったピエロの集団なんでござるが……実は拙者、二か月前の合宿の肝試し中に咢宮殿と道化仮面ピエロマスクを被った少女に出くわしたでこざる」

「は……?」


 隼太の言葉は、俺を一瞬硬直させるに十分なものだった。

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