第97話 その陰キャ、道化たちと邂逅する 後

 ピエロ集団が現れてから、迅は違和感……というより気持ち悪さを感じていた。

 その感覚は例えるなら、手のひらの上で踊らされているような……そんな感覚。

 

 故に、迅は無性の苛立ちを覚えていた。

 それはもう、奴らを殴りたいほどに。


「はは、凄まじい圧ですね。ある程度の不良なら、これだけで気絶する」

「すごい……」


 変わらぬ口調でそう発する【冷笑】と【嘘笑】。だが、その肉体には明確な危険信号が走っていた。


 だがその中でも【冷笑】は、歓喜に心震わせる。


 あぁ……素晴らしい! これが【悪童神ワルガミ】!!

 くっ……!! 今すぐ……今すぐ伝えたい!! 我々が貴方の正体を知っていることを!!

 ……だが、ダメ!! 時は今じゃない!! もっと、もっと我慢するんだ……!! 我慢した分だけ、後の楽しみは倍増するのだから!!


 胸を震わせながら、彼は堪える。


「ピエロ。俺の質問に答えろ」

「はい、なんでしょうか?」

「俺は牧野さ……牧野杏に雇われた護衛だ。その役目を果たすために、彼女に賞金をかけた奴を突き止め、賞金を取り下げさせた。だがその後、彼女はもう一度賞金をかけられた。やったのは、お前か?」

「……どうして、そう思うのでしょうか?」

「てめぇの話聞いてりゃあそう考えんのが妥当だろ」


 迅の言葉は的を射ていた。

【冷笑】の発言から、賞金首である杏を狙うジョーに感謝しているのは明白。

 そこに杏の賞金が再度かけられたという事実を統合すると、二度目に賞金をかけたのは【冷笑】たち……その可能性が脳に浮上するのは必定であった。


 迅の問いに、【冷笑】は一拍置くと。


「えぇ、そのとおりです」


 彼は素直に回答した。


「今回の件は私たちにとって非常に都合が良かった。なので、便乗させていただきました」


 まぁ実際のところ、最初に牧野杏に賞金をかけたのも私たちが多田仁志ただひとしそそのかし実行させたので、一から十まですべてこちらが仕組んだことですが…… 【嘘笑フェイカー】の力で多田仁志の記憶を『闇サイトの存在は下層で活動する末端の情報屋から知り得たもの』と改竄かいざんしているので、彼を尋問した貴方たちがそれを知ることはない。


 加え、牧野杏と同じイラストレーターという立場で仕事を奪われた逆恨みという多田仁志の動機…‥その十分過ぎる説得力は、認識している内容の信憑性を上げる。

 

 相手が信じればそれは嘘ではなく

 そして【悪童神アナタ】は、私の言葉を真実だと認識するしかない。


……ですが、これらはすべて、私たちが【悪童神アナタ】の正体を知らないと誤認させ、も偶然不良絡みの事件に巻き込まれたと、思い込ませるため。


 ーーつまり。


「そうか……つーことは、今コミケでこんなことになってんのは、元を正せば、てめぇらのせいってことだなぁ?」


 今、彼が私たちに殺意を向けるのは、避けられない事態……!


【冷笑】はマスクの奥で微かに目を細めた。


「ジョー」

「……なんだ?」

「妹の治療費、その三千万引いてあといくらだ?」

「……九千万だ。難病指定されていて、海外の最先端医療じゃないと、治療できなくてな」

「そうか。なら、前金九千万でお前を雇う。あとは一人ぶっ飛ばすたびに一千万上乗せだ」

「っ!?」


 突如として発された迅の言葉に、ジョーは目を見開く。


「な、なにを言っている……!? そんな金、どこに……!?」

「去年の秋ごろ、短期で【賞金ハンター】やっててな。高ぇ依頼片っ端からこなして稼いだ。大半の金は使っちまったが、まだそれくらい残ってる」


 迅が【賞金ハンター】をやっていた理由は、【悪童神】としての痕跡をすべて抹消するため。

 怪音への依頼金や謝礼金、その他さまざまな所で大金を投資する必要があった彼は、【賞金ハンター】を二ヶ月ほど行い、必要分を稼ぎ上げた。


「……」


 このタイミングで、総長は嘘を吐かない。

 ジョーはそれを重々承知している。


 ――であれば、あとは彼の決断次第た。


 ジョーの妹の病気が発症したのは、今年の一月ごろ。

 数十万人に一人という確率の病気にかかった妹の治療費は、日本円に換算して約三億円二千万。

 病状からもって一年。できるだけ早い手術をした方がいいという医者のアドバイスを受けたジョー。

 彼は短期間で大金を稼ぐため、迅と入れ違いで【賞金ハンター】となった。


 残りの額は九千万、そして妹のタイムリミットは刻一刻こくいっこくと迫っている。

 いくら強がっても、平静を保っても、その事実は揺るぎない。


 ジョーの答えは、決まっていた。


「で、どうすんだ? 乗んのか、乗らねぇのか」

「……ふっふっふ」


 ジョーは突如、笑い出す。

 そして、彼は言った。


「乗ったぞその提案、奴らをぶっ潰すのに力を貸そう!!」

「よし」


 先ほどまで互いに向けていた敵意の視線が、明確にピエロ集団へと向けられる。


 ……あぁ、やめて下さい。


 彼の感情、そのボルテージが上昇する。


 マスク越しでも分かるその熱い視線、向けられる殺意。

 そんな、そんなモノを向けられたら、いくら理性が高い私でも……!!


 ーー、漏らしたくなってしまうじゃないですか。


 その瞬間ときだった。


「美味しいヤミー❗️☆感謝❗️☆感謝❗️☆またいっぱい食べたいな❗️☆デリシャッ❗️❗️☆シャ❗️❗️☆シャ❗️❗️☆シャ❗️❗️☆シャ❗️❗️☆シャッ❗️❗️☆ハッピー☆スマァァァァァァァァァァァァイル❗️❗️」

『……』


 洩れかけた【冷笑】の狂気は、現実で起きた珍事によって一気に引き戻された。


「……【嬉笑グリン】、なんだいそれは?」

「おー、今流行ってる爆笑しちまう感謝の言葉だ!」

「それ、もう流行ってないし、そもそも誰も爆笑しない」

「うぇ!? そうなのか!?」

「……はぁ」

 

 やれやれ、と【冷笑】は眉間みけんに指を当てる。


「興が削がれました。それでは私たちは用も済みましたので、これで失礼します」


 一周回って冷静に、賢者タイムとも言える状態へ突入した彼は、達観した様子で、迅たちに言い放つ。

 ……が、


「【忍び寄せる魔の手サイレント・ハンド】」

『っ!?』


 ワイヤーが巻き付いている。いつの間に……!?

 

 既に、彼らはジョーの手中にあった。


「んじゃあ久々にアレ、やるかジョー」

「あぁ!」


 阿吽の呼吸、迅の言葉に呼応するように、ジョーはワイヤーを引く。


「っ!!」

「おぉー」

「引っ張られるぜー!」


 ワイヤーを極限まで使いこなすジョー。

 その繊細な指使いは、糸に伝わる力を自在に制御することができ、容易く鉄筋を切断するワイヤーで敵を巻きつけても、その人体を切断することなく引き寄せることが可能である。


「ホントなら雇い主に処遇を聞くんだが、てめぇら一般人カタギじゃねぇだろ。だからってやつだ。便乗だろうがなんだろうが、俺の護衛対象を危険に晒した報い、しっかり受けろや」


 迅はそう言って、拳を握る。


「さぁ、いくぜ」


 迅は腕を後ろへ引く。

 そしてコンマ数秒後、その刻が訪れた。


【連続:普通のパンチ】×【忍び寄せる魔の手】


『合技:【普通タダの哀れな肉人形サンドバック】』


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 ジョーによって引き寄せられた【冷笑】たち。

 その勢いと、迅の攻撃が合わさり、通常の【普通のパンチ】よりも数倍の威力が、彼らを襲う。

 加え、ジョーのワイヤーで身動きの取れない彼らはまさに肉人形サンドバックだ。


 迅の拳と、【冷笑】たちが物理的に接触した僅か三秒あまりの時間。

 その間に数百発のパンチを喰らわせる迅。

 

 ズガァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!


「ぐおぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 そうして彼が最後の一撃を打ち込んだタイミングで、ジョーがワイヤーを切る。

 瞬間、【冷笑】たちは凄まじいスピードで、外壁の穴を通過し、瞬く間に彼方まで吹き飛んだ。


 後日、上空約百メートルを超高速で通過する謎の物体を目撃したという証言が、東京から北海道……東日本各地で上がった。

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