第96話 その陰キャ、道化たちと邂逅する 前
「ぐっ……!!」
会議棟の外壁に突っ込み、そのまま会議室へと乱入したアキラは派手に床を転がった。
ほぼ同時に、動揺した迅が【普通の吐息】を止めた。
凄まじい風圧から解放されたジョー。彼はこの機を見逃がさない。
「アキラ!!」
最低限のコミュニケーションで、彼は意思疎通を図ろうとする。
「っすみません!!」
アキラからの返答は謝罪。彼女がよく分からない男と共にここへ乱入して来たという事実と併せ、ジョーは彼女が
「大丈夫だ!! こちらが優勢なのは変わらない!!」
謝罪を聞いたジョーは、彼女にそう伝えた。
これは強がりではない。冷静な思考によるものだ。
俺が仕掛けたワイヤーは、まだ会議棟の柱と総長を繋げている!!
つまり、総長は引き続き身動きが取れない……!! 対して俺は自由の身、総長が再びあの
コンマ一秒にも満たない刹那の時の中で状況を整理したジョー。
そうして彼が動き出そうとしたその時……。
『おぉっとー。てめぇの都合いいようにはさせないぜ?』
「っ!?」
会議棟の外からスピーカーから発された、聞き慣れた声が聞こえてくる。
音のした方へ目をやったジョーは、見つけた……飛行するドローンを。
「っ!!」
瞬間、彼は悟る。ドローンが起こそうとしている、最悪を。
『遅いぜ』
ドローンの破壊を遂行しようとしたジョーだが、それよりも早く、ドローンはソレを切断した。
ソレとは、勿論……迅と会議棟の柱を結び付けていたワイヤーである。
「やってくれたな……怪音!!」
『おー怖い怖い』
激昂し、ドローンのカメラへ見透かしたような睨みを利かせるジョーを、怪音は軽くいなす。
「サンキュー怪音。助かった」
『えへへ~』
その直後、拘束から解放された迅の感謝の言葉に、彼女は嬉しそうな声を漏らした。
「……」
アイツ、誰だ……?
自由に動けるようになった迅がまず目にしたのは、部屋で気絶している痩せた男。
だが、そのどこか見たことのある面影に、迅は首を傾げた。
って、今はそんなこと考えてる場合じゃねぇな。
と、そこで迅は視線を気絶している男から移す。
「さぁ、覚悟はいいな? ジョー」
「……」
実質的な迅からの死刑宣告に、ジョーは顔を強張らせた。
絶体絶命、その四字熟語がジョーの脳裏を
「覚悟か……総長、あなたと馬鹿正直に戦う覚悟なんて、あるワケないだろ」
ジョーはそう言うと、軽く息を吐く。
建物の支柱と身体をワイヤーで結びつけるのは、総長の警戒が強まった今、難しい。仮にできたとしても、怪音のドローンが即座にそれを解除する。
ではドローンを先に破壊するか? いや、それは総長に防がれる。
「……」
見出せぬ活路。崖っぷちの状況。
どれだけ思考を巡らせども、勝利の未来は無い。
ジョーはその事実を痛感する。
――だが。
「……それが、お前の答えか」
「はい。覚悟は無い……が、そんなことは関係ない。俺には退けない理由がある。やるしか、ないんだ」
そう言って、ジョーは再度戦闘の構えを取る。
「お供します。シャドウ様」
先ほどのように迅の動きを封じ、杏を確保するだけの十分な時間稼ぎが望めない以上、ジョーは
その確率を上げるのであれば、アキラと協力することは合理的と言える。アキラもそれを分かっての発言だろう。
……しかし、
「ダメだ」
ジョーは彼女の申し出を却下した。
「な、なぜですか!?」
驚いたように目を見開き、アキラはそう問い掛ける。
「この戦い、二人で挑んだところで勝てない。無駄な犠牲者が一人増えるだけだ。わざわざお前を盤上に上げるメリットはない」
「そ、それでしたら私が! 私が一人で奴と戦います! その隙にシャドウ様が逃げれば……!!」
「お前では瞬殺される。逃げる時間を稼ぐのは不可能だ」
「っ!! で、ですがそれではシャドウ様が……!!」
アキラは酷く狼狽する。
無理も無い、ジョーが言っていることは「自分が時間を稼ぐから一人で逃げろ」ということに他ならない。
それはすなわち、【くっ殺インダストリー】の瓦解を示している。
「……問題ない。新しい社長は君だ、アキラ」
「は……?」
「君が会社を導き、金を稼げ。そして、俺の代わりに、俺の望みを果たすんだ」
「そ、そんな……」
淡々と告げるそう告げるジョーに、アキラは震えたような声を漏らす。
だが直後、彼女は自身の優れた脳みそで理解してしまう。
現在の状況下で、最も合理的で最善で、実現性の高い選択肢は、ソレしかないと。
「っ……!!」
アキラは唇を噛み締める。
それはジョーに対し、そんな選択肢か取らせることのできない己の無力さからのものだ。
「俺が総長に向かったら、その瞬間に走るんだ。いいね?」
「……はい」
全ての感情を押し殺すような声音と共に、アキラは頷く。
「よし。それじゃあ……」
アキラの言葉を聞いたジョーは、そう言いながら全神経を集中させる。八秒、あわよくばそれ以上稼ぐために。
――そして、
「っ!!」
彼は地面を蹴り、駆け出した。
ジョーの命懸けの時間稼ぎ、彼の双眸が迅の双眸と接近する。
そしてジョーが動かない迅との距離が二メートルを切った時。
「はい、そこまでです」
ジョーは、その足を止める。
『……誰だ、てめぇ?』
迅とジョーの声がハモる。
その視線は、声を発した男を含めた、ピエロのマスクを被った三人の男女に向けられる。
「やぁ、僕の名前は【
「っ……」
動揺したジョーは、迅より先に思考することを余儀なくされる。
コイツ、僕の正体を知っているのか。どうやら相当情報に精通しているな。
「ははは、そんなに警戒しないでください。貴方に、いや……貴方たちと敵対するつもりはありません」
一切の敵意を見せぬ振る舞いと口調で、【冷笑】は話を続ける。
「私たちがここに来た目的は二つ。一つ目は貴方たち二人の戦いを止めに来たんですよ」
「なに?」
「そして二つ目の理由は影宮縄……いや、今はミスターシャドウでしたか。貴方に感謝を伝えるためです」
「感謝?」
「はい。貴方たちのおかげで、我々の計画がまた一歩進みましたので。ほら、【
「感謝感謝ー」
「ちょっと待ってくれ。今、流行ってる爆笑必死の感謝の言葉があるんだ! 今思い出す!」
促す【冷笑】に、【嘘笑】は素直に無気力な
「と言うわけで、ささやかながらこちらをどうぞ」
そうして、【冷笑】はジョーへ向けて銀のアタッシュケースを転がした。ケースは既にロックが解除されており、ジョーの足に当たったと同時に、中身が露出する。
「これは……」
中身を目にしたジョーは、思わずそんな声を漏らす。
アタッシュケースの中に入っていたのは、札束だった。
「見た所、現在貴方が着手している牧野杏の確保は失敗に終わりそうだと見受けられましたので私たちからお礼の意味を込め、そちらをお渡しします。額は3000万、今牧野杏に掛けられている賞金額と同額です。賞金の代わりに、それを妹様の手術費用の足しにしてください」
「……」
【冷笑】の言葉に、ジョーは固まる。
完全に、異質な乱入者であるピエロ集団。
彼らの登場により、場の空気が書き換わる。
――だが、
「ごちゃごちゃと、うるせぇなぁ」
『っ!?』
それは、
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