第92話 隼太とアキラ、すれ違い頭脳戦

 あ、怪しいと思い後を追ってきてみれば……まさかこんなことになっているとは!!


 杏に迫るアキラを見て、隼太はゴクリと唾を飲み込む。


 い、一体なにがどうなっているのかは分からんでござるが、あの女性が牧野殿を連れ去ろうとしているのは明白!! 絶対、阻止するでござる!!


 そう意気込む隼太。だがそれも束の間、


 し、しかし……怖い!! 怖いでござるぅ!! 気持ちが急ぎ、思わず堂々と出てしまったでござるが、考えてみれば拙者はRPGで言うトコロの村人!! ただのモブ!!

 あの女性を止められる気がしないでござる……!!


 拙者のバカ!! 一体どうするでござるかこの状況……!!


 できるだけ平静を装いつつも、隼太の脳内はてんやわんやだった。


 それに対し、アキラの方はというと……。


 なんだ、あの太った男は?


 目を細め、彼女は懐疑的な視線を隼太へと向ける。


 ……いや、そういえば居たな。牧野杏対象のサークルの列付近にいた男だ。

 対象から距離が離れていて印象があまりにも薄かったから忘れていた。


 ジョーと違い、【ハウンズ】の関係者として列に並ぶことなく直接杏へと声を掛けたアキラは、昼時とはいえそこそこの長さを維持していた客の列後方にいた隼太を視界の端にて辛うじて捉えていた程度。


 思い出すのに若干の時間が掛かるのも無理のないことだった。


 次いで、彼女が考えたことはこの状況にどう対処するかということである。


 奴が牧野杏の護衛ではないことは分かっている。つまり、あの男に大した戦闘力は無い。

 あの様子を見ても、それは明白だ。


 このまま奴を無視し、対象を連れて離脱することは容易だろう。


 至極当然の結論に至るアキラ。

 しかしその直後、彼女の脳内に待ったの声が掛かる事象が起こる。


「ふ、はは」


 ーーなに?


 アキラは思わず目を疑う。

 何故か、それは対峙する隼太が突如として笑い出したからだ。


 なにを、笑っているんだあの男?

  

 不敵に、不気味に笑う隼太。

 予想外の出来事に、アキラは脳を回転させる。

 そして、


 ま、まさか……あの男。持っているというの? 私を倒せるだけの、戦闘力を……!? あの笑いは、その自信の表れだとでもいうの……!?


 アキラにそんな疑念が渦巻く。


 い、いや、落ち着けアキラ。冷静になれ。

 そんなことあるはずが……。


 アキラが自分にそう言い聞かせ、頭をクールダウンさせようとした直後、


「ここが、貴様の墓場でござる」

「っ!?」


 隼太から発された意味深な言葉に、アキラの脳が熱を帯びる。


「はは、ははははははは」

「……」


 あれは、勝利の事前予告!!

 それほどまでに自信があるというの……!?


「おぉっと、足腰の震えが……武者振るいが止まらんでござる」

「っ!?」


 武者振るい、その言葉にアキラは戦慄する。


 この時点で、アキラのフル回転した脳みそは……。


 ダメだ。奴を無視して離脱することはできない!!


 隼太を強敵だと判断した。


 奴が牧野杏の護衛なのか、唯ヶ原迅あの男たちの仲間なのかは分からない。

 だが、そんなことは些末なこと。

 

 立ちはだかる壁は、全身全霊で突破する!!


 アキラは構えた。



 な、なんとかこちらに意識を向けさせられたでござる……。


 構えるアキラを前にし、隼太は少しばかり安堵する。


 隼太は分かっていた。あのままでは自分が歯牙にも掛けられないことを。

 故に、彼は自分を無視できない者だと誤認させるべく、口から出まかせを言い続けた。


 ふっ、咄嗟のこととは言え、ナイス機転でこざる拙者。


 ……。


 いやこっからどうするでござるかぁ!?


 自己セルフツッコみを入れる隼太。

 だが彼がそう思うのも無理はない。このまま隼太とアキラが戦ったところで結果は見えている。

 隼太が負け、そのまま杏が連れ去られる。

 

 その未来図が、イヤでも隼太の脳をよぎった。


 い、いや!! 折れるな拙者!!

 

 変わらぬ絶望に心が真っ暗闇に包まれそうになっていあた隼太は、暗い思考を振り払う。


 なにも勝つ必要など無いでござる!! 数秒……いや、十数秒!! 牧野殿がここから東棟に戻るまでの時間を稼ぐ!! それができれば……!!


 覚悟を胸に、隼太は強者を装い、アキラの元へと走った。

 オリエンテーション合宿の一件で、今の彼は足を動かすことができていた。


「牧野殿!! 逃げるでござるぅぅぅぅぅ!!」


 隼太はそう叫び、杏にこの場からの脱出を促す。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 猛々しく吠え、威勢を見せつけながらアキラへと挑む隼太。


 ――その結果は。


「ぐぅ……がはぁ……」

「か、柿崎さん!!」


 三秒も経たぬうちに、隼太の圧倒的な敗北で幕を閉じた。

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