第93話 その陰キャ、覚醒する(SIDE:隼太)

「……」


 あまりにも呆気ない終わりに、思わずアキラは目を疑う。

 だが地に伏し、辛うじて息だけをしている隼太を見たことで、すっと頭が冷えた彼女は、ポツリと口にする。


「……まさか貴様、一般人なのですか?」

「はぁ、ぁ……ぐ、ぁ……」

「……どうやら、そのようですね」


 目を瞑り、アキラは「はぁ」と息を吐く。


「まったく、思慮を深くするのも考えモノですね。おかげで、無駄な時間を取ってしまいました」


 そう言いながら、彼女は杏の方へと目をやる。


「柿崎くん、柿崎くん……!!」


 杏は必死に隼太の名を呼び、大粒の涙を零していた。


「ごめん、ごめんね……わ、わた、私のせいで、私が勝手に動いたから……!! だ、だからぁ……!!」


 悔やむ。

 山より高く、谷より低く、杏は悔やむ。己の軽率な行動に。

 自己嫌悪と自己憎悪が彼女の心をむしばむ。


 やっぱり、私が誰かと関わろうとするなんて、おこがましかったんだ……。

 ずっと、一人でいるべきだったんだ……。


 マイナスの感情は、杏を静かに絶望へと追いやった。


「さ、行きますよ」


 そんな彼女のことなど意に介すこともなく、アキラは声を掛ける。


「っだ、だめ……か、柿崎さんを……こ、こんな状態で、置いていけ、ない……」


 絶望に暮れ、涙を流しながらも、杏はそう言ってボロボロとなった隼太の身を案じた。

 それが、隼太をこんな目に遭わせてしまった自分が今できる唯一の贖罪しょくざいだったから。


「ここで優先されるのは私の意思のみです。貴方とそこで倒れている男の意思は関係ない」


 あまりにも無情なアキラの宣告。だが、杏はめげない。自身がしてしまったことの責任を取るために、彼女は口を開く。


「……お、お願い、です……! あ、あなたについていきます……だ、だから柿崎くんを、びょ、病院に……!」

「そんなことをする義理も時間もありません。弱さは悪、この事態を引き起こしたのは、貴方が無力さによる自業自得です」

「っうぅ……うぅぁ……!!」


 ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。

 

 もはや杏にできることは、ただただ懺悔するのみ。

 己の無力さと無知さで傷を合わせてしまった隼太に、彼女は謝罪を続ける。


 ーーその時だった。


「……気に病む必要、ないで……ござるよ。牧野、殿」

「っ!? か、柿崎くん……!」


 辛うじてだが、言葉を発した隼太に、杏は目を見開いた。


「お前……て、訂正するで……ござる」

「訂正? なにをでしょうか?」

「悪いのは……牧野殿に、危害を加えようとしている、お前で……ござる……! 牧野殿は、悪くない……!! か、彼女にぃ、謝るでござる……!」


 上を見上げ、隼太は睨みつけるような目を、アキラへ向けた。


「……」


 その視線に、アキラの中で言いようのない感情が渦を巻く。


「くだらない戯言ですね。貴方がなにを言おうと無意味です」


 巡る感情を振り払うように、アキラは杏へと手を伸ばそうとする。

 だが、


「……なんのつもりですか?」

「させ、ないで……ござる」


 隼太に足を掴まれたことで、その動作を一旦中断した。


「まったく……分からない人ですね。無力なクセに無様に抗い、それだけの負傷を負って、なぜまだ邪魔を? デメリットしかないでしょう」


 至極当然といった風に、アキラはそう問いかける。

 対し、隼太は……。


「……今日は、牧野殿の……初、コミケで……ござる」

「は?」


 隼太の言葉に、思わずアキラからそんな言葉が漏れる。


「……それを悲しい思いで、終わってほしく、ないんで……ござるよ」


 絞るように、声を届ける隼太。


「理解不能です。なんですかその非合理極まりない理由は」


 合理性の塊であるアキラは、その言葉を一蹴した。


「お、お前にとっては……そうかも、しれないでござるが……拙者にとっては、違うで、ござる……!」

「そうですか。ですがその結果がこのザマです。それでは」


 そう言って、今度こそアキラを連れ去ろうとするアキラ。


 ぐぅっ……!! ダメ、ダメでござる!! このままでは、牧野殿がぁ……!!


 そんな中、痛みに歯を食いしばらせながら、隼太は必死に肉体を動かそうとする。

 だが無情にも、彼の身体は動かない。


「う、ぐぅぉぉ……!!」


 動け、動くでござる拙者の身体ぁ!!


 無理やり力を入れ、気合で肉体を起動させようとする隼太。

 その瞬間、彼の脳にある言葉が降りかかる。


 ――無駄だ。身体は動かない。


 ――動いたとして、お前になにができる?


 ――今よりもっと、酷いことになるのがオチだ。


 ――お前には、なにもできない。 


 それらは克明に、隼太の声で再生された。それは隼太の心の底にあった、黒い感情……この状況下で押さえつけていたものである。


 ……うるさいで、ござる!!


 が、隼太は先ほどのアキラのように、それを一蹴する。


 できるかできないかなど、関係ないでござる!!


 ――ドクン!!

 

 コンマ数秒前よりも、彼の肉体に力が込もる。

 

 拙者は弱く、敵は強大……だとしても!!

 牧野殿が危機に瀕している今この状況……助けられるのは、拙者だけなんでござる!!

 だからァ……!!


 ――ドクン、ドクン!!

 

 四の五の言わずに動け、拙者の身体ァァァァァァァァァァ!!!


 彼は心の中で、自分を鼓舞するように、力の限り叫ぶ。 

 そして、その意思に応えるかのように、彼の肉体は始めた。


 ――を。

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