第91話 神絵師を救うのは
「わ、わわわ私ですかぁ……!?」
「はい。貴方です」
あからさまに
「そ、そんなぁ……わ、私が、ハ、【ハウンズ】の社長さんお会いする……なんてぇ、お、おそれ多いと言いますかぁ……」
「なにを仰ってるんですか!」
「ふいぃ!?」
その時、広報担当の女に距離を詰められ、手を握られた杏は素っ頓狂な声を上げた。
「貴方は【ハウンズ】の大人気Vtuber、小鳥遊くくるの公式絵師! 謙遜する必要などありません!」
力説する広報担当。だが杏は左右に目を逸らし、その目を見ようとしない。
「行ってきなよ~ずんちゃん」
「ふぇ……?」
だが、そこで背中を押すように亜亥が声を掛けた。
「そーそー、
と、そこにりりあが追撃を掛けるように言う。
「え、えぇと……」
ど、どうし、よう……わ、私……まだ、賞金首だし、唯ヶ原くん……まだ、戻って来てない……し。
杏は自身に再度賞金が掛かったことを迅から聞いている。
ゆえに、迅の許可を得ずに勝手な行動を取ることには
で、でも……黛さんたちがあぁ言ってくれてるのに、行かないのは……アレだし。
【ハウンズ】の大人の人と、直接お話したこと、ないから、一回……ちゃんと、お礼とかお話とか、したいし。
だが実の所、今の杏には『行きたい』という気持ちの方が強かった。
しかし今自分の置かれている状況が、それに歯止めを掛けているのだ。
なにか一つ、あとなにか一つ彼女の中に生じれば、彼女は『行く』か『行かない』か、どちらかの選択をする。
――そして、
『任せてください! 僕たち護衛隊が、貴方を守ってみせます!』
思い出すのは、ファミレスで迅が言った言葉であった。
……唯ヶ原くんたちは、すごく、強い。それは、今日までで、すごく分かってる。今、唯ヶ原くんがいないけど、つ、辻堂さんたちが……会場内で、見回り、してる。だ、だから……大丈夫。
私は、唯ヶ原くんたちを……信じる。唯ヶ原くんたちなら、守ってくれる……!!
この数週間で、杏は人を信じ頼ることを覚え、そして自分自身への微かな自信を得た。
それゆえの、判断。
……だが杏は知らない。
頼りにしていた龍子と九十九は現在無力化。迅は身動きが取れない状況であることに。
この判断が誤りであることを彼女が知るのは、それから
◇
プルルルルルルルル
「ったく、なんでLINEじゃなくて今どきTEL番なん?」
スピーカーから鳴る電話の呼び出し音を聞きながら、真白はそう呟く。
「はーい、もしもし?」
その直後、向こうとの通話が繋がり、相手の声が真白の耳に入った。
流れるように、真白は話し始める。
「アタシ、夢乃真白。迅にヤバいと思ったらこの番号に連絡するよう言われたから掛けた」
『おーおー、お前か夢乃真白ぉ。無から湧いて出たポッと出ヒロインのクセに、大将との距離を急激に縮めてるんだってー?』
「は、はぁ? いきなりなに?」
真白が連絡を取った相手は【常闇商会】の
彼女からにべもなく発された言葉に、真白は動揺する。
『まーいいや。最終的に大将とハッピーエンド迎えるのは私だかんな。それよりも、お前が連絡を寄越したってことは、大将が連絡できないピンチな状況ってことか。信じられねぇがまぁいい! このために私はコミケ周辺に待機させといたんだ、GO! 私のドローン部隊! 大将のヘルプに……ってナニィ!?』
「うるっさ!? ちょっと今度はなに!?」
『ド、ドローンの制御が効かない!! こ、これはまさか……!!』
カタカタカタカタカタカタカタカタ!!
真白の耳に当てているスピーカーから超速でキーボードを叩いてる音が聞こえる。そして、
『間違いない! コミケ会場一帯に妨害電波が出てる!!』
「ん? なにそれどうゆうこと?」
『このままじゃ大将を助けに行けないってことだよ!』
「はぁ!? どうすんのそれ!!」
焦ったように尋ねる真白。だがソレに対し、怪音は自信満々に答えた。
『大丈夫。こんな小細工、私に掛かればすぐに解除可能! お前はさっさと自分の持ち場に戻れ!』
「……わ、分かった」
機械のことに関して、真白が手伝えることは皆無。
怪音の言葉に従い、彼女はそこで電話を切り、小走りでサークルスペースへと戻る。
――そして。
「さぁーて」
パキパキと指を鳴らす怪音。
薄暗い部屋の中で、無数のモニターの光に照らされながら、彼女はモンスラ―エナジーを豪快に
「行くぜ」
そうして怪音は今、広大な電子の海へその身を潜行させた。
◇
「ふぅ、ごめんごめん」
何事もなかったかのように、スペースへと戻る真白。
瞬間、彼女は気付く。
「ってあれ? ずんちゃんは?」
キョロキョロと辺りを見回す真白だが、彼女の姿は確認できない。
「あ〜、ずんちゃんならさっき【ハウンズ】? の人が来て、
「はぁ!?」
あっけらかんと言う亜亥に、真白は思わず大声を上げる。
「な、なんで行かせたし!」
「え〜? だってスゴイことじゃんね、社長に会うって」
「マジそれ。ずんちゃんも行きたがってたし、あーしらぎ背中押してあげた感じ?」
「……」
無邪気に答えるギャル二人。
真白は当たり前のことを思い出す。
亜亥とりりあは杏が賞金首として不良から狙われているなど微塵も知らないことを。
これ、マズくない? 早くずんちゃん探さないと……!
想定外の事態に焦りを見せる真白。
即座に彼女を追いかけようとしたその直後、
……あれ?
真白はもう一つ、あることに気付いた。
◇
東京ビックサイト 東棟屋外臨時駐車場
「……」
「……あ、あのぉ」
そこで、杏は恐る恐る口を開く。
「こ、ここ……っ、駐車場……で、ですよね?」
「……」
「そ、外だとわ、私……ま、またコミケがある……ので、で、出れない……と、いいますかぁ……」
「……」
ひぃん……さ、さっきはむ、向こうから話してくれたのに……。
スペースに来た時とは明らかに違う広報担当の女の様子に、杏は戸惑う。
そしてその数秒後、
「すみません」
広報担当の女は、ようやくその口を開く。
「実を言えば、私は【ハウンズ】の広報担当などではありません。また、一切の関係もありません」
「へ……?」
「ここに貴方を連れてきたのは、貴方を気絶させ、ここに駐車してある車両で引き渡し場所まで運ぶためです」
「な、なにを……」
淡々と告げる女の言葉、杏の脳は理解を拒む。
が、彼女の本能は容易にそれを理解した。
「さ、それでは」
「……い、いや」
近付いていく女に比例するように、杏は一歩また一歩と足を後ろへやる。
「抵抗は無意味です。私にとって、貴方の存在は赤子同然。諦めた方が身のためです」
「……」
「あぁ。言っておきますが、誰か助けに来ると期待をしているのなら、それは無駄です。貴方の護衛は全員、シャドウ様が無力化しましたので」
「っ!?」
そ、そんな……ゆ、唯ヶ原くんと、辻堂さんたち……が?
女……アキラから告げられた衝撃の事実。
それは杏の心を
「状況が理解できたようでなによりです」
た、ダメ……。
気付けば、近付いてくるアキラに対し、杏は後ずさるのをやめていた。
ーーその時だった。
「ま、待つでござる!!」
「うん?」
「ふぇ……?」
特徴的な語尾の大声に、アキラと杏は思わず声の方を見る。
「ま、牧野殿にぃ……て、手を出すなでござるぅ……!!」
そこには、足を生まれたての子鹿のように震わせながら、そう言い放つ柿崎隼太の姿があった。
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