第90話 迅VSジョー(ミスターシャドウ)
「っ!!」
先に動いたのはジョー。
彼は縦横無尽に張り巡らされているワイヤーをモノともせず、隙間を潜り抜けるように超高速で動き、迅へと接近する。
「【
――瞬間、迅の視界からジョーは消えた。
彼はワイヤーを足場にし、迅の周りを超高速で動き回ったのだ。
【羅天煌】元『漆番隊隊長』、影宮縄。
彼は誰よりもワイヤーを
「はぁっ!!」
ジョーは死角から迅へナイフを投げつけた。
「……」
だが後方から投げられたソレを、迅は見るまでもなく掴み取る。
カタッ
間を置かず、迅の足元に転がるのは外壁のコンクリート、その破片。
ジョーが意図的に放ったソレに、迅の意識と視線が、微かに向かう。
その隙を、ジョーは見逃がさない。
シュルルルル!!
彼は『設置型ワイヤー』を放ち、たちまち迅の首、両腕、両足を拘束した。
だが、この拘束を解くのは迅にとっては容易なこと。彼は拘束されている部分に力を入れ、無理やりワイヤーを引き千切ろうと画策する。
「おっと、いいのかい総長?」
その時だった。ジョーが迅の行動に待ったを掛ける。
「貴方を拘束している両手足のワイヤーは、それぞれこの部屋と外にある支柱に結びつけてある。そして、このワイヤーは鉄筋をも容易く切断する強度を持つ。もし貴方が無理やりワイヤーを引き千切ろうとすればどうなるか……わかるよな?」
「……」
ジョーの言葉に、迅は無言。
だがそれは、ジョーの言葉の意味を理解してことに他ならない。
たしかに、迅にとってこの拘束具となっているワイヤーを力任せに引き千切るのは容易いこと。
だがもし今それを行えば、ワイヤーを支柱に食い込ませ、支柱を切断……会議棟という巨大な建物を崩壊させることに繋がってしまう。
そうなれば周囲に危害が及び、コミケが中止になることは明白。
それは迅にとって避けたい事態だ。
やはり、思ったとおり。
自身の策が完璧にハマったことに、ジョーは内心でほくそ笑む。
総長は周囲への危害を避けようとしている。
本来、牧野杏が賞金首となっている状況で、コミケに出席することはリスクが大きい。
開けた空間に加え、大勢の人間が入り乱れるこのイベントは、襲うには格好の場所だからだ。
護衛対象の安全を考えるならば、コミケは欠席させるべきだろう。
だが現実として、牧野杏はコミケに出席した。
それが総長の意思か、牧野杏本人の意思かは分からないが、重要なのはそこではなく『コミケに牧野杏が出席した』という事実。
ここから導き出される結論は、『総長や牧野杏はコミケが中止になることを望んではいない』ということ。でなければ、わざわざ出席する意味が無い。
『コミケ中止』という
「それじゃあ、俺はもう行くよ。せいぜいこの建物を壊さないように頑張ってくれ」
そう言って、ジョーは標的である杏の元へ向かおうとする。
「おい、行かせると思ってんのか?」
「は?」
その時だった。
立ち去ろうとするジョーに対し、迅がそう言い放つ。
「おいおい、この期に及んでなにを言っているんだ総長? 動けない貴方に何が出来る?」
指を差し、ジョーは目を細める。
……が、
「あぁ……?」
――ゾワリ
「っ!?」
直後、ジョーの背中を圧倒的寒気が駆けた。
「ジョー、てめぇ……誰にモノ言ってんだ? 俺が行かせねぇっつったら、行かせねぇんだよ」
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
そう言って、迅は鼻と口から大きく息を吸い込んだ。
そして、彼は放つ。
ビュオォォォォォォォォォォォォ!!!
「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
突如として発された圧倒的な猛風。
その風圧は、ジョーを無理やり壁に叩きつけるには十分過ぎるモノだった。
な、なんだこの突然の風圧……!? ま、まさか……!?
信じたくない可能性、それを確かめるために、ジョーは風圧にやられながらも辛うじて目を開ける。
う、嘘だろ……!? ンなメチャクチャな……!!
ジョーがそう思うのも無理はない。
彼が今受けている凄まじい風圧……それは迅の口から放たれている息なのだから。
技名つけんなら、【
迅は凄まじい息を吐きながら、冷静さを保ち続ける。
とは言っても、いつまでもこの状態でいるワケにもいかねぇ。
……だが、手は打ってある。少しの辛抱だ。
そう思考する迅。
対しジョーもまた、思考する。
風圧で身動きが取れない。加えてこれではワイヤーの軌道も定まらず使えない。
現状、俺に成す術はない……か。
結論づけるジョー。
だが、彼の思考はそれでは止まらない。
だがこの風圧による足止め……いつまでもこの状況であることを総長は良しとしないはず!!
つまり、総長は持っている。自身が自由になるなめの策を……!!
それがなんなのかは分からない! だが今、それを考える必要はない!!
大事なのは、俺が今身動きを封じられ、その間に総長がワイヤーの拘束を解く可能性が大きいということ!!
そうなれば牧野杏の確保は絶望的になる!!
ーーだが、そうはさせない!!
俺が直接牧野杏を確保にいけない
この勝負、勝つのは……俺だ!!
一歩も動けぬ男二人。
その勝負の行方は、互いが想いを託した第三者に託された。
◇
AM11:49 東棟
これって、迅の言ってたヤバい状況よね……。
本を買いに来る客を捌きながら、真白は思い出す。
コミケ開始直前、迅から言われた言葉を。
『いいか。もし俺が牧野さんの元を離れて数分経っても戻ってこなかった場合、それはヤバい事態だ。そうなった時は、迷わず俺が送った番号に掛けろ』
ーー……。
「ねぇ、こめん。アタシちょっとトイレ」
「わかった〜」
「昼前だから並ぶ人もちょっと減ってきてるし、あーしらのトコだけで全然
亜亥とりりあからの了承も得たことで、真白は席を立ち、迅が教えた番号へ連絡を取りに行った。
そして真白がサークルスペースから離脱した直後、
「すみません」
「ん〜?」
「おねーさん誰?」
「私、Vtuber事務所【ハウンズ】の広報担当をやっている者です。『ずんだ餅』さん、【ハウンズ】の代表取締役CEOが一度ご挨拶したいと仰っています。ご同行願いますか?」
「え……?」
突然現れた【ハウンズ】の関係者を名乗る女性の言葉に、杏はキョトンと首を傾げた。
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