第89話 その陰キャ、不穏に対処する

 AM11:46

 東京ビックサイト 東棟


『ずんだ餅』さんのサークルは大盛況。

 客の列は途切れることなく、僕たちの会計事務も途切れることがない。


「うへ~疲れた~。ねぇ隼たん、あとどれくらい残ってるの~?」

「えー……残り大体1500部といったところですな」

本当マジ!? まだそんな残ってんの!?」


 驚くように声を上げたのは来栖。


「印刷した部数は全部で3000部なので大体折り返しは過ぎたのでござる。とりあえず12:00に一旦販売を休止して昼休憩の時間を取るのでそれまで頑張るでござる!」

「うへ〜」

「ちょースパルター」

 

 そんなやりとりを耳にしながら、僕はまったく別のことを考えていた。

 それは当然、龍子たちのことである。


「……」


 遅い。

 龍子たちが通信を切って既に三十分経ってる。

 アイツらならとっくにコミケ会場に侵入した【賞金ハンター】を倒し、報告を入れてもいいはずだ。


 だが実際はそうなっていない。

 これは、最悪な事態を想定しておく必要がある。

 休憩に入ったら探しに行くか。


「新刊一つください」

「あ、はい」


 というわけで、昼休憩までは仕事に集中しよう。


 そう思い、僕はコスプレをしている男から金を受け取った。


「3000円のお預かりなので500円のお釣りですね」


 慣れた発声と所作で、お釣りを手渡す。


「はい」


 次いで、真白が本を渡す。


「……」


 それを受け取った男は、本の表紙を見つめる。

 

 ーー仮面越しに。


「いやぁ、いいですね。うん、実にいい絵だ。元の才能もあるかもしれないですが、たくさん努力したんでしょう。素人目ながら、それを感じます」

「……」


 ーー……。


「サインをお願いしてもいいですか?」


 仮面をつけた男は、懐から取り出したサイン色紙を牧野さんへと手渡す。


「ど、どうぞ」


 牧野さんは瞬く間にサインとイラストを添え、男に返す。


「ありがとうございます」


 感謝を述べる男。

 だが、ソイツから立ち去る気配はない。


「あ、あの……な、なにか……?」

「後ろ詰まってる。早くどいて」


 恐る恐る尋ねる牧野さんと、対照的に強気に命じる真白。


「あーいや、はは……すみません。思わず絵に見とれてしまって……おっと」

 

 その時、男の手元からサイン色紙が滑り落ちる。

 誰もが、視線をそこへやる。


 ガキィン!!


 瞬間……牧野さんの目の前を火花が散った。


「おっと……」

「させるかよ」


 火花が生じた原因は、全員の意識が落下する色紙へ向いた瞬間に仮面の男が牧野さんへ伸ばした腕を、が弾いたからだ。


 意識が落下する色紙へ向いたのは俺も同様だが、それならば反応の遅れを取り戻すだけの速度で腕を動かせばいいだけのこと。


 俺は難なく、それをこなした。


「さすがだな。やっぱり易々とはいかないか」

「うるせぇ。御託ごたくはいい」


 言葉を交わす俺と仮面の男。

 

「え~なになに? どしたの迅たん?」

「なんかシリアスってね?」


 キョトンとした様子で、黛と来栖は俺たちを交互に見る。


「ど、どうなっているでござるか……!?」


 目の前の出来事に衝撃を受けたように、隼太は目を見開く。


「迅!!」


 真白は動揺のあまりみんなの前で俺を名前で呼んだ。

 ……まぁ今はいいだろう。


「ゆ、唯ヶ原くん……」

「牧野さん、安心してください」

 

 不安そうに目を向ける牧野さんに、俺は短くそれだけ言う。


「……」

「……」


 一瞬、その場を支配するのは静寂。

 俺と仮面の男は見計らっている。動き出す契機タイミング最善ベストな呼吸での動き出しを。

 

 ーーそして、ときは来た。

 

 ビュン!!


 俺と奴は跳躍し、一瞬にしてその場から姿を消した。


「あれ迅たん!?」

「え!? 消えたんだけど!? マジック!?」


 黛たちの目には俺たちが瞬間移動でもしたかのように見えただろう。

 驚いたであろうことが、その声音から伝わってくる。


 が、今そんなことはどうでもいい。

 

 俺が今、すべきことは……。


「はは、手荒だな!」

「ったり前だろうが。てめぇにつかう気はねぇよ」


 この仮面の男を無力化することだ。

 ひとまずは、コイツを人目につかず、周辺に危害を及ぼさない場所まで移動させる。


 俺と仮面の男は壁や天井を一般人の目で捉えられない速度で移動しながら、東棟を縦横無尽に駆ける。

 そして一瞬にして東棟を抜け、他の棟とを繋ぐブリッジへと出た。


 天井も壁もなく、開けた空間の中で滞空する中、俺はある一点に目をやり、その直後……。


「ふんっ!!」

「ぐぅっ!?」


 仮面の男に向かい蹴りを放った。


「ぐうあぁぁぁぁぁ!!!」


 俺の蹴りを両の腕で防ぐ仮面の男。

 だが衝撃に耐えかね、仮面の男はそう叫びながら瞬く間に吹き飛ばされる。

 そして、その先には会議棟の外壁があった。


 ドゴォォォォン!!



 東京ビッグサイト 会議棟6F


「ってぇ……」


 危なかった。ワイヤーを腕に巻いてガードしてなかったら骨までいってたな。


 倒れた机と椅子の山から上半身を起こし、仮面の男は立ち上がる。


「本当に、手荒だな……」

「言ったろうが。てめぇに遣う気はねぇってよぉ」


 ポッカリと空いた外壁の穴から入ってきた迅はそう言い放った。


「んで、どーいうつもりだジョー。なんでてめぇが【賞金ハンター】なんてやってる?」


 迅はここまでの動きから仮面の男が【羅天煌】元『漆番隊隊長』、影宮縄であること。

 そして彼によって龍子と九十九が無力化ないしは倒されたことを確信していた。


「なにをやってる、か。それはこっちの台詞だよ総長。まったく……貴方が牧野杏の護衛でなければ、仕事はもっと安全に手短に完了したのにさ」


 どこか皮肉めいた口ぶりで、ジョーは言葉を続ける。


「目的……か。そんなの決まってるだろ。金だよ金。俺は金が必要なんだ。だから【賞金ハンター】をやっているし、賞金額が高額な牧野杏を狙っている」


「だから」、そう言葉をつなげ、彼は構えた。


「俺はここで貴方を倒し、牧野杏を確保する。死ぬ気でな」


 ガシャンガシャンガシャン!!


 その時、機械的な起動音とともに部屋中にワイヤーが張り巡らされた。


 ジョーが使うアイテムの一つ、『設置型ワイヤー』。

 彼はこれを吹き飛ばされる最中、部屋中に投げたのである。


「俺の有利なフィールドにさせてもらった。悪く思わないでくれ」

「どうでもいい。どうせ俺が勝つ」


 そう言って、応えるように迅もまた、構える。


「【くっ殺インダストリー】社長、ミスターシャドウ。仕事を遂行する」

「【くくっ子】、唯ヶ原迅。くくるちゃんの公式絵師ママはやらせねぇ」


 ーーヒュォォォォォォォォォォォォ


 空いた外壁の穴から、風が吹き込む。


 かつて【羅天煌】で共に時間を過ごした男二人。


【悪童神】と【悪童十傑】NO7の喧嘩が今、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る