第88話 ミスターシャドウの秘書はおかしい(SIDE:龍子&九十九)

「クソがッ!! なんでだっ!? なんでアタシに近づけた……!?」

「決まっているだろう。龍子、君が俺に気付かなかったからさ」

「だから、なんでテメェに気付けなかったのかって聞いてんだよ!! アタシの方が強い、格下のてめぇの攻撃に遅れをとるワケねぇ!!」」


 ーー【悪童十傑】


 かつて【羅天煌】に所属し、隊長を任されていた十人の不良たち。

 迅に認められ、隊長の座に就いていた彼らは、紛れもなく強者。


 だが、彼らの中にも序列がある。

 じゅうから始まり、いちが一番強い。

 

 龍子は参番隊隊長、九十九は伍番隊隊長。

 対しミスターシャドウ……じょうは漆番隊隊長。

 ステータスによっては縄の方が上だが、それでも総合力は龍子と九十九の方が上である。


「あぁ、本来ならな」


 それは当の本人である縄も重々理解していることだ。


「だから、俺はお前たちを削ったんだ」

「削っただぁ……?」

「なに、言ってる……?」


 訝し気な目をやる龍子と九十九。

 それに応えるように、縄は言葉を続ける。


「牧野杏の護衛が【賞金ハンター】を返り討ちにしている映像を見て、やみくもに標的を襲撃しても失敗することはすぐに分かった。だから俺は、護衛の精神力を削ることにした。刺客を送り続け、緊張感を維持させ、気を張り続けなければいけない状況を作った。三週間も連続で気を張っていれば確実に精神力は削れ、集中力と注意力は散漫になる。そこにお前の強者としてのおごりと、俺の技術と戦闘力、そして優秀な秘書の陽動があれば勝てる……そういう算段さ」

「あぁ? もう一人が真っすぐこっち向かって来たのも作戦かよ」

「ムカ、つく」

「はははは!!」


 苛立つ不良少女二人を前に、得意げな表情で高らかに笑う縄。

 それに余計に腹が立つ二人だが、告げられた敗因に対し、納得してしまう。


 本来であれば、なにか策を講じられた程度で二人が敗北する道理はない。

 だが今回の相手は、龍子や九十九と同じく【悪童十傑】に名をつらねていた縄。

 

 注意力と集中力の散漫。

 強者としての油断。

 正面から向かってきた相手に意識を払いすぎたこと。

 縄の技術スキルと戦闘力。

 

 それらの要因の積み重ねは、あの一瞬において【悪童十傑】の序列の差を埋めるに十分過ぎるものだった。


「それにしても、まさか護衛がお前たちなのは驚いた。俺に勝てないと思わせるから何者だと思ったが、納得だ」


 あごに手をやり、二人を見据える縄。


「シャドウ様、その女二人は一体誰ですか?」


 するとそこに近付いてきた少女、アキラがそう問い掛ける。


「あぁ、アキラは当然知らないか。この二人とは一年前まで同じチームに入っていたんだ」

「同じ、チームに……」


 反芻はんすうするように呟くアキラ。

 直後、彼女は睨みつけるように龍子と九十九に目をやった。


「あなたたち、まさかシャドウ様に恋慕の感情は抱いていないでしょうね?」

『は?』


 唐突に放たれた一言。

 龍子と九十九はポカンと口を開けた。


 それはアキラの質問の意図が理解できなかった……とか、そんな次元の話ではない。


『レンボ……?』


 純粋に、恋慕れんぼの意味が分からなかっただけである。

 

「なるほど、では言い方を変えます。あなたたちは、シャドウ様に恋愛感情を抱いていますか?」

「はぁ?」

「なに、言ってる?」

「分かっています。シャドウ様は至高の御方おんかた。お二人が恋するのも無理はありません」

「おいヤベェぞコイツ」

「どうかしてる」


 常軌を逸したアキラの話運びに、龍子と九十九は即座に彼女が頭がおかしい人間だと悟った。


「ですがどこぞの馬の骨とも分からぬ女を、シャドウ様の恋人にするわけにはいきません。シャドウ様の恋人になるに相応しい者は、秘書であるこの私が厳正な審査を以って決定いたします」

「おいヤベェぞコイツ」

「どうかしてる」


 アキラの暴走っぷりに呆れたように声を漏らす龍子と九十九。

 それに耳を貸すことなく、アキラは話を続ける。


「では、今より審査結果を発表します」

「もう審査終わったのかよ」

「スピーディ」


 デレレレレレレレレレ


 テレビ番組の結果発表でよく流れる音が聞こえて来るような間の取り方で、アキラは口を開く。


「どちらも落選、あなたたちはシャドウ様に相応しくありません」

「出来レースだろ」

「最初から、決まってた」

「というワケで、シャドウ様への恋心は即刻破棄してらください」


 二人の指摘を無視し、ペコリと頭を下げるアキラ。

 そんな彼女を見かねるように、シャドウが口を挟む。


「アキラ。勘違いしているようだが、二人が好きなのは俺じゃない」

「え、そうなのですか!?」


 シャドウの言葉に、アキラは目を見開く。よほど信じられないらしい。


「二人が好きなのは僕が所属していたチームの総長さ」

「そ、そんな……バカな!! 身近にシャドウ様がいながらほかの男になびくなど!! 眼球はついてるのですか!? シャドウ様ほど聡明で伊達な方はいませんよ!!」

「そーめい?」

「だて?」

「頭が良くて格好いいということです!」


 またもや言葉の意味が分からず首を傾げる龍子と九十九に、アキラは分かりやすく言葉を変える。


「頭がイイだぁ?」

「カッコ、いい?」


 龍子と九十九は思わず顔を見合わせる。そして、


「「はははははははは!!」」

「なにがおかしいのですか!?」


 ゲラゲラと笑う二人を見て、アキラは声を荒げた。


「だってよぉ、てめぇがジョーが頭良いとか言うからよぉ! ソイツ勉強全然できねぇぞ!」

「ブゥゥゥゥ!? いきなりなに言い出すんだ龍子! あと俺はミスターシャドウだ!」

「ホントのこと言っただけだろうがバカ!!」

「お前よりはマシだ!」

「ンなことねぇ! アタシは最近頭良くなる『きょーいく番組』ってのたくさん見てるからなぁ! 今のアタシのIQはてめぇを超えるぜ!」

「そんなワケないだろうが!!」


 堪らず縄は叫ぶ。

 そこに、九十九が追撃を加えた。


「あと大してカッコ良くもない。カッコつけなだけ」

「ぐはぁっ……!?」

「しばらく見ない間に、さらに悪化してる。ミスターシャドウ、ってなに?」

「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 強烈な二連撃。

 縄の精神的HPはたちまち赤ゲージへと突入した。


「いい加減にしなさいあなたたち! それ以上シャドウ様に対する侮辱は私が許しません!」


 龍子と九十九の口撃こうげきを見かねたアキラ。その目にはたしかな怒りが宿っていた。


「アキラ……俺は、大丈夫だ」


 だが、それを制止したのは紛れもない縄である。


「で、ですがシャドウ様!」

「くどいぞ!!」

「っ!?」


 有無を言わさぬ縄の圧。アキラは思わず息を呑む。


「はぁ、はぁ……目的を忘れるな。俺たちの目的は牧野杏の確保……!! はぁ、はぁ……コイツらの無力化は通過点に過ぎない。先を急ぐぞ! はぁ、はぁ……!!」


 動悸を荒くしながら、縄は冷静な判断を下す。


「おいおい、分かってんのかよ? アタシらを無力化したところで、杏の近くには……」

「総長がいるんだろ? お前たちが護衛をしている時点で、それは分かっているさ」

「てめぇ、アニキに勝てるなんて思っちゃいねぇよな?」

「……もちろんだ龍子。勝とうなんて思っちゃいない。だが、牧野杏標的を奪うだけなら……やりようはある」

「死ぬぞ、ジョー」

「忠告ありがとう九十九。それでも俺は……やらなくちゃいけないんだ」


 ――ドゴン!!


 直後、鈍い音が地下駐車場に鳴り響く。

 縄が龍子と九十九の頭部に攻撃を放ち、意識を絶ったのである。

 そして龍子と九十九をワイヤーで更に縛り上げ、人目の付かない場所へと移動させた。


「行くぞ、アキラ」

「はい、シャドウ様」

 

 短く言葉を交わし、社長である縄……ミスターシャドウとその秘書であるアキラは歩き出す。

 二人の刃は今たしかに、標的牧野杏へと向けられた。

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